2016年10月03日

髪を切る。木を切る。原点はあのドラマ!?

栗原:
盆栽師・平尾成志さんとPEEK-A-BOOトップスタイリスト・栗原貴史さんの対談写真01僕は中学生のときに美容師になろうと決めました。もっと言うと、高校に行きたくなくて、そのまま家を出たかったんです。反抗期が強すぎたんですね。親に敷かれたレールに乗っかってる自分が嫌で、何かしたいと。それで高校に行かないと決めました。先生にも反対されましたけど。

とりあえずそのためには働かなきゃいけないんで、中学を卒業してすぐに入れる会社を見せてもらったんですよ。そうしたら一番最後のページに美容師理容師があって。これならいけるかなと思ったんですが、親にも反対されて、とりあえず高校には行きました。

でもその先で進路を考えたときに、自分で最初にやってみようと思った美容師というのはずっと残っていて、とりあえず高1の夏に理容室で働かせてもらうことにしたんです。家族でずっと行かせてもらってる店だったんですけど。

シャンプーと雑用しかできないけど、2年半、卒業するまでやらせてもらいました。やってみて面白いと思ったので、それから上京したんです。父親は郵便局員、母親は和裁師。すごく硬い人たちなんで反対してたんですが、理容室で働いたことで、まあ、自分の本気さをわかってくれたところがありました。

ちょうどドラマの「ビューティフルライフ」とか、美容師が取りざたされているときでした。

平尾:
世代が似てるんですね。実は僕も美容師になりたかったんです。高3のときに「ビューティフルライフ」を見て(笑)。

栗原:
絶大な人気でしたね。

平尾:
盆栽師・平尾成志さんとPEEK-A-BOOトップスタイリスト・栗原貴史さんの対談写真02影響されましたね。美容師とTWのバイク(ヤマハTW200/通称ティータブ)、かっこええなと(笑)。実際のところは、僕は陸上で芽が出ていたので、みんなが進学のときにまだ陸上をガンガンやっていたんですが。僕の知り合いで15人くらいは美容学校へ行きました。そのとき「カリスマ美容師」という言葉ができて、すっごいフィーチャーされていたんです。

親は僕に「陸上をやれ」と言うし、父親は学歴コンプレックスがあって、青年会議所の全国大会などに出たときに自分だけ高卒やったのが恥ずかしかったらしく、「頭悪いのに陸上で大学入れるって、おまえこんなチャンスないぞ」って言われて。ただ大学1年のときは美容師になりたいというのがまだあって、美容院をやっている家の息子さんからすき鋏を一本もらって、自分で髪を切ったりしてました。当時、大学の寮にいて、寮の風呂場で陸上部の子の髪の毛も切ってたんですけど、それが噂をよんで、最後は体育寮全員の髪を切ってました(笑)。

でもそのとき僕はなんの知識もないから、全員ソフトモヒカンでしたね。

栗原:
ベッカムですね(笑)。

平尾:
もう一回、大学の途中くらいから美容師になりたいと思ったけど、すでに美容師がいっぱいいました。美容師の何に惹かれたのかって、どこかアート寄りじゃないですか。何かアート的なことがしたかったんでしょう。でも、建築だったり写真だったり、なんかそういう職種はみんな取られてるじゃないですか。僕は人とかぶるのも嫌だったんで。それと昔、テレビで見たTVチャンピオンで「日本庭園職人選手権」っていうのがあって、あれもいけるんちゃうとか思っていた。

そのうち、僕が通っていた大学の陸上部は日本一厳しかったから、なんだか先が見えなくなってね。たまたまガンを患ってた祖母と一緒に、京都の東福寺を見にいったことがあったんです。その庭園が世俗を忘れさせるというか。悩みがふっと消えたんで、すごいなあと思って。

もうひとつ、その庭は重森三玲という人が作ったものを継承しているんですね。そうやって継承していかれる文化ってすごいなと思ったんです。それで、父の知り合いで庭師の人がいて、埼玉で庭師の面接を受けに行ったんです。そうしたら「やめとけ。庭師なんて穴を掘って木を植えるだけやぞ」と言われて。あれ、全然想像と違うな、と思いました。その後、うちの父、庭師を紹介してくれた方、父の友人と4人でご飯を食べることになりました。その庭師を紹介してくれた方というのが実は盆栽界の重鎮だったんです。

仕事の飛躍は、まず物量をこなすことから

平尾成志が盆栽に使用する鋏
<平尾氏が盆栽に使用する鋏。すべて新潟の燕三条のもの。価格帯は3〜4万円台が中心。重心、持ったときに感じる重み、切る前の刃音が大事。>

