2016年04月21日

盆栽に出逢って生涯の仕事に決めた理由

30代前半でここまで盆栽をやっていらっしゃる方は珍しいですが、いつ頃から盆栽をやってみようと思われたのですか。

平尾成志さんスペシャルインタビュー、成勝園にて19歳のときです。子どもの頃は近所でも有名なやんちゃ坊主でした。いまだに「あのマサシが!?」と言われますよ(笑)。京都産業大学に陸上のセレクションで入学してしばらく経った頃、毎日厳しい練習に耐えながら、お金もなくて、ふらっと東福寺に立ち寄りました、その東福寺の庭で文化が継承されているのを見たことがひとつのきっかけでした。

やがて進路を選ぶことになったとき、普通のサラリーマンより誰もやったことのないことをやってみたいと思ったんです。実際に庭師の方にお会いして話を聞くと「庭掘って穴開けて埋めてるだけや」とおっしゃったのですが、いやいや、そんなことはないだろうと。「にいちゃん、盆栽、やってみるか」と言われ「はい、やってみます」と即答していました。

加藤三郎師匠との4年間は、自分の人生のなかで素晴らしい時間でした。

平尾さんにとって「弟子入り」や「修行」はきついことではなかったのですか。

陸上部では、毎日本当に厳しいトレーニングをしていたので、僕は打たれ強いとは思っていました。よし、厳しい環境でも頑張るぞと思っていたら、意外にも朝8時から夕方5時で終わっちゃう仕事だったんです。でも弟子入りして2年目から4年目までは、全部の木を触ってやろうと思い、夜11~12時まで現場に残ってやっていましたね。

修行期間は5年ですが、安い給料でも、夜に残っていたらご飯を出してもらえるし、近所のおばあちゃんが野菜をもってきてくれたりするので、何も困らなかった。それに僕の状況をわかって飲みに誘ってくれる人たちもいて、ご馳走してくれたりもしました。そういうコミュニケーションが日々あったことを感謝しています。一人で木と向かい合うだけだったら、苦しかったと思います。

そこで盆栽とはどのようなものだと思われましたか。

盆栽師・平尾成志さん、講演依頼.comスペシャルインタビュー、成勝園にて(3)難しく考えるから難しいんだな、と。もちろん、数字化したりマニュアル化できるものではありませんから。でも、見続けていると表情が見えてきたり、水やりとかテクニックも一気にわかってくるんです。

もともと盆栽というのは中国の「盆景」から来ていて、それを一つの鉢のなかで栽培していくのが日本人の作った「盆栽」です。日本に入ってきた平安時代~鎌倉時代までは特権階級のものでしたが、江戸後期には一般大衆のものにもなり、文明開化で外国人にも愛されるようになった。今も海外での人気はものすごいです。

盆栽の美を簡単に説明すると、凝縮と引き算の美学。飾り方や余白を楽しむものです。

平尾さんが盆栽に没頭できた理由はなんだと思われますか。

お金のことを考えたら、大手の会社を受けていましたからね。木が本当に楽しいことを教えてくれたんだと思います。一本の木の、気候やロケーションでの微妙な見え方の違いを知るのは本当にわくわくしますよ。僕にとっては普通の仕事では味わえない、もっと心豊かなものなんです。

海外を周った7年間。これからは日本に根を下ろして

平尾さんは海外でもあちこちでワークショップをされていて大人気ですね。これまでどんな国を訪れたのですか。

最初に行った国は、盆栽業界の人に誘われて訪れたスペインでした。その後、アルゼンチンへも行きました。でも親父より年上の人に「マスター、マスター」って言われて、なんだか落ち着きませんでした。あと、盆栽をあからさまにビジネスにするのも嫌なんです。だから最近は自分の企画で、イタリアでDJ とパフォーマンスをするとか、若い人たちを巻き込む方向で行くようにしています。

海外では、どんなワークショップをされているのですか。

現地の人が、自分が育てている盆栽を持ち込んできます。最初に丸一日かけて、それらを1本ずつ僕が見て回ります。ベニスでは朝9時から夜中1時までかかりました。それくらい皆さん質問もしてくるし、熱意があるんです。日本人はあまりテクニックを多用しないですけど、海外の人は貪欲にテクニックを求めてきます。

