2019年10月01日

日本の初等教育は、完全に時代遅れになっている

フリースクール「YESインターナショナル」を始められたきっかけを教えてください

竹内薫

娘が近所のインターナショナル保育園に通っていたんですが、小学校に上がる1年くらい前から、日本の初等教育について、いろいろ調べてみたんですね。そうしたら、これは相当まずいことになっているな、ということに気づきまして。使える英語を教えていない。プログラミングも教えていない。日本の教育は、完全に時代遅れでした。形骸化していて、何かが壊れていると思いました。実際、教室の多くではイジメが陰湿化していて、先生方も対応し切れていない。それどころか、先生自身がうつ病になったり、休職に追い込まれている。学校そのものがおかしくなっているわけです。ちょうど同級生の保育園の親御さんたちも、小学校の行き先がない、ということも言われていて、そうか、じゃあ「学校」を作るしかないな、という流れになったんです。

僕が何より驚いたのは、先生が平気でウソを教えていることでした。著書『子どもが主役の学校、つくりました』(KADOKAWA)でこんな話を紹介しています。

もんだい ちゅうしゃじょうに、じどうしゃが5台とまっていました。そこにあとから3台がきてとまりました。ちゅうしゃじょうには、ぜんぶで何台とまっているでしょう。

答えは8台ですが、このとき「5+3=8」と書いた子は「○」なんですが、「3+5=8」と書いた子は、同じ8台なのに「×」になるというんです。こんな話がありますか。数学的には、足し算に順番などというのは存在しないんですよ。

どうしてこんなことになっているのかというと、マニュアルが増えたからです。戦後の日本の教育現場は、戦争から戻ってきた、いろんな先生が教えていました。どこの学校にも、一人や二人は理学部や工学部を出た人がいたりした。得意分野があって、多様性が担保されていました。その教え方はおかしいよ、と専門家に注意してもらえた。ところが今は、教育学部を出た先生ばかり。教えることの専門家でも、教える内容の専門家ではない。教育学部そのものが悪いわけではない。ただ、理数教育を専攻する学生が極端に少ないんです。それで、理数が苦手もしくは嫌いな人のための、業者による緻密なマニュアルが作られるようになったんです。その象徴が、足し算の順番だったりするわけです。先生の多くが自分の頭で考えていないんです。

英語とプログラミングについては、何が問題なのでしょうか?

英語については、やっぱり日本は異常です。オリンピックの関係者が来日して、こんなコメントを残していきました。とてもいい国なんだけど、英語が通じない。みなさん親切に教えてくれるけれど、言葉がわからない、と。世界中で、これだけ英語がしゃべれないのは、日本くらいなものです。ドイツだって、中国だって、韓国だって、もっと英語が普通にできる。おかしいんです。

どうしてこんなことになっているのかというと、英語がしゃべれない先生が教えているからです。奇妙な受験英語がガラパゴス化して、それで点数を取ることだけが競われている。これが、グローバル化を妨げているんです。しゃべるだけではない。英語は情報を取ってくるという意味でも重要です。英語ができないと、インターネットからの世界の情報が得られない。情報格差を生んでしまう。日本語しかわからない人ばかり作っているという現状は、情報統制している独裁国家を笑えないわけですよ。

プログラミングは、これから必須のスキルです。ゲームもグラフィックスもアプリもプログラムで動く。第4次産業革命が進行していますが、人工知能もプログラミングで動きます。今後は、プログラミングがわからないというのは、世界の仕組みがわからないのと同じ。これでは、単に利用される側に回るだけ。要は、大人になってお金を稼げないということです。今、会社に入るとワードやエクセルを使うのは当たり前ですが、この先、プログラミングも同じようになっていくと思います。実際、イギリスでは2014年から小学校で義務教育化されました。日本よりも6年早い。この時代の6年の差は大きいですよ。産業革命中の6年ですから。日本は人工知能研究も周回遅れですが、教育面でも周回遅れなんです。

著書を拝読しましたが、学校づくりは大変だったそうですね。

 最初は「一条校」と呼ばれる、国が認めている学校を作ろうとしたんです。日本では、学校か、学校でないかは、一条校かどうか、で区分けされています。これが、明治時代から変わっていない。明治時代から、進歩していないんです。 しかも、一条校を作ろうとすると誰からもいい顔をされない。文部科学省も歓迎しないし、すでに学校を持っている人も排他的です。少子高齢化の中で、これ以上、競合を増やしたくない。だから、認可が下りない。新規参入ができない。 そこで政府は、規制緩和の一環として、国家戦略特区においては株式会社が学校を作れるようにしました。文科省からは補助金が出ませんが、手続きを踏めば学校が作れる、と。内閣府が既得権益に風穴を開けようとしたわけです。

