2005年08月01日

自分の体は自分で創る

-谷川さんは、毎年チャリティーハーフマラソンを開催していらっしゃいますが、その思いやきっかけはどんなものだったのですか?

1997年の東京国際女子マラソンで朝日新聞が地雷廃絶をテーマに開催したのですが、その時たまたま選手宣誓をやらせてもらったんです。そこで色々な資料を読ませて頂き、恥ずかしい話、地雷問題についてあまりに知らなかったんですね。そして1998年長野オリンピックが開かれ、イギリスの元軍人クリス・ムーン氏に出逢ったんです。

彼はモザンピークで地雷を取り除く作業をしていて、爆発の事故で、右手右足をなくされた方なんですが、その方が最終聖火ランナーだったんですよ。箱根からスタートして、東京に戻ってきて、約100キロ、彼は義足で走るんですね。

そして、長野オリンピックに参加している70カ国の大使館に「地雷を無くしましょう。」というお手紙を持って走るわけです。それを一緒にやってもらえないか、と声をかけて頂き、一緒に走らさせてもらったんです。

クリスさんが言うには、「自分は障害を持っているけれど、自分は健常者以上のことが出来る。だから障害を持っている君達、勇気を出して社会に参加しようよ。そして地雷を取り除くにはお金が必要だ。」とね。たまたま同い年だったんですが、一緒に走って、彼の強さを心底強く感じたんです。命がけで走っていて。 それがきっかけで、自分が走ることで何かができないか、と思い始めたんです。それがチャリティーマラソンを始めたきっかけですね。

-マラソンによって変ったことは何ですか?

自分が本当に強くなり過ぎた、ということですかね。(笑)
いろんな世界が見えてきて、自分の事もいろいろ分かりましたし、絶対出来ないと思っていたことが出来るようになる。忍耐強さも含め、自分で決めた事には負けません。

そして何をするのにもまず自分の意志を確認します。本当にやる気があるのか、ないのか。そこでもし納得の行くものでなかったら、徹底してやらない。自分が本当に「やる」という気持ちがあったら、「やれるだろうな」、と思いますね。 そういった精神的な強さは、マラソンを始めてからつきました。

ご存知の通り、マラソンは競争であり、自分一人で走っている訳ではありません。でも人と競争するとペースも乱れるし、疲れてしまう。歩幅が違ったり、リズムが違うと自分の走りまで変わってきてしまうんです。だから私は、人と競争するよりも自分と競争したいと思っています。自分に勝てれば、自分の走りが出来れば、レースにも勝てるんですよ。

自分に勝つこと。重い言葉ですね。

-谷川さんはOLからマラソンランナーに転身というと面白い経歴をお持ちですが、どんなきっかけがあったのですか?

当時私は社会人4年目で、仕事や人間関係にも慣れてきた頃でした。仕事をやる意味だとか何となく物足りなさを感じ始め、漠然と「こんな生活でいいのかな。」とか「こんな風に私の人生終わってしまっていいのかな。」と思っていた時だったんです。そんな時、たまたまお花見に誘われて、会社のすぐ近くにある皇居までお昼に行ったわけです。そしたら、結構な数の人が走っているんです。私は中学、高校とずっと陸上をやっていましたし、その光景が凄く新鮮で、ここでなら今の自分がどれくらいの力なのか試すことができるのかもしれないって衝撃を感じてね。次の日からもう走っていました。(笑)

仕事をしながらですので、お昼の時間に走りに行くのですが、会社に帰ってくると真理さん専用って書かれた麦茶が用意されていたんです。本当に周りにいた方々が優しかったんですよね。感謝しています。それがきっかけで、また走り始めたわけです。

 

-皇居での練習はどんなものだったのですか?

練習は高校時の基礎があるので、自分でアレンジしたり、皇居で知り合った人達に教わったりしながらやっていました。でも一周5キロを走りながら、男性ランナーを振り切るのが一番楽しかったですね。おしゃれをしながら走っていましたし。(笑)

そんな風に練習を続けていたある日、都民マラソンでトップになったらシドニーに派遣してくれるという話を耳にして、タダでシドニーに行ける、と一気にやる気になってしまったんですよ。馬ににんじん状態。単純ですね。(笑)でもその後はかなりトレーニングしましたよ。皇居も2周(10キロ)に変更して。

やり出したら止まらない性格ですから、自分が納得行くまでね。資生堂に入った時も良品計画にいた時もそうですが、自分の好きなように自由に走りたかったんですよ。だから自分で自分の練習を作ったし、それを許してくれる環境だったこと。これは本当に幸せなことです。

それにね、私はプロになっても皇居で走り続けたかったんですよ。市民ランナー達、今まで一緒に走ってきた人達と一緒にね。それぐらい皇居で走ることが好きで。だから、ずっと皇居には通っていましたね。自分の走りをするために。

-やはりマラソンランナーというと、心肺能力などの飛び抜けた身体能力、素質をお持ちのように思えるのですが、谷川さんは小さい時から運動が得意だったのですか?

