2017年05月01日

Vol.1

銀メダリストが二児の母に。ママコーチとして奮闘する武田美保さんにインタビュー

昨年末、武田さんが教えているみえシンクロの選手が、エリート選抜の中からチェコ遠征メンバーに1位で選抜されたそうですね?

挑戦し続ける人たち~シンクロスイマー・武田美保みえシンクロに所属する中学二年生の選手が、良い成績で選抜されました。素質発掘が主旨の選抜なので技術的にはまだ課題はありますが、過去には先日行われたリオデジャネイロ五輪のシンクロナイズドスイミングのデュエットで銅メダルを獲得した乾友紀子選手がこの選抜の前身になるユース強化策の第一号で選抜されていますし、チームで銅メダルを獲得した箱山愛香選手もメンバーに入っています。遠征前のユースエリート合宿ではナショナルAチームの方々と同じ空間で練習ができる、とても貴重な機会になったと思います。

みえシンクロのコーチになって今年で8年目ですね。

元々は、現在三重県知事の主人の関係で三重に拠点を移したのですが、私の経験が何かの役に立てばと、コーチになりました。みえシンクロの練習は、週に3日、1回4時間から5時間です。私が所属していた井村シンクロはほぼ毎日に近い状態でみっちり練習をしていたので、みえシンクロは非常に限られた時間の中で結果を出す必要があり、日々模索しています。今私には4歳の息子と0歳の娘がいますので、京都に住む母が頻繁に三重まで子守に来てくれるサポートなくしては決して成り立ちません。実は下の娘が産まれた時は2週間でコーチとして現場復帰をしたのですが、ちょうどその頃に日本選手権があって、教え子が予選ギリギリの成績状況だったので、何が何でも復帰しなければなりませんでした。時には息子や娘をプールに連れて行って、プールサイドで練習を見学させたりもしています。私に似て負けず嫌いの息子なので、見ているうちに、「僕もできるよ!」と言いながら、柔軟体操を一緒にやっていたり(笑)。子どもにもいい刺激のようです。

下のお子さんが産まれて2週間で現場に復帰されたとは驚きです。本来なら、産後6〜8週間は出産に伴う母体の損傷を回復するために安静にしていなければならない時期ですよね。上のお子さんがいるとなかなか安静に、も難しいのかもしれませんが…
武田さんが考える、働く意義とはどういうものですか?

挑戦し続ける人たち~シンクロスイマー・武田美保私の場合、状況が状況だったので、復帰しなければならなくて。本来なら、もう少し休まなければならない時期ですよね(笑)。今は子どもを産んでも職場に復帰する女性が増えていますが、待機児童問題や出産後に価値観が変わったり、育児の大変さから仕事の両立ができないと感じる、など色々な事情で仕事を辞めるケースもあると聞きますので、これはあくまで今の私の考えではあるのですが…。結婚、出産をすると、「奥様」「ママ」と呼ばれることが増えて、武田美保ではなくなるような一種の喪失感を味わうことがあったんです。それは自分が自分でなくなるような恐怖心とも言いますか。だからまだ子どもも小さいので制限はありますが、お仕事は武田美保としての時間となり、私の場合は精神的に安定するんです。必要なバランスの一つ。特に私は選手だったというのも大きいのかもしれません。死にそうなぐらい全身全霊をかけて練習を重ねて、オリンピックでメダルを首にかけてもらう時には、ものすごい自分の存在意義を感じられた。私、生きてる!って心の底から感じられる体験をしてきたんです。だから武田美保で働くことは「私の存在証明」であり、人生の中で欠かせないものの一つなんだと思います。

「私の存在証明」深いですね。
確かにママになると「〇〇ちゃんママ」等、自分の名前さえ呼ばれなくなることも増え、アイデンティティの喪失感はでてくる気がします。
限られた時間の中でのシンクロの練習で心掛けていることは何ですか?