ところが、文科省は本音ではやりたくない。だから、抵抗するわけですね。民間のスピード感の何倍も時間をかけようとしたりする。それでも僕はいろんなツテを使って、横浜市で一条校を作る寸前まで行ったんです。目には目をって奴です(笑)。 ところが、ここで大きな壁にぶち当たってしまった。お金の問題です。補助金は出ませんから、学校を作るには巨額の資金が必要です。スポンサーがついてくれていたのですが、そのスポンサーのもとで働いている人たちから、この会社で学校を作るべきではない、という危ぶむ声が上がって。それで、苦渋の決断でしたが、泣く泣くあきらめたんです。 そうなると、何の縛りもないフリースクールという選択肢だけが残った。それで、まずはフリースクールから始めよう、と考えたんです。

ただ、フリースクールを一つの教育形態として認めましょう、という法律ができてました。今後は文科省が予算をつけてくるでしょう。そうすると、補助金目当ての大きな事業者が大規模にフリースクールに新規参入してくる可能性があります。それを心配しています。

暗記学習をしていて、自分で考えられる人材は育たない

フリースクールだと、この先の受験などで何かハンディがあったりするのでしょうか?

竹内薫

よく小学校の卒業資格について問われることがあるんですが、みなさんこれまで小学校の卒業資格を問われたことがありますか。インターナショナルスクールも、一条校を除けば、フリースクールと同じ扱い。でも、彼らは普通に中学や高校、大学に進みますよね。

よく勘違いされるんですが、義務教育とは義務ではなくて、権利なんです。国には、子どもたちに教育を授ける義務がある、ということです。だから、中学受験で卒業資格が必要と言われたら、小学校の卒業間際に地元の学校に戻ることもできる。学校側は、拒否できません。公立中学も拒否できない。私立であっても、学力があれば問題ないでしょう。その意味では、親がホームスクールで教えてもいいんですよ。本来、教育で大事なことは、「社会で本当に生きていく力」を身につけることなんです。それを身につけられない学校なら、最初から行く意味はない。

それでも、親御さんは古い教育システムの中で自分も育ってきていますから、フリースクールへの不安の払拭は、なかなか大変だと思っています。実際に卒業生が出て、中学にきちんと入るという実績ができるまでは、心配されるのもしょうがないと思っています。

スタートされて3年半になります。今は何人の生徒さんがいて、どのような教育が行われているのでしょうか?

26人います。年長さんから中学1年生まで学年はバラバラですが、クラスは進路順にABCDの4つに分かれています。国語、英語、プログラミング、算数、音楽、アート、体育などがあり、何年生だからAということではなく、それぞれの科目ごとに習熟度を見て、クラスに参加します。

先生は、人づてで紹介された人が中心です。たとえば、英語の先生は、ロンドン大学の政治学科を出た先生。ディスカッションのような授業スタイルが得意で、ものすごく面白いです。あるいは米軍でIT技術者だった先生のプログラミング授業も大人気です。でも、彼らは日本の教員免許は持っていません。僕自身も、算数を教えますし、妻も授業を行っています。一方で教員免許を持っている経験者もいますが、この方には学校全体の運営や生活指導などを見てもらっています。教員免許を持っている人に中にも、いい先生はいるのだと改めて知りました。

授業は、プロジェクト学習、探求型学習、アクティブラーニングなどと呼ばれているスタイルです。キーワードは「自分で考えること」。自分で考えることができれば、生きていくことができるから。日本の学校では、それが訓練として行われていません。ただ、考えないで暗記しているだけ。算数にしても、公式を覚えるだけ。危ないですね。誰かが考えた公式のプロセスをすっ飛ばして、結果だけ覚えさせているわけです。これで考える力が本当につくのかどうか。他の科目も同じです。一番大事なことは、自分で考えることです。だから授業では、問いかけが多い。生徒に考えさせる。意見表明させる。考えたことを表現してもらう。

