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読む講演会Vol.19

2020年03月17日

No.19 小林さやか /“読む講演会”クローズアップパートナー

小林さやか

小林さやか

映画『ビリギャル』主人公

ビリギャル流、不可能を可能に変えるコツ No.19 映画ビリギャル モデル 小林さやか

子どもたちの人生は環境によって大きく変わる

今日は堅苦しい話はあまりないので、お子さんにも楽しんで頂けたらいいなと思っています。ビリギャルって皆さん知ってます?映画「ビリギャル」見たよって言う人もおられますね。書籍『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』が原作として今120万部のミリオンセラーになっています。著者は、私の塾の先生だった坪田信貴先生です。私はモデルですが、この本から6年を経て、私も初めて去年本を書きました。『キラッキラの君になるためにビリギャル真実の物語』というタイトルを見ると、私のキラキラの人生を読んでくださいって見えるんですが、そんな本じゃ全然なくて、中身は本当泥臭いです。

 

ビリギャルって皆さんから見るとサクセスストーリーに見えるお話ですけど。では、大学に受かったその後は?就職活動の時は何を考えたのか?成功した結果どうなっているのか?がこの本に書かれています。もちろんその後、いっぱい失敗しました。なにせ私、結婚も離婚もしてますから。

 

では、講演を始めますが、私の話を聞くときに、ご自身の人生、ご自身のご家族に重ね合わせてほしいんです。これは、受験の話ではないです。家族の愛の物語です。人の成長ってどうやって生まれていくのか。環境だと思っています。私がこうやってやったから、みんなもこうやったら、偏差値が40伸びますよという話では全然ないです。私が母にどうやって育てられ、こういう土台ができたのか。そして学校の先生と私の通ってた学校の先生の教え方と、坪田先生がどう違ったのか。すべて環境です。これがなかったら私、名古屋から一歩も出なかった人生があったんだろうなと思います。子どもたちの人生は、もともとの資質能力ではなくて環境によって大きく左右されるんです。その意味で、本当の主人公は私の母なんです。

 

No.19 小林さやか

無理矢理、野球をやらされ、高校を中退した弟

ビリギャルの本が出たのは、私の大学受験が終わって7年も経っているときでした。なぜそんなタイムラグがあったのかと言うと、きっかけを弟と妹が作ってくれたからなんです。この子たちの転機、人生の転換期がビリギャルを生んだんです。2つ下の弟は、男の子だとわかって、お父さんがすごく喜びました。

 

お父さんは、プロ野球選手になりたかった。だけどなれなかった。だから、弟をプロ野球選手にするために命をかけると言い出すわけです。小学校に上がる位の頃には、めちゃくちゃいいグローブとバットとスパイクを買い与え、少年野球クラブチームに強制的に入れ、強制的にキャプテンまでやらされて。弟は割と運動神経が良かったので、エースになりました。チームのコーチはお父さん。だから逃れられない状態で弟は野球一色の人生を歩んでいました。勉強する時間があったらバット振ってろ、という生活。だから、全然勉強できなかった。本当にできなかった。

 

今もあまりできません。29歳になったんですけど。ただ、人の悪口を全然言わない。だから私すごくリスペクトしています。すごく優しいいい子なんです。弟は高校も野球の推薦で入りました。ところが、高校2年に上がる前に野球を辞めるんです。俺は本当は野球なんてやりたいと思ったことは一度もない、と。初めてお父さんに歯向かったというか本音を言ったんですね。お父さんは力ずくでも野球を続けさせようとして、毎晩家では大騒動でした。その後、弟は学校も辞めました。居場所がなくなって、家にも帰って来なくなりました。いろんな問題を起