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読む講演会Vol.17

2019年06月17日

No.17 遠藤謙 /“読む講演会”クローズアップパートナー

遠藤謙

遠藤謙

株式会社Xiborg代表取締役

究極の目標は、日常的に使えるロボット義足を作ること No.17 株式会社Xiborg代表取締役 遠藤謙

世の中に、どうインパクトを伝え、社会に残していくか

No.17 遠藤謙

私は義足の研究をしています。エンジニアとして、CAD、機械設計、電子回路などロボティクス全般を広く浅く学んできました。それをプロトタイピングの技術に活かして、デモンストレーションし、社会実装しています。世の中にどうやってインパクトを伝え、社会に残していくかを常に意識しながら研究をしています。

今は情報伝達の方法が10年前、20年前とはずいぶん変わってきています。かつては会社がニュースリリースを出し、メディアに送って記事化してもらって個人に情報伝達していくことが一般的でした。しかし、今はインターネットの方が先に伝わっている感覚があります。有名人がTwitterでつぶやいたものがYahoo!ニュースに載る、そんな流れが主流になってきている。ちょっと変わったものがニュースに載っていくわけですね。

ですから、ニュースのポイントは何なのか、本当のこだわりは何か、しっかり意識しながら伝えないと、なかなかその通りには世の中には伝わっていかない。とりわけ僕たちがやっているものは、障害に関わるものだったりして、結構センシティブなものです。テクノロジーで障害者の生活水準を高める、環境を変える、といったことは、言葉の選び方ひとつ間違えるだけで大きく炎上してしまう危険もあります。

そんな業界なのですが、やはりインターネットの存在は大きい。いかにインターネットを通じて伝えられるか、情報を大きなインパクトにするために何ができるか、意識しているところです。

役割は、最初の驚きを世の中に出していくこと

私はソニーコンピューターサイエンス研究所にも属している一方、Xiborg(サイボーグ)という名前の小さなベンチャーを経営しています。ソニーもそうですが、大きな会社はものを売るという社会実装に長け圧倒的な強さがある。では、ベンチャーは何のためにあるのか。

未来の当たり前を作るときには大きなインパクトが必要です。車が世の中に初めて出てきたときには、「なんだこれは」と思った人が大勢いたはずです。しかし、価格競争が始まって値段も安くなり、多くの人に使われ始めると、便利さが理解され、みんなが買うようなものになり当たり前になっていきました。

だから、今は街の中を車が走っていても誰も驚きません。車の技術は当たり前の文化になっていて我々の生活に馴染んでいる。合理性が認められて定着したと言う事ですね。大企業はその「当たり前になっていて、我々の生活に馴染んでいる」になる部分を狙ってビジネスをする。一方でベンチャーは、大企業と同じことをしても勝てません。だから、新しいものを作ること、文化を作ることのためにベンチャーがあるのではないかと考えています。

ですから我々Xiborgは義足を作っているわけですが、義足を作ることが目標なのではなく、義足を作ることによって障害者、もっというと身体障害に対しての考え方が変わっていく。そんな兆しを作ることがひとつの目標であり、そういうことをやっていく必要があると考えています。

No.17 遠藤謙

高校時代の後輩が、骨肉腫で足を切断

私の大学時代、ちょうど2000年前後はホンダのアシモが話題になり始めていた時代です。あのロボットを見て、とてもワクワクし、ロボットが生活の中に入ってきたら、どんな生活スタイルになるのだろう、どうやったら楽しめるだろうと考え、あんなロボットを作りたいとロボットの研究をしていました。当時は学生でまだスキルもなかったので、機械設計、電子制御、デザインなどを勉強しながら、将来的にはロボットを作っていきたいと考え、日本の大学を卒業しました。

そんな時、僕の高校時代の後輩が、骨肉腫という病気になりました。ガンです。彼は左足大腿部を切断し、義足を使うようになりました。それだけでは終わらず、不運なことに2度、ガンが転移しました。病院の先生から言われたのは、5年後の生存確率は50%ない、ということでした。彼のお父さんお母さんは、とてもショックだったと思います。