 授業風景

例えば、小学校低学年の社会では「日本列島」をテーマにしています。まずは47都道府県で、県名を知ったり、どんなものが有名なのかを学んでいきますが、その後は生徒が何を知りたいか、にフォーカスしていきます。実際、「甲斐の国」など昔の呼び名や、戦国武将に興味を持っていく子どもが出てきています。高学年では、地球の誕生から現代まで40億年がテーマです。壮大ですよね(笑)40億年のどの部分をやるのかは、自分が調べて決める。それをみんなの前で発表する。

学習指導要領の項目は常に意識していますが、われわれはマニュアル通りに教えるわけではありませんから常に脱線します。でも、子どもたちは考えるプロセスが楽しいようです。自分で考えることの意味を知り、悩み、頭が鍛えられる。批判的に考えるクリティカル・シンキングが大切なのです。

それこそ会社でも、指示待ち人間はいらない、と常に言われるわけですよね。自分で考えられる人材が欲しい、と。暗記学習ばかりしていて、そういう主体的な人材は育てられるのか、ということを問いたいわけです。小さい頃から癖をつけていかないと、それは難しいでしょう。

そうすると、評価についての考え方も変わってきそうですね?

そうなんです。わかりやすいものに、体育があります。僕たちが子どもの頃にやらされた体育というのは、絶対的な到達基準がありました。逆上がりができるか、跳び箱が跳べるか。つまり、できるかできないか。それだけ。すぐできる子はできるし、できない子はできない。でも、大事なのはそういうことではなくて、本人の達成度だと思うんです。前回と比べて、これだけできるようになった、ということをちゃんと見てあげられるかどうか。それがないから、体育が嫌いになる子が続出するんです。

そもそも身体を動かすのは楽しいし、できなかったことができるようになるのはとてもうれしいこと。例えば、プログラムのひとつに、逆立ちから向こう側に倒れてブリッジをする、というものがあります。子どもたちは、最初、怖くて逆立ちもできません。でも、やっているうちにできるようになっていくんです。早くできる子もいますが、学期の終わり頃になると、それまでできなかった子どもが、少しずつ工夫をして、初めてできるようになったりするんですね。

こうなると、子どもは本当に大喜びしますね。それをまわりも見ていて、応援する。クラスのみんなが応援して、大きな拍手をする。これが大変な達成感を生むんです。感動体験になる。だから、ウチには体育が嫌いな子どもはいません。できなかったことが、できるようになる喜びが味わえる場なんですから。

そして、できなかったけれど、どう変化していったのか、が成績になる。大人が勝手に作った基準に照らして、できたかできなかったか、ではない。本人の中で、何がどう変化していったのか、こそが重要なんです。できることが重要なんじゃない。できなかったとしても、子どもがその問題にどう取り組み、どう考えて、どう頑張ったか。それこそが重要です。人生も同じですよね。必要なのは、白か黒かをはっきりさせることや、ただ暗記することなんかじゃないはずです。

子どもが自分で考えようとしているときに、見守ってあげる

それでも合うお子さん、合わないお子さん、というのがあるのではないでしょうか?

竹内薫さん講演依頼.comスペシャルインタビュー

はい。ですから、トライアルしていただく機会を設けています。現状で40人くらいまでは受け入れられる体制はできていますし、もっと生徒さんが増えてほしいという気持ちもありますが、そこは慎重です。経営的にも、興味を持ってくださる方すべてを受け入れることができれば、学校の早期黒字化にも近づけるわけですが、それはできない。受け入れの確率は6割ほどでしょうか。

まずはトライアルで行動観察をさせていただいていますが、気性が荒かったり、乱暴だったり、特性が強いお子さん、子どもなりの社会生活が身に付いていないお子さんは、受け入れがやはり難しい。他の生徒さんもいますので。補助員をつければうまくいくかもしれない、というケースもありますが、その場合は補助員の人件費負担をお願いしないといけなくなってしまいます。そういう判断をされることについては親御さんもつらいと思いますが、学校医である精神科の先生と受け入れ協議をして、客観的に判断しています。

性格的な向き不向きもあると思います。プロジェクト学習ですから、ただ教えられるのではなく、討論に参加したりしないといけない。自分で考えたことを伝えていかないといけない。いろんな気づきや工夫も求められます。黙って教科書を広げて、先生がしゃべっているのをただ聞く、という教育に心地良さを感じてしまっているお子さんは難しいですね。とにかく答えを早く教えて、というケースもそう。答えよりも、プロセスを大事にしてほしいんです。