そうですね。もともと素質というのはあったと思います。心身共に強くなる素質と言えばいいのでしょうか…。私のいとこも遅咲きではありますが、シドニー、アテネと2回のオリンピック出場を果たしています。谷川聡という選手で、現在110mハードルの日本記録を持っている選手です。

でも、実は小さい頃、私は凄く体が弱くて小児喘息とアトピー性皮膚炎だったんです。だから夜に苦しくて眠れないこともよくありましたし、アレルギー体質ですぐ風邪をひいてしまい1ヶ月間学校を皆勤することはなかった。喘息とマラソンって相反するもののように思えるでしょう?それでも走るのが好きだったんです。運動会のリレーでも思いっきり走って、目の前が黄色に見えてしまうくらい限界まで走っていました。

でも、それが何故出来たのかというと、私の母が小児喘息だって私に言わなかったんですよ。子供ながらに、「自分の体が弱い」と自覚させちゃいけないってね。「わざと普通に接するようにしていた」とこの間母は言っていました。そうしたら、知らないうちに喘息が治ってしまったんです。

-病は気からとも言いますが、お母様の力も大きいですね。

そうですね。親御さんで小児喘息のお子さんをお持ちの方がいらっしゃいますが、だいたい過保護に育ててしまう。私の母はあえて小児喘息と私に伝えないことで、「出来ない」という限界を作らないでくれたのです。だから私は思いっきり走り回ることが出来ました。どうしても喘息で夜眠れない時は、母が膝の上に私を乗せてくれ、何も言わずに落ち着くまで側にいてくれたりしてね。

そしてもう一つ、小学校6年生の時に福岡から神奈川県川崎市に引越しをしたのですが、その時の先生が厳しい方で、毎朝授業の前に2キロ走らされるんです。必ず、全員で。子供にとってはきついことですが、そういうのが基礎体力作りに良かったんでしょうね。子供という柔軟な体の時に毎日続ける運動があったこと、それも土台になっていると思います。

-仕事をしている人も含め、日々の体調管理というのが非常に大切だと思うのですが、アスリートとして谷川さんが健康のために実践していたものはありますか?

そうですね。勿論マラソンランナーですから、身体のコンディションを鍛えることも必須になってきます。やはり健康のためにはとにかく運動をおすすめしますが、運動といっても私の場合はかなり厳しいトレーニングですし、もし一般の方が取り入れられ易いものを挙げるとしたら、朝と夜の一杯の水です。朝起きてからと夜寝る前にコップ一杯の水を飲むんです。よく「夜飲むとむくむ。」と言われる若い女性の方も多いですが、それは飲む量の問題で、寝ている時は随分と汗をかくので、血液が濃くどろどろにならないためにもさっと寝る前に飲むんです。それと朝は、一番何かが起きやすい時間ですからね。これを続けるだけで、随分と体が変ってくると思います。

-食事面ではいかがですか?

私は、トレーニングも含め、自分の体は自分の納得のいくもので作りたいんですよ。
現役の時は特にそうで、いろんなアドバイスは頂くけれど、食事は自分の調理したものを摂り、そうやって体を作ってきた。摂取と消費のバランスですね。練習をみっちりした日は、良質のタンパク質を十分に摂ったりね。そして彩りの良い食事。全てはバランスだと思います。

でも、健康作りとしては、まずは運動を何でも良いからやること、そしてそれを続けることが大事だと思いますね。ただここで難しいのは、いくら人に良いと言われても、結局は自分からやろうと思わない限り長続きしないんですよ。いつも思うんですが。

だから、「今日外に行ってどんな花が咲いているのか、今日はどんな空の色をしているのか、見に行こう。ついでに犬の散歩に行こう。」それでも良いと思います。そういう風な気持ちで30分、1時間。自分の体のことを真剣に考えて、いつまでたっても健康でいきいきしていたい、と思ったら、自分の意志で何かを始めてみるべきでなのではないでしょうか。

-自分の意志、本当それに尽きますね。

-現在谷川さんは、ハイテクスポーツ塾というジムを開いていますが、
会員の皆さんと運動をされることで何か変化はありますか?

「マラソンで初めて3時間をきりました!」とか「自己新記録を出しました!」って聞くと凄く嬉しいんですよ。彼らの自分に挑戦している姿はとにかく輝いている。そんなところからパワーを頂いて、自分もまた走り続ける事が出来るんですよね。

前に取材に来られた方で、50歳過ぎの女性のライターさんなんですが、「全く運動をしたことがないけれども、私にも出来ますか。」って仰ってね。「姿勢も良くなるし、歩き方もキレイになりますから、是非やって下さい」と言ったら、その方気づけばジムの会員になっていたんですよ。去年乳がんの手術をされて、本当に運動に縁がない方だったんですが、「体の使い方って面白いですね。」って仰ってね。その方は2ヶ月くらいで外を1時間くらい走れるようになったんです。全くないところからスタートしてますから、凄い成長ですよね。

続ければ、人間の体は絶対強くなるんです。でも体は少しづつ鍛えていかないと、一気に山の頂上に上がろうとしても、上がれない。結局細かいところを積み上げて行かないと、そこまでは行けないんですよ。だから少しづつでも、こつこつ続けることで力になるんです。そんな力を彼らから、たくさんもらっています。

-最後になりますが、講演会で一番伝えたいことは何ですか?

走ること。その魅力ですね。自分が挑戦できる幸せ。

何を言いたいかというと、スポーツというのは平和でなければ出来ないと思うんですよ。やろうと思えば、皆その挑戦する時間を作ることができる。だけど、世界を見たら、そういう環境にいない人もたくさんいるんです。自分が恵まれていること、平和に感謝することを忘れないで欲しい。
それも伝えたいですね。

それに1年は365日あって、人生80年あっても、
今日は本当に頑張った、今日は死にそうなぐらいあんな辛いことを乗り超えて頑張った、そんな自分はたくさんいないと思うんですよ。だから、自分に挑戦すること、それを自分のマラソンの経験を通して、皆さんに伝えたいと思っています。

-素晴らしいお話をありがとうございました。

文・写真 :鈴木ちづる  (2005年8月1日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)