僕は、自分に何ができるかを考えました。当時歩行ロボットを研究していたわけですが、それは何も役に立たないと思ったのです。歩行ロボットのアシモは確かにスタスタ歩くのですが、あのアシモの足が人間の足にくっつくかと言われると、やっぱり方向性がちょっと違う。では、人間の足になれるような技術とは何だろうか。そう考えたとき、浮かんだのが義足だったのです。

淡々と「足がないからこそのメリットもある」と

それから学会でいろんな人に会って、どんな研究ができるかと探していた時、ヒュー・ハー先生に出会いました。彼はMITのメディアラボの先生で、両方の膝はあるのですが、足首がない人です。彼は若い頃、将来を有望視されたロッククライマーでした。残念なことに競技中の怪我で両足を切断しました。病院の先生からは、もう競技は続けられないといわれて落ち込みます。しかし彼は諦めず自分で足を作って競技を続けるのですが、彼はそのとき驚くべきことを見つけたのです

それは、足を切ったことによって体が軽くなったので、手で体重を支えるのが楽になったということ。そして両足が義足なので、足の長さを自由に変えられること。岩肌に合わせて足の形を変えられること。つまり、足を交換できるということが、競技を続ける上での大きなメリットだと気づいたのです。

障害を背負うというと、マイナス面ばかりを考えて絶望したり、頑張って乗り越えようとしている感動ストーリーを描きがちなんですが、彼は淡々と「足がないからこそのメリットもある」と言うわけです。僕はそれがちょっとかっこいいなと思って、彼のところに留学したいと慶應の大学院をやめて、MITに入り直しました。そして私は彼の下で研究を続けることになります。

義足はまだまだ未熟なテクノロジー

MITでヒュー・ハー先生はロボット技術を使って義足を作っていました。足首の部分にロボットの技術を導入し、歩く姿を自然にしようという研究です。

当時のミッションは、まずは歩行を正常化することでした。義足は、歩いているように見えて、けっこう大変なのです。我々で言うと、ジョギングしているくらいの疲れ方になる。歩いているだけで、です。例えばヒュー・ハー先生とランチを食べに、100メートルくらい歩いてレストランに行く。普通の速度で歩いているように見えても、彼はそれに追いつくために小走りのような感覚で歩いているのです。だから着いたときにはもう彼は汗だく。義足を使っていると、目立たないところで無理をしている…義足はまだまだ未熟なテクノロジーであり、人間側が頑張ってそれを隠しているのが当時の現場でした。

なので、楽に歩けるようにしようというのがプロジェクトのひとつでした。これを博士過程で終え、日本に帰ってきました。

障害、切断患者さんの障害について、個人的にどう思っているか、ここでちょっとご紹介しておきたいと思います。五体満足と言う言葉がありますが、これをひっくり返してみるどうなるか。要するに、五体なければ不満足ということですよね。でも、例えばヒュー・ハー先生は、膝下がない。物理的にないのです。この時点で、日本でいうと障害者に認定され、障害者手帳が与えられる。

日本では、障害者と健常者がきっぱり分かれています。手帳を持っている人が障害者です。なので、彼は障害者にあたる。そういう人物がどういうものを使うかというと、義足か、車椅子か、後は松葉杖みたいなものか。いろいろオプションがある中で、義足は歩行ができるわけです。最も自然に近い形で歩行ができる。まずはここを目指すために義足を使う人が多いのです。

義足がメガネのような存在になりうるか

ただ、もし見た目的にも機能的にも人間の足のような義足があるとしたら、その人は障害者と言えるかどうか。極端な例かもしれませんが、もう障害者とは、言わなくてもいいと思えるわけです。飛躍した考え方だと思われるかもしれませんが、我々の世界ではそうではありません。