それで何度か海外でワークショップを開催するうちに、口コミが広まっていきました。

どうして海外でやろうと思われたのですか。

悔しかったんです。「盆栽=アジアのどこかのもの」という認識が世界にあって。盆栽を手のひらに置いて「China In Your Hand」って書いてあるポスターを見たりしてね。ただ、日本の盆栽が世界一だと胡座をかくのも間違いだと思います。 今、海外の盆栽のレベルはとても上がってきていますから。

僕自身、少し考えが変わってきていて、これまで7年ぐらい海外でやってきたのですが「日本で流行っていないから海外でやる」っていうのも、もう古いなと。あるとき海外の人に「なぜ渋谷や新宿で展覧会ができないんだ」と言われてハッとしたんです。だから、今は日本の若い人と盆栽の距離を縮めたいと思い始めています。

日本人と盆栽の距離を縮めるためのワークショップ

日本でのワークショップはどんな感じで開催されているのですか。

盆栽師・平尾成志さん、講演依頼.comスペシャルインタビュー、成勝園にて(4)今は、人が居心地がいいと思えるような場所で、癒しにもなるようなワークショップをやりたいなと思っています。これまでの盆栽園は座るところもないし、初めての人が来にくかったりしますからね。オーガニックコスメとかヨガとか一緒にコラボしても楽しい、くらいな。先日は中目黒で開催しましたが、広島からわざわざ来てくださった方もいたので、地方でももっと開催できたらいいなあと思っています。

ただ、聴く方の年代ややりたいことがバラバラだと僕も的を絞りにくいので、ある程度同世代だったり、やりたいことが同じだといいですね。女子美大に呼ばれたときは、「盆栽美」という話に特化して、実際にお正月の寄せ植えの作り方をやったら盛り上がりました。

お話での講演に加え、実際に簡単な盆栽を作るワークショップも開催されているのは魅力ですね。たとえば、お話ならどんなことをテーマに話されますか。

僕が木から学んだことですね。たとえば「なんでこんなに土が乾いたんだろう」という日は、ある時間帯、すごく強い風が吹いていたんです。「急に枝の色が悪くなってどうしたんだろう」と思った日は、ああ、あのとき、根っこを切ったのがよくなかったんだとか。でもこれ、木だけの話じゃないですよね。人間関係もそうでしょう。僕は人を見るようになって、盆栽へのアプローチが変わったと思います。「あのとき、あいつがこう言ったことは」といった意味が、未来の行動に結びついていたりするでしょう。

盆栽も人も、短所を消して長所を伸ばすのが大事なんです。

平尾さんのそういう真面目なところは、盆栽によって目覚めたものでしょうか。

僕の父が言ったんです。「まじめにあそべ」って。これがすごく重要なことだと思っています。僕の仕事は70歳とか80歳の方とも会話する。まじめにあそばないと、懐に入れてもらえないですからね。

今、お話を伺っているこの場所でも、様々な会話が生まれそうですね。

思い切って場を作ってしまいました。「成勝園」といって、もうすぐオープンする予定です。今年は瀬戸内国際芸術祭に出品させてもらっていて、瀬戸内海の女木島とここ埼玉を行ったり来たりしているので、ちょっと慌ただしくしていますが、ぜひワークショップを開催したいと思っています。

瀬戸内国際芸術祭では女木島がメイン会場と聞いています。

現代アートのひとつとして一気に発信できてうれしいです。ちゃんとした設えで、映像とコラボしたりしているんですよ。若い人たちが、息を飲むように見てくれていて、会場を出てわーっと話をしている様子を見ると、本当にうれしいですね。

もっともっと、皆さんに盆栽を知ってもらいたいです。

取材・文:森 綾/写真:三宅 詩朗/編集:廣川 義孝
(2016年4月 株式会社ペルソン 無断転載禁止)

盆栽 ~瀬戸内国際芸術祭 出品作/平尾成志 作~

今回のインタビューは、平尾さんの盆栽園「成勝園」で実施しました。その際、瀬戸内国際芸術祭に出品予定(インタビュー当時/後日、実際に出品)という盆栽を見せていただきました。暗がりに配置した盆栽のアートな佇まいに、その場にいた全員が感嘆の声を上げました。以下に写真を掲載します。

盆栽師・平尾成志さん、瀬戸内国際芸術祭 出品作