平尾:
その紹介者と「上野グリーンクラブ」っていう盆栽会館で初めて盆栽を見たんです。盆栽の本もあって、そこでシューッとハマって。それでご飯を食べたときに、

「にいちゃん、興味ありそうやな。盆栽やってみるか?」
「やります!」

就職が決定しました。

その後、埼玉の加藤蔓青園に行って、加藤三郎師匠(※1)に出会いました。いきなり会った瞬間に、80歳を超えた加藤さんが「盆栽は世界にもっと出ていかないかん」っていう話をされたんです。それがすごいなと思いました。

※1
世界中から尊敬を集めた盆栽師。社団法人 日本盆栽協会理事長なども務めた。2008年2月8日逝去、享年92歳。平尾氏は加藤三郎師匠の「最後の弟子」として修業した。

栗原:
僕の師匠は、川島文夫(※2)という今の会社の代表ですね。現役でバリバリやっています。もともとヴィダル・サスーンにいて、アーティスティック・ディレクターにまでなった人。その当時、東洋人はまだまだ認められていない時代。その中でトップクラスになるっていうのは、今でもすごいことだと思うんです。当時からヴィダル・サスーンにも日本人はたくさんいて、帰国して美容師をやっているんですけど、そこで日本人の骨格に合うメソッドを作ったのが川島なんです。

※2
ピークアブー代表、川島文夫氏。1977 年に「PEEK-A-BOO 川島文夫美容室」をオープン。以降、同美容室を東京屈指のヘアサロンに育て上げ、現在に至る。

平尾:
どういう経緯でその師匠と出会ったんですか。

栗原:
ピークアブーに入ってからですね。この会社に入ったのは、高校のときの知人がモデルハントされて「今度ピークアブーいくんだよね」と言ったのが事の始まり。そこへ僕も髪を切りにいったら、めちゃくちゃうまかったんですよ。この美容院はいいなと思って。入ろうと。

川島とは、入社してから少しずつ接して、この人は人生の師匠だなと思えるようになりました。

平尾:
師匠に言われて一番残っている言葉ってなんですか。

栗原:
「振り向くな!振り向くな!後ろには夢がない!」

これには、人と同じことをやってても突き抜けられないよ、っていう意味もあると思うんです。

僕の後輩が海外のコンテストに川島と行ったときに「フミオ・カワシマはヴィダル・サスーンの歴史始まって以来、一番のハードワーカーだった。あれだけの仕事量をやる人はこの先、生まれない」と言っていたというんです。その姿勢は今でも変わらないし、そういう姿勢を見ていると、人と同じことをやっていたらダメなんだなと。僕がぱっと思い浮かぶ言葉は、それなんです。

僕もよくずっと働いてて「死にそうだ、やばいな、明日の朝起きられないかも」と思うんですけど、なかなか死なないですよ(笑)。だったら死ぬ気で頑張ったほうがいい。

平尾:
物量をこなす、って大事ですよね。

ただ盆栽は結果が出るのがすごく先なんですよ。切ったり、針金を巻いたり、その場でできることはありますけど、結果は2年後3年後に現れる。でも、いろいろ木を触って、そこで反省ができるかの繰り返しでもある。たくさん触るのは必要だし、あと記憶ですよね。気候はどうだったか?その前の年の植え替えは?置き場所は?何をしたか?それをすべて記憶しておくことが重要なんです。

僕もどうせやるなら死ぬ気でやろうと思ったんで、先輩たちが全員帰っても、簡単な手入れの反復練習をしたりしていました。最初は正確に、あとはどんどんスピードアップする。無駄を省くんです。それがわかってくると、仕事の段取りができるし、そうなるとさらにスピードアップできる。すると、もっと物量がこなせるようになる。

一方で、すごい木、繊細な木は作業を始めずに2時間ぐらい対面しています。そういう風に接する木と、そうでない木と分けながらやっています。それも一週間くらいかけたり。それがわかるようになるのも、スピードを根底においてるからだと思います。

栗原:
そうですね。「人」も同じかな。女性とか、長く見ていると気持ちの変化がわかる。元気なとき、落ち込んでいるとき。年齢を重ねると髪質も変わりますしね。そこでいい提案をしないと。

僕らも最初は正確に、スピーディーに切る練習をするんですよ。スピードアップしていく中で、本当に早く切れる人もいるんですけど、時間かけて切らないとダメな人もいる。盆栽と重なる点が多いと思います。

今ここにあるオーダーの先を読む

栗原貴史がヘアカットに使用する鋏
<栗原氏の鋏。美容師が使う鋏には、一丁25万円くらいのものもある。柄の彫金も職人さんの技の見せどころ。鋏によってイチローさんと松井秀喜さんのような違いがある。繊細なタッチか、パワーヒッターか。>

平尾:
対象は、ざっくり言うと生き物、ですよね。ただその時間が違うのと、オーダーされる、オーダーされないという違いがありますね。そこはまったく違うところだと思います。