例えば、メガネ。かけている人は、かけていないときにはぼやけた状態で見えています。僕も目が悪いのでコンタクトをしてなかったらぼやけています。眼鏡をかけるとピントを合わせて見えるようになります。いわゆる視力を良くするためのテクノロジーです。ただ、数十年前は、まだテクノロジーが未熟で牛乳瓶の底みたいな分厚いメガネやダサイ眼鏡をかけた小学生がいました。コンプレックスになりそうなものだった。しかし、今は眼鏡をかけている人の裸眼視力を、我々は一切気にしていません。コンタクトをしている人の裸眼視力なんて、誰も気にしてない。見えているという前提条件に立っているわけです。

No.17 遠藤謙

その前提条件にたどり着く前に、テクノロジーの貢献があったわけです。矯正視力さえあれば、日常生活では誰も気にしていない。それだけメガネは社会に浸透していて、なおかつデザイン性も優れているものがあって、かっこいいとすら思っている。注目してほしいのは、こういうことが、義足の業界であり得るか、ということなのです。まだまだ成り立たないというのが、現状です。義足の人が歩いていると、我々は見てしまいます。義足も気になる。頑張っている、と思ってしまうかもしれない。それだけ義足のテクノロジーは未熟で、社会にもまだ馴染んでいないものだということです。これがメガネのような存在になり得るか、というのが我々のチャレンジです。

障害だから、ではなく、困っているから助ける

今の話は、欠損した人間が健常者のレベルまで追いつくか、という話です。ここでもっと言うと、欠損にテクノロジーを使えると、めちゃめちゃ足が長いこともあり得るし、足を速くすることも可能です。生身の人間にはないテクノロジー、カーボンとか金属とかバッテリーとか、我々の生体の条件に当てはまらないものも、使えるようになるからです。将来的には、人間ができないことができるようになる可能性が大きいのは、実は欠損患者さんの方だともいえるわけです。

そんな考えが見えてきて、骨肉腫で足を失った後輩はかわいそうだ、という思いが少なからず変化していきました。海外に行き、ヒュー・ハー先生とも接して「これは未来だな」と思ったのです。足がないという感覚を皆が受け入れていて、自然に振る舞っている。

あえて義足に触れないけれども、困っていたら助ける。それは障害者だからではなく、その人が困っているからという感覚で接している。それがものすごく未来だと思ったのですね。

では今、何が足りてないのかというと、まず圧倒的にテクノロジーが機能補完できていないという根本的なところに加えて、社会に受け入れられていない、ということを強く感じています。二つとも、世の中に圧倒的に足りない。なので、エンジニアですからテクノロジーの部分を補いつつ、どうやったら社会に受け入れられるか、ということを考えながら活動しています。

ロボット義足のテクノロジーはまだ難しい

今は競技用義足がメインですが、ロボット義足も研究しています。骨格筋の数え方はいろいろあるのですが、人間の身体には、500以上の筋肉があります。脳みそがこれを動かしているのですが、ロボットでいうと100、200以上の <

モーターを同時に動かすコンピューターの制御はかなり大変です。それだけ人間というのは複雑な運動をしているわけですね。しかも動かすだけではなく、連動したりして巧みな運動をする。歩行ひとつとってみても、筋肉の連動を置き換えるのはとても困難です。足ひとつだけでも、100個同時にモーターをコントロールするくらいの動きです。そもそも100本を足の中に埋め込んだら、かなり重くなってしまうので現実的ではありません。

では、どういうロボットが人間の姿になり得るか。まず、歩行がメインではない、ということで、完璧な歩行ができる義足はなんだろう、と考えました。それがロボット義足です。日本には、2012年に帰ってきたのですが、2019年までずっとこのプロジェクトを続けています。

サイバスロンという競技大会が、2016年にありました。これはパラリンピックとはちょっと違い、テクノロジーを使った障害者しか出られない競技大会です。ブレーンコンピューターレース、義足、電動義手、電動車いすなど、6つの競技がありました。この時、膝の部分にロボットの技術を導入した義足を作りました。世の中に出回っている義足のほとんどには、モーターが入っていません。モーターをつければ機能的になるのですが、重くなるし、価格も高くなる。まだまだ技術的には未熟です。サイバスロンでは、大会直前まで試行錯誤して出場をしました。一通りのことはできる、とも思いましたが、競技としては惨敗。負けたのはロボット義足を使っていた選手でした。仕上がりが遅くなって、選手がトライアルをする時間が少なかったのもいけなかった。

