2016年09月27日

Vol.15

人生最大の危機 ~ビリギャル母・橘こころ&ビリパパ~

先日、ビリギャルご本人・小林さやかさんの「人生最大の危機」を掲載しましたが、今回は小林さんのお母様・橘こころ(ああちゃん)さんの危機を公開します。さらに後半では、小林さんのお父様・ビリパパさんの危機も掲載!

坪田信貴さんのベストセラー書籍により注目が集まる一家。彼らの危機とは?まずは橘こころさんの「人生最大の危機」をどうぞ!

人生最大の危機を教えてください。

ある日、東京で一人暮らしをしている娘(小林さやかさん)が電話口で、「もう辛すぎて生きていられない」と言ってきた。私は足先から寒気が上がってくるのを感じた。とっさに娘の心境を推し量り、感情移入してみた。これまでどんな時も、娘の人生の危機に直面したるや、自分の命をわけるつもりで接してきた。だから絶対に、どんなに辛くとも、突発的に間違いを起こすはずはない子だと信じられた。でも、今回は今までとは事が違うと感じた。

娘は親元を離れ、一人で築き上げた暖かい人間関係の頂点にいた。そこから心底信じていた人の裏切りにあい、また信じていた人の裏切りの連鎖に合い、もう誰も信じられないと人間不信になっていた。人が好きで、素晴らしい人達との出会いを夢見ていた彼女は、学年ビリから1年間、血の涙を流しながら努力して、偏差値を40も上げて慶應大学に現役合格しましたが、そんな彼女にとって人間不信になることは、普通の人には想像を絶する苦しみである事が私にはすぐに分かった。

まさしく自分の分身であるような存在の人生最大の危機は、自分の人生最大の危機と感じられた。

その時の状況や危機が発生した原因を教えてください。

人生初めてであろう最大の危機に面して、生きる気力を失うほど神経が衰弱してしまった最愛の娘。その気持ちに感情移入した。

代わってやれることができたらどんなに楽だろう。自分の身に起こったことであれば、人生四十何年生きてきた強さを持って、歯を食いしばって、地に這いつくばってでも耐えてみせる。だが、まだ二十歳になったばかりの娘が初めて経験する苦悩に、何もできずに見守らなければいけない歯痒さ、愛おしさから、本人以上の苦しみを感じてしまった。

常に前を向いて、輝く未来の中で真実の幸せをつかんでいくには、必ず越えなければいけない階段であり、誰の力も借りずに娘自身でおさめなくてはならない大事な経験であったと思う。

危機とどのように向き合い、乗り越えたのですか?

私の場合、自分自身の事で感じるもの以上に、娘という存在を通すが故に、より危機感を感じてしまった。「辛過ぎて生きていられない」という言葉が恐怖で、自分も震えて立っていられない。気が付いたら真っ暗の高速道路を車で飛ばしていた。

道路には車はほとんどなく、スピード取り締まりのカメラが眩しく光った。とにかく生きることって、死ぬほど辛いことを乗り越えられた時が始まりなんだと、貴女はそれができる素晴らしい人間だということに気付いて欲しいと、信じて願うしかなかった。ただ娘のそばに寄り添い、その思いだけを囁きたかった。

一人で自暴自棄になりかけていた娘は、急に現れた私の顔を見て、泣き崩れ、私も一緒に大泣きをした。一緒になって泣いて泣いて泣き明かした。泣き疲れて眠りにつき、朝陽を見た時に、娘は何か訳もなく生きる希望を感じたようだった。娘は静かに話し始め、なぜ人間不信に陥ることになったかを何時間も何時間も話してくれた。話しているうちに心の整理をしていることは見て取れた。

落ち着きを取り戻した後は、時間が助けてくれるところまで見届け、弟妹の待つ家にまた車で帰った。

最大の危機に直面したご経験から、どのようなことが得られましたか?

一人の人間として自立し、強く人生を生きていく幸せは、危機を自分で越えていくことでしか得られないものである。だから、より良い方法などなく、ただ生きて踏ん張ったことが素晴らしい結果なのだと思う。涙が枯れるまで泣いてもいい、何も恨むことがなければ、必ず、間違いなく道は明るく開けていく。

ただ時間が経つことに助けられ、また生き続けることで、必ず自分に起こってくることを全て受け入れられるようになる。それを喜べるようになったら、どんなピンチもチャンスに変えられる。強い人生を送れるようになるのだと思う。

不思議と、一杯どん底の経験を受け入れて踏ん張ってきた人間は、人の痛みがわかるせいか、無償の愛を持って人に接することができる。周りの人に見返りのない思いやりが持てれば、必ず人生は明るく開けていく。私は確信を得ている。自分の幸せだけを願って生きている人間より、人の幸せを願える人こそが本当に幸せな人であるのだと思う。

最後に、人生の危機に直面している人へ向けてアドバイスをお願いします。

今まさにこれが人生最大の危機と感じているのならば、実はそれが「人生最大の幸せ」へのターニングポイントだと気付いてください。「今は辛くてそんなこと思えるはずもない」と思われるのなら、それでもいい。前を向いて生きているだけでいいのです。

正しい方法も答えも解らなければ、それでもいいです、ただ信じて踏ん張って生きていてください。

以上、橘こころさんの最大の危機をお届けしました。では続いて、ビリパパさんの危機をどうぞ!

人生最大の危機 ~ビリパパ~

この歳になってあらためて考えてみて、大変なこと、辛いこと、悲しいことは数えきれないほどありました。

私が高校2年生のとき、大好きだった親父が亡くなったときは、本当に辛く、きっと私が世界一不幸だと思いました。 苦労ばかりしてきた尊敬するおふくろが亡くなったときは、私もすでに50歳目前になっておりましたが、あまりの悲しさともっと孝行してやりたかったという悔しさから、人目をはばからず子供のように大声で泣きました。

どうしてもプロ野球選手にしたかった長男が、利き腕の上腕骨を複雑骨折した時はどうしようかと思いました。女房と長女とはうまく接することができず、何かにつけて大喧嘩をするたびに「どうしたらいいか?」「どうなっちゃうんだろうか?」と悩みました。二女は生まれつき身体が弱く、暫くのあいだは赤ん坊なのに入退院を繰り返しました。商売がうまくいかず資金繰りに走り回ったことは一度や二度ではありません。

でも今振り返ってみると、どれもその時々は大変でしたが、私にとっては乗り越えないといけないことばかりでした。それをその都度、まわりの大切な人たちに支えて貰いながら頑張ってきた人生だったと思います。

その中で、私が47歳のとき、人間ドックで脳下垂体腫瘍が見つかりました。見つかった瞬間から、手術を決断し、手術台で目が覚めるまでが私の人生最大の危機だったかもしれません。これも素晴らしいドクターに巡り合い、助けていただきました。この時のドクターとは偶然同い年だったこともあり、今でも親しくさせていただいております。 考えてみると、人生の危機は自身の命にかかわることではないかと思います。

「生きてるだけで丸儲け!」

どんなことがあっても生きていることに感謝しながら、健康に気をつけて、楽しく充実した日々を過ごしたいと思います。