2016年10月11日

Vol.17

競技人生最大の危機 ~北京五輪4×100mリレー銅メダリスト・朝原宣治~

人生最大の危機を教えてください。

日本人初の10.0台である日本記録「10.08」を出したシーズン後の冬に、臀部肉離れを発症。その後、怪我が悪化し、足首くるぶしを骨折する。全力でレースに出られるまで、約2年の歳月を治療・リハビリに費やした。

その時の状況や危機が発生した原因を教えてください。

ドイツを拠点にトレーニングをし、自身3度目の日本記録を更新していたことから、9秒台とオリンピック100mファイナリストを目指していた。自身にハードなトレーニングを課し、タフな試合スケジュールを強いていた矢先に起こった怪我であった。

トップの選手が怪我をすることはよくある。しかし、絶好調でシーズンを終え、日本のスプリント界を勝手に背負いこみ、「これから世界に挑戦」という時に起こった怪我だったので、すぐにはその状況が受け入れられなかった。早くトレーニングをしないと世界のトップにはなれないという焦りから、治療やリハビリに十分な時間をとらないまま、ハードなトレーニングを始めてしまう。

その結果、痛みを誤魔化すようになり、身体のバランスが崩れ、初めの怪我とは違う箇所に痛みが出たりし、最終的に足首くるぶしの骨折に至る。

危機とどのように向き合い、乗り越えたのですか?

痛みを誤魔化しトレーニングをしていた時は、早く治療に専念して自分を止めないといけないという思いと、ここまで来たら引き返せないという思いでなかなか踏ん切りをつける覚悟が持てなかった。1年半という長い歳月をかけて悪化していった怪我に向き合うきっかけとなったのは、皮肉にも骨折であった。これにより長期治療に踏み切る決断をし、元に戻すのではなく新しい選手に生まれ変わる決断をし、0から作り直していった。

骨折をして入院し、松葉づえ生活を余儀なくされてからは、これまで背負っていたものやプライドなどが無くなり、気持ち的にも楽になった。ここまで落ちたら上がっていくしかないという思いで、治療とリハビリに集中した。自分に向き合う時間が取れたことで、自分の体のことをさらに良く知ることができたし、トレーニングやフォームについてのアイデアも出てくるようになった。そして、多くの人に支えられ、応援されて競技をやってこられたということを再確認し、感謝の気持ちが大きくなった。そうなると、これまでやってきた陸上競技が愛おしく、タイムとか勝利だけではなく、ただ純粋に気持ち良く風を切って走りたいと思った。

最大の危機に直面したご経験から、どのようなことが得られましたか?

冷静に自分のことが見られるようになった。

怪我を失敗の経験に終わらせるか、成功への通過点にするかは危機に面した時の考え方やそこからの行動で変わってくる。

最後に、人生の危機に直面している人へ向けてアドバイスをお願いします。

危機に対しては、あらゆる人脈や手段を駆使し、冷静に考えられる最善の対処ができるよう努力して欲しい。何が最善か分からない場合でも、自分で最善だと仮説を立てた方法を信じて前向きに進んでいくことが大切。そこに留まったまま悩み苦しんだり、自暴自棄になってしまうことは解決に繋がらず、何も生み出さない。まずは今の自分の状況を逃げずに受け止め、今自分には何ができるのかを前向きに考えると道は開かれる。