電動にすることで扱いも難しくなります。ロボット義足のテクノロジーが難しいところは、ものさえよければいいと言うわけではなく、身体の一部にならなければ意味がないと感じました。

義足を履いたら、世の中が一番驚く人って誰だろう

いずれ、このロボット義足を当たり前にしたいと考えています。これが当たり前の社会になるには、テクノロジーが適切に動かなければいけないというのは最低条件なので、研究活動はもちろん必須ですが、もうひとつ、「どうやったら世の中の人に伝えられるか」が問われてきます。最初にお話した情報伝達ですね。機能を伝えるにはどういうデモンストレーションがあり得るか。PRやマーケティング部分の大切さです。

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そこで、制限をとっぱらって自由に考えてみることにしました。思い浮かんだのは、義足を履いたら世の中が一番驚く人って誰だろう?こう考えて、最初にパッと浮かんだのが、乙武洋匡さんでした。彼が福島の地震の後、野球の始球式に出ていたのをテレビで見たことがありました。マウンドには電動車椅子は行けないので、電動車椅子を使わず、自分の足でマウンドに上がっていたのです。

それを見て、足が残っていて運動神経もあるなら、義足を使って歩けるんじゃないかと思ったのです。義足プロジェクトを強いインパクトと共に知ってもらうために、乙武さんに歩いてもらいたい。それで、本人に会うチャンスがあったのでお話したところ、ノリノリになってもらえて始まったのが、Ototake Project(乙武プロジェクト)と呼ばれているものです。乙武さん自身、義足を使って歩いたことはありませんから、簡単なことではない。試行錯誤を続け、2018年11月の段階では膝を伸ばしきった状態で歩くのが精一杯でした。

これをなんとか自然に歩くために、どうすればいいか、さらなる試行錯誤をしながらやっています。数日前の歩行の運動では、膝に制御を入れ、遊脚時に膝が曲がるようになって、ずいぶんスムーズに歩けるようになってきた。インターネットを利用されている方は、映像をご覧になったことがあるかもしれません。

壮大なケーススタディ、Ototake Project(乙武プロジェクト)

このプロジェクトは、乙武さんが頑張っているだけではなく、いろいろな社会課題に対して、提言ができるものだと思っているんです。例えば、テクノロジー部分。人間の足のように自然に動く義足を作るためにどうしたらいいか、というアカデミックなチャレンジがひとつ挙げられます。また、今プロジェクトのスタッフの写真を掲げましたが、右上の人はデザイナーです。自然に見えるために、どんなデザインがありえるのか、デザイン的にも大変なチャレンジをしている。四肢欠損の方が後天的に歩くためのリハビリテーションプロセスを考えた理学療法士さんのチャレンジもあったり、義足をフィッティングする義肢装具士が歩けるようになるために、どういうプロセスを踏むか、ここにもチャレンジがある。壮大なケーススタディがここで行われているのです。

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そして乙武さんは、やっぱり発信力が凄い。もちろん、その反応にはポジティブ、ネガティブがあるのですが、広がることに意味があると考えて、彼に発信してもらいました。

その結果、メガネのOwndaysの経営者とキングコングの西野さんとがクラウドファンディングをやってくれて、2000万円ほど集め、乙武さんを援助してくれたのです。

これは国のプロジェクトでもありますが、こんなふうに社会を巻き込みながらものを作っていくというプロセスは、今までになかったと評価されています。

ビジョンは、障害者に対する考え方の変革

こういうことを競技用義足でもやっています。やっぱりビジョンは、障害者に対する考え方の変革です。もし、義足をつけた障害者のほうが足が速くなったら、我々はその人のことを障害者と思うだろうか、ということがパラリンピックや障害者の競技に対する問いなのです。もっというと、障害者=社会的弱者という障害者に対する考え方が、それだけじゃないよね、ということが何となく見えてきたということを示すためのプロジェクトでもあります。