栗原:
オーダーって、無理なこともありますし、まずほとんどの人が三面鏡を持っていないんで、後頭部を見られないんです。平面でしか見てない。女性は手鏡で見ることも多いし、サイドビューやバックビューが見られていない。「こうだったらいいな」というオーダーが違ってたりすることが多いんです。それ以上に、もっとこうなってたらいいな、という要望が強い。無理難題を言う人もいます。

僕たちの仕事は、何もしなければ最終的な仕上がりと以前の自分との比較ができない。要望というか、欲求ですから。それを満たすのも僕らプロの仕事なので、なるべく叶えてあげたいと思いますね。「ここまでだったらできる」というのを、しっかりと事前に説明します。仕上がって行き当たりばったりのスタイルは作れないですよね。

平尾:
盆栽も「このくらいの高さで、こんな木で、こんな値段で、鉢はこんなで」と、細かく要望してくる人もいます。「それはあそこの盆栽園にあったから行ってください」って言うこともあります。基本、オーダーをされても説得しますね。ここで手入れすると葉の量が減って見た目が寂しくなるけど、2~3年後に今よりさらにいい姿になる、というように。どっかで医者のような感覚でいないといけないんです。

それは成功もあったり失敗もあったり。弟子時代に1度、お客様の木を枯らせてしまったこともありました。そんなことを二度としないでおこうというのがずっと心にあります。オーダー通りにすると、枯れてしまうこともあるんです。

栗原:
それは同じです。オーダー通りだとダメな場合もありますね。

目立つパフォーマンスより、一対一のアートを大事に

平尾:
海外にはよく行かれますか。

栗原:
行きますね。今までは美容の文化がロンドン、パリ、ニューヨークと欧米発信だったんですけど、こちらから発信したいというのがあります。アジア圏内には、日本のスタイルを発信することはできていると思うので。

平尾:
勝手な想像ですけど、美容やファッションって、日本人はアジアの中ではトップをいっていると思っているじゃないですか。かたやヨーロッパから見たときに「うちらのコピーじゃないか」って言われることはないんですか。

栗原:
ありますよ。そう思っているでしょうね。実際、向こうにいくと、アジア系の人種は若干差別を受けます。アジアの中でも日本がナンバー1だとは思ってない国もある。日本にいると日本が1番だと思っちゃうんですけどね。海外に出るとそうじゃないと思うので、そういうところへ行って「どうだ」とやるのは楽しいですよ(笑)。日本人は研究熱心だし、物量もこなしていて丁寧ですし。

平尾:
今、海外の話でふと思ったんですけど、海外ではガラス張りの路面店で髪を切ってる絵をあまり見たことがないような気がします。

栗原:
それは美容院の数の問題かもしれません。先進国の中で、対人口比の数は日本が一番だと思います。世界一ですよ。アメリカでも日本の半分くらい。全国で今、22万軒を超える美容室があります。コンビニは5万件程度ですから。

平尾:
みんなどこで髪を切ってるのかな。

栗原:
自分で切っているのかもしれませんね。ピンキリですが、海外、特に西欧は技術サービスに対する値段をある程度取りますから。日本は今、サービス業全体が値段をいかに安くしていくかという方向にいっちゃっていて、技術に対する対価が見合ってないこともありますね。

平尾:
まったく一緒ですね。サービスして当たり前だという風潮がある。

栗原:
海外では、日本よりも美容師がしっかり技術職として認められています。

平尾:
流行りを作っちゃうとダメなんですよね。2000年頃のカリスマ美容師ブームみたいなときに、一気に増えすぎちゃった。やりたい人間が増えて、独立して、美容室が増えて、価格競争になる。ブームの頃、テレビでカリスマ美容師が出てきて戦う番組がありましたね。でも、モデルはそれぞれ違うし、戦うってどういうことなのかなと。

栗原:
アートって正解がないものだから、判断基準が難しいですよね。コンテストでも審査員の目があるから、傾向があったりする。

平尾:
盆栽師・平尾成志さんとPEEK-A-BOOトップスタイリスト・栗原貴史さんの対談写真03盆栽で言えば、違う木で戦うようなもんですね。

海外では「改作」といって、4人くらいで4時間ぐらいの勝負をするんです。枝をパチパチ切って、針金かけてグニャーッと曲げて、みたいな。白骨化したみたいにして、角度つけてスタイリングしていくとか。でも結局、そうなるとインパクト勝負になるんですよね。だから僕は、そういうコンペティションは疑問です。

それから、アルゼンチンへ行っておかしいなと思ったのは、僕が当時まだ20代だったんですけど、僕よりも年上の方々が「マエストロ」と言って握手を求めてくるんですよ。いや、僕はまだ何もやってないし。「日本人だから」っていうだけで「できる人」と思われてしまう。それは違うだろうと。僕の本当の表現方法は見てくれない。