一方で、お子さんの個性として、自由にいろんなことをしてみたい、という場合は、やはり才能が開花します。おそらく公立の学校では、いろんなことに縛り付けられて封印、封殺を余儀なくされていたんだろうな、と思える子どもが、ウチに編入した途端、のびのびと過ごしていたり、楽しそうにしていることもあります。討論を楽しめたり、積極的に発言できたり、そういう特性を持っている子どもは、フィットしますね。

基本的に、お子さんは短期間で慣れます。一番、戸惑うのは授業の半分が英語ですから、英語かもしれません。だから、英語の習熟度に合わせて、学年関係なく、クラスを編成しているんです。親御さんがお子さんを入学させる動機は、やはり一条校への不信感ですよね。これでは15年後に社会で生き残れないだろう、と考えて相談にみえることが多い。あとは、英語を学ばせたい、プログラミングを学ばせたい、という声もあります。中学受験で有効そうだから、という方もおられます。

子どもの才能を伸ばすにはどうすればいいか、と考えている親御さんも多いと思います。何かヒントはありますか?

子どもが自分で考えようとしているときに、見守ってあげてほしい、ということに尽きます。やってはいけないのは、「宿題をしなさい」と言ってしまうことでしょう。子どもはわかっていて、自分で考えてやろうとしているのに、それを親に言われたら辛い。レゴで遊んでいるときも、マインクラフトに夢中になっているときも、自分で考えているんです。だから、できる限り自由にやらせてあげる。唯一、のめりこみ過ぎて夜更かしをしてしまったり、睡眠不足になってしまうことだけはダメ。どんなこともやり過ぎは禁物。常にバランスは大切です。

マンガやテレビも悪くない。ちゃんとバランスが取れて、度が過ぎなければいい。僕もかつては大のマンガ少年でした。考えるべきは、マンガをたくさん読む子に、どうやって活字の本を導入するか、です。マンガが好きなんですから、読むことは嫌いではない。そこから活字本につなげるには、工夫が必要でしょうね。僕は小学校の先生をしていた伯母から、こう言われたんです。マンガは買っていい。ただ、字が書いてある本も1冊は読もうね、と。それで面白い本に出会って、本を読むようになりました。自分で気づくことが大事なんです。

スマホにどっぷりハマっている子の次のステップは、パソコンやプログラミングです。スマホではできることが限られますから、まずはパソコンに誘導する。そこから、プログラミングにつないでいく。なかなか手放せないようなら家庭内でルールを作る。あたりまえですが、子どもが自立するまでは、時間を制限するなど、親が管理していいんです。

日本でも、小学校でプログラミング教育がスタートします。

残念ですが、また暗記科目になって、試験がひとつ増えるだけになるでしょう。英語と同じです。先生の多くがプログラミングできないんですよ。できない人が、どうやって教えるのか。また、まちがいだらけのマニュアルができるだけです。穴埋め問題ができたり。愚の骨頂ですよ。英語ネイティブの先生が、英語の穴埋め問題を見ると絶句するんです。ナニコレ、わたしは解けないって(笑)そんなことをいくらやっても、英語は話せない。プログラミングも、民間で学んだほうがいいと思います。

大人は、どうやって探求型思考を養っていけばいいでしょうか?

まずは、自分が暗記学習によって「洗脳」されていることに気づくことですね。考える力が、養われていない、と。それを自覚しないと変われません。何十年もやってきたことが、魔法みたいに変わるわけがない。でも、まずは自覚することから始めないとダメです。その意味では、英会話やプログラミングなど、新しいことに挑戦するのは、意味があります。そこでは、考え方を変えていけるんです。スポーツや楽器もいい。自分で考えながら、練習することが求められますから。

私も、半世紀に亘って「運動音痴」と諦めていましたが、一念発起、55歳でカポエイラ、58歳でロードバイクを始めました。おかげで今では前屈でおでこが床に着くようになりましたし、子どもたちに混じってちょっとしたアクロバットも披露できるし、体重は7キロ落ちて、健康そのものです。学校体育で植え付けられた、運動への苦手意識も払拭され、世界の見え方まで変わって楽しいんです。

大人にとって、探究志向の要は、常にアウトプットすることを意識することですね。サービスの受け手ではなく、送り手になろうとすべきです。例えば、YouTubeを楽しむのではなく、下手でもいいからYouTuberを目指してみる。この意識の変化こそが、人生を大きく変えていくんです。竹内薫

――企画:若井 慎一/取材・文:上阪 徹/写真:伊東 武志/編集:対馬 玲奈