2008年、オスカー・ピストリウスという。南アフリカの義足のアスリートがパラリンピックではなく、オリンピックに出たいと裁判を起こしました。彼は歴史上初めて、オリンピックに出た義足アスリートになりました。この裁判は日本ではほとんどニュースにならなかったのですが、我々の業界では大ニュースになりました。義足の人って速いね、こんなに速く走れるんだ、ということが世の中に広がったのです。実際、競技人口が圧倒的に増え、ニュースが広がって彼が負けるようなすごいアスリートが生まれ始めました。またさらに凄いニュースになったのが、義足の走り幅跳びのアスリートでした。記録は8メートル48センチ。これはオリンピックに出てしまったら金メダルを取れる記録です。彼ももちろんオリンピックに出たいと言ったのですが、出られなかった。義足だからと言う理由で。

ここに内在している問題は、健常者というのはこのぐらいのレベルだとしたら、やっぱり障害者ってことだよね、という何かしらの先入観があるということです。それは、テクノロジーのせいだよね、という論理が働いたんだと思うわけです。

でも、これはちょっとおかしいと言われ始めている。なぜなら、テクノロジーを使わない人間はいないからです。テクノロジーを使って健常児レベルになっているのなら、その人の能力も認められるべきなんじゃないかということです。こういった議論が広がり始めたこと自体が、世の中が変わっている証拠だと思っています。こんな議論が巻き起こるようなことを、やっていきたいとずっと思っています。

世界陸上、200メートルの金メダリストの義足

競技用義足の種類は、5、6種類ぐらいあり、体重で選びます。レースで使われる義足は、ドイツのオットボクとアイスランドのオズール。特に男子はほとんどオズールが使われています。逆に言うと、2社以外の義足は、ほとんどパラリンピックでは使われていない。そんな中で、我々が作った義足が2016年に初めて世界大会で使われました。

我々がサポートしている日本人の佐藤圭太選手が、リオのパラリンピックの日本代表に選ばれたのです。まだトップの選手に比べれば1秒ぐらいは遅いですが彼はこれでアジア記録を出しました。そして、2社以外の義足が現れた、ということで引き合いがたくさんやってきました。我々も小さなベンチャーだったので全員をサポートできません。そこで、全米チャンピオンで、テクノロジー好き、日本好きの選手と契約をして組むことになりました。

契約をしたのは2017年の5月。その年、ウサインボルト選手が引退した世界陸上があり、彼が我々の義足をつけて走ってくれたのです。100メートル世界3位の選手が我々の義足をはいてくれた。そして200メートルでは金メダルを取ってくれました。

子どもたちが義足を試せる「義足の図書館」

こういうことをやっていると、パラリンピックを盛り上げるためにはどうしたらいいか、といった相談が寄せられるようになりました。その中で形にできたもののひとつが、豊洲にある新豊洲Brilliaランニングスタジアムという施設です。60メートルのトラックとラボスペースが併設され、2016年の12月にできました。

これは東京ガスが作った施設で、中身の制作に結構自由を与えられましたので、取り組みを進めたのが、子どもたちが義足を試せる場所にすること。クラウドファンディングで「義足の図書館を作りたい」と伝えると、1753万3000円もの寄付をいただきました。競技用の義足は約100万円で簡単には買えないものなのでレンタルできるようにしました。

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しかし、義足の図書館はパラリンピックのスポンサーや財団は興味を持ってくれませんでした。でも自分たちでお金を集めて作ったことを、ロイターが動画のメディアにしてくれて、それをオリンピックチャンネル、オリンピックの公式チャンネルが取り上げてくれました。映像が残っています。子供たちのインタビューも上がっています。すると、世界各国のメディアが取り上げてくれるようになりました。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト。そうなると日本のメディアも手のひらを返したように取り上げるという現象が起こりました。