いろいろ海外を回っている中で、盆栽ってすごく広まっていて「盆栽マスター」がいるんです。でも実際はできない人がいるんですよ。なんで有名なのかなと思ったら、口が上手いのと、改作のときにインパクトを残すんです。

栗原:
美容業界と同じだなあ(笑)。

平尾:
幹をチェンソーで削ってそこにオイルを塗って火をつけて、スプリンクラーが回って火が消える、みたいな(笑)。

栗原:
すごいですね。

平尾:
それもそういうことをした人がいたからですよね。

そういう人がいたおかげで、海外で流行ったというのもあるんでしょうけど。そこで僕が思ったのは、単純に、なんで日本では盆栽が流行ってないんだろう、ということでした。僕は若いし、他の考えを持たなきゃいけない。だから今年からはあまり海外には行かないようにして、日本で盆栽を盛り上げたいと思っています。来年、埼玉で世界盆栽大会っていうのがあるんです。W杯みたいな。そのPRをやっています。やれって言われたわけじゃないんですけど、勝手に。うちの師匠が第一回目の世界大会を開催してから28年ぶりに、日本の埼玉に帰ってくるんです。

海外の盆栽愛好家さんが集まって、いつも通りの盆栽の展示をして帰るんじゃなくて、そこに何か、日本人も来て、こういうものがあるんだと知ってほしい。日本人が参加しないと意味がないと思うんです。

栗原:
僕らの考えで言うと、やっぱりパフォーマンスは絶対にやらないです。ショーであろうが、店であろうが、同じです。一対一で対峙するのは同じ。仕事のスタンスは変えないです。パフォーマンスで無茶苦茶なことやって、モデルさんが家から出られなくなっちゃうのは意味がないですから。

好きな仕事を探すのではなく、腹をくくって好きになれるまでやれるか

盆栽師・平尾成志さんとPEEK-A-BOOトップスタイリスト・栗原貴史さんの対談写真04
<対談後の一枚。お二人はすっかり意気投合したように見えた。>

平尾:
インターネットがこれだけ普及して、情報が簡単に手に入るじゃないですか。僕たちがこの仕事を始めた頃は、雑誌を見たり、必死に街を歩いたりして情報を得なくてはならなかった。今はパソコンの中にたくさんある。

たとえば盆栽もネットではどんどん出てくるし、管理方法も書いてあるけど、実際にものがないとわからないものじゃないですか。今、簡単に手に入ってしまう世の中だから、職業も安易に選択してしまう世の中なんじゃないかと思うんです。ただ安易なので、腹がくくれてない。単純にゆとり教育がどうのこうのという理由じゃない。腹がくくれてないんですよ。それで楽して稼ごうと思っている。普通じゃないレベルにくるって、時間だったりお金だったり、いろんなものを犠牲にしている。それを安易に考えず、腹くくれ、と僕は言いたいな。

栗原:
全く同じです。たまたま僕は美容師を選択しただけで、この仕事に就く前は写真が好きだったり、雑誌の編集とかいろんな人に会える仕事に就きたいという夢もありました。でもおそらく、違う仕事をしていたとしても、その仕事が好きになってただろうし、それって結局、そこにどっぷり浸かれるかどうかが一番だと思うんです。

平尾:
バカになれるかなれないか。

栗原:
はい。その仕事に対して、腹をくくって、仕事を好きになるまでやるかどうかが問題ですよ。

平尾:
好きなことを仕事にしたんだったら、嫌いなことのほうが多くなるよね。嫌いなことを乗り越えたら、好きなことができるようになる。「好きだけど、なんだかんだしんどいなあ」と思うことは、何やってもつきまとうよね。

栗原:
それは何をやっても同じでしょうね。

平尾:
だから、結局何かって言うと、ふとしたときに感じる充実感ですよね。それがあるからずっと続けられてるんじゃないかな。あと、ちょっと間違えてるかもしれないけど、僕のなかで「真面目に遊ぶ」ことを前提に置いています。

栗原:
絶対そうですよ!仕事も遊びも120%(笑)

平尾:
僕が普通の盆栽師と違ったのは、とにかく誘われたら金がなくても飲みに行ってたこと。いろんな人と会って、いろんな人から知恵を盗んでいった。木を作るときに、どうたとえるかとかね。今の僕は、遊びで出会うそういう人たちに作られてきたんだと思います。

仕事もしっかりやって、また真面目に遊ぶ。そうしたら一生付き合える人も現れます。最近の若い子に言いたいのは、とりあえずビールを飲め、と(笑)。

栗原:
カシスオレンジとかいきなり言うな、と(笑)。じゃ、そろそろ飲みにいきましょうか!

――企画:土橋 昇平/取材・文:森 綾/写真:対馬 玲奈/編集:廣川 義孝