挑戦し続ける人たち~シンクロスイマー・武田美保

できるだけ練習の質を高めるということです。記憶に残る練習にするため、指導中に使う言葉は印象的な言葉を選び、又たくさん質問をします。技術的なものは体得するだけでなく、頭でも客観的に理解できるように、「今何を変えた?」「どうしようと思ったの?」と感覚を言葉にしてもらうために質問します。これは私が母にしてもらったこと。毎日練習後、それを復習するように母からたくさん質問をされました。おかげで私は幼い頃から自分の状態や課題を練習後に整理して把握することができたんです。体は思った以上に、自分の思い通りに動かすのは難しい。それを客観的に把握できて自分の課題が分かっていると、毎日の練習に取り組む姿勢も変わりますよね。選手たちには自分を知る作業を日々してほしいんです。練習が課題を解決するものに変わると、成果も大きく変わってきます。 それと、私が井村雅代先生に何度も言われていた事なのですが、「限界を超える」ということ。教え子一人一人、目標をノートに書かせて大会ごとに課題や戦略をちゃんと確認してもらうのですが、目標に掲げながらも日々の練習でそれに見合うことができていない場合がありますよね。本人達は出来ているつもりでも、コーチから見たらベストではない。井村先生はとても厳しかったですが、「まだできる、もっとできるはず」と本人が引いている限界を超える提案を毎度してくださったんです。そのおかげで私も自分が思った以上の力が出せたし、限界を超える喜びも感じられました。だから「もうダメ。自分には無理って線を引かんといて」ってよく選手に言います。限界を超えるのはすごいパワーがいることで一人ではなかなかできません。だから色々とアプローチを変えながらも、コーチとしてその手伝いをしなくては、一緒に乗り越えてあげなくては、と思っています。

井村雅代先生の教えが自然と武田さんの中で生きているのですね。
武田さんが指導者として大切にされているものは何ですか?

挑戦し続ける人たち~シンクロスイマー・武田美保まだコーチとして実績も大きく上げているわけではないので、確固たるものはないのですが、軸がぶれないようにすることと機会を均等に与えることは大切にしています。例えば、細かいところですが、怒るところはいつも一緒にする。選手を見る指導の質をできるだけ一緒にする。女の子の世界ですから、誰かを特別扱いすると焼きもちを焼くんです。思春期の多感な時期ですからなおさら。どうしても大会でいい成績を出す選手にはその対策として時間を取ることはあるけれど、質量に差をつけないように心掛けています。成長するスピードは人によって違いますから、伸びる子は自発的に伸びて欲しい。 それと、シンクロは団体で揃える競技でもあるのでチームワークは非常に大事なのですが、チームの雰囲気が良いというのは、仲が良くて笑い声が聞こえる状態をいうのではなくて、もし誰かモチベーションが下がってくすぶっている人がいたら、あなたサボってるよ、ってそれがたとえ先輩に対してだとしても前向きに発言し合える環境だと思うんです。形式上仲が良くなるのではなく、チームメイトであり、時にはライバルという意識を持って、意見は言い合わないと全体のレベルアップはできないんです。特に今の若い子達はみんな一緒が大好き。どんなに才能があっても一人だけ抜きんでるのが嫌な子もいる。この前も「プールに入ったら、あの子にできて私ができないのは悔しいと思いなさい」と伝えたのですが、悔しいという気持ちや競争心をどうやって掻き立てられるかは、今の私のコーチとしての課題ですね。

いいチーム作りに必要だと思うものは何ですか?

どんな状況になっても目標に向かって最後までやり切る先輩、の存在だと思います。どうしてもコーチと選手は、上司と部下の関係に近いというか、年齢も離れていて少し距離があるんです。だからいい先輩がチームに1人でもいるとその間を埋めてくれる存在になります。前にみえシンクロでチームが一丸となった、と思える出来事があったんです。当時高校三年生の子、国体の予選に出られる最終学年なんですが、選抜に選ばれたくて頑張っていた子がいたんです。それが結果3位になってしまった。1位と2位がデュエットを組めるので、3位だと出場できないんです。その子がシーズン途中で辞めたいと私のところに相談に来ました。不器用だけどものすごい健気でまじめに練習を重ねてきた子。だからこそ途中で辞めては悔しい思いが残る気がして、私は、本当に悔いが残らないか、本当にそれで良いのか、と聞き、自分の思いも話しました。そしてその子は「続ける」ことを決心してくれた。それからです。その子のおかげで周りのチームメイトの雰囲気も変わっていったんです。「シーズン最後の大会であるジュニアオリンピックがその先輩が最後の大会になる。先輩が絶対に悔いの残らないものにしよう」とチーム全体がその子の思いを実現するために心が一つになったんです。ジュニアオリンピック大会当日。その気迫で本線に行け、予選8位で通過。決勝の演技も素晴らしく、みえシンクロが今まで取った事のない8位という成績を収めることができたんです。大会の最後の最後で、皆で大感動という経験が出来た。皆で実力が出し切れた、という感覚を初めて味わったんです。年齢が上がれば上がるほど、技術力も上がるので大会で成績を出すのは難しくなりますが、先輩が最後までやり切るというのはチームメイトにとって本当に大事なんだと実感した出来事でした。

これからのみえシンクロの活躍がますます楽しみです。

挑戦し続ける人たち~シンクロスイマー・武田美保私も引退後、まさか自分が指導する立場になるとは想像していなかったのですが、教え出したら、好きやねんな、これやねんな、と改めて実感しています。自分の子育てとの兼ね合いで、常にせめぎ合いです。実は、私の知り合いでナショナルBチームのママコーチがいるんです。お兄ちゃんが高校生で妹が中学生の。ナショナルチームの合宿中、去年は子どもが肺炎になり、今年は骨を折って、母親として側にいられない責任に苛まれる。子どもに対しては申し訳ない気持ちがいっぱいだという話を聞きました。ママでありながら働くにはもしかしたら何等かの犠牲を伴うものかもしれません。でもどこかでラインを引くしかないのかな、と。どんな選択をしても子育てには正解も答えも一律ではないから悩みますし、私もずっと悩んでいる気がします。逆に答えがないからこそ、悩みながら進んで行けばいいのかもしれませんね。子どもがもう少し大きくなってきたら、また変わるかもしれませんし。これからきっと社会も会社も色んな働き方を受け入れる方向に変わってくると思います。出産後に復帰できるか悩む方も多いとも聞きますが、悩んだらまずやってみる、そこで壁にぶつかったら又やり方を工夫する、その時に対策を考えればいいんじゃないかと思います。意外とやってみる前から事前に悩んだり心配したことが大したことではなかったり、柔軟に物を考えることが出来たら、誰かが助けてくれたり、何等かの対処法があったりもしたりしますよ。私も子育てに仕事に、悩みながら挑戦を続けていければと思います。

――企画・編集:江本千夏/鈴木ちづる

武田美保/アテネ五輪シンクロナイズドスイミング銀メダリスト

武田美保 アテネ五輪で、立花美哉さんとのデュエットで銀メダルを獲得。オリンピックはアトランタ、シドニー、アテネと3大会連続出場し、日本人メダリストの中では立花さんと共に、飛びぬけた数の5つのオリンピックメダルを持つ。引退後は、マッスルミュージカルや松任谷由実のスペクタクルショー「シャングリラ」に出演し、シンクロスイマーとして活躍。2010年より、ジュニアの育成にも力を入れ、三重県で小中学生を対象にシンクロの指導をはじめる。その他、三重大学特任教授、文部科学省「教育再生実行会議」の有識者メンバー、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部より「地方創生インターンシップ推進会議」の委員などを務める。現在、「みんなのニュース 報道ランナー」(KTV)月曜コメンテーターとして出演中。