月2回、義足の図書館ではクリニックをやっています。図書館を開放して義足装具士さんを呼んで、義足の子たちが集まって走り方を学んだりする。佐藤選手はじめ選手たちが遊びに来てくれて、子供たちと遊んでくれる。ここに来れば、義足の子供たちは自分で持っていなくても走り方を楽しむことができる場ができつつあります。また、北海道や大阪で義足の図書館の出張のようなイベントも行っています。義足の図書館は、今はXiborgからスピンオフしてNPO法人になり、ラオスでも活動しています。

渋谷のど真ん中で義足のアスリートの賞金レース

最後になりましたが、2017年に初めて企画したイベント「渋谷CITY GAME」をご紹介します。いろんな人と協力して作ったイベントです。ポスターのキャッチフレーズは「世界最速への挑戦」と書きましたが、パラリンピックや義足という言葉はありません。これは、ある意味での、アンチテーゼです。要は、義足だろうがなんだろうが、速いものが強いということです。義足だから盛り上げようとか、パラリンピックから盛り上げようとか応援しようとかではなく、速いものが強い、それが義足のアスリートじゃないかというメッセージを込められないかなと思って、こういうタイトルにしました。

選手が一番輝くのは、本気で走っているところです。だったらレースを渋谷の街中でやったら面白いと思いました。渋谷のど真ん中、タワーレコードの前の通りを60メートル、Xiborgがこれまで培ってきた世界中の速い選手のネットワークを使って日本に招待して、賞金レースをやりました。世界記録保持者も来ました。我々がサポートしている全米チャンピオンの選手もきました。これがめちゃくちゃ盛り上がったのです。ものすごい人が来た。義足のイメージが変わった人も多かったと思います。パラリンピックだからとか障害者だからとかじゃなく、面白い物を見せられると、人は惹かれるのです。

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大成功したイベントを、2018年にも開催しました。本気で走るレースは、前回は3人しか呼ばなかったところを、日本人も含めて9人のアスリートを招待して予選から行い、予選とレースの間に「義足の図書館」で走り始めた子供たちが、自己記録に挑戦するというアットホームなイベントもやりました。

テクノロジーと付き合うことで、幸せになっていく

日本では、障害者手帳を持っている人が障害者です。実はみんな歳をとって身体能力は衰えていきます。いずれかのタイミングで義足じゃなくても歩けなくなるタイミングが来る人もいる。身体能力は、実は白黒分かれているわけじゃなくてグラデーションになっていて、それは健常、障害、関係なく歳を取ると、どんどん衰えていくのです。みんな健常者のほうにいると思っていますが、もしかしたら1週間入院すると歩けなくなってしまうリスクもある。それは我々全員が持っているリスクで、障害とは関係ないものなのです。

そしてテクノロジーにできることは、障害の色合いを薄くすること、健常者の上にまた違う色合いをつけるという行為なんじゃないかと思っています。眼鏡をかけたら目が悪い人も社会的な活動ができるようになるのと同じように、グラデーションの黒いところから白いところに移動することが可能になる。これは特別なことではなく今でも起こっているし、これからどんどん増えていくと思っています。

なので、グラデーションを意識したら、障害とか健常という感覚すらなくなっていくのではないかと思います。これが僕たちが将来望んでいる社会のあり方です。いろんな人がいるけれど、テクノロジーと付き合うことによって、自分の社会的欲求を満たしていく、幸せになっていく。そんな社会になっていくといい。大きな風呂敷を広げた時に、言っていることなのですけれど。

僕の究極の目標は、最初に紹介した後輩が、日常的に使えるロボット義足を作って、彼に届けることです。それは、まだできていない。これは、エンジニアとしての最大のモチベーションのひとつです。

今日はご静聴、ありがとうございました。

(文:上阪徹)

遠藤謙

遠藤謙

遠藤謙えんどうけん

株式会社Xiborg代表取締役

慶應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学メディアラボバイオメカトロニクスグループにて、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。2012年博士取得。一方、マサチューセッツ工科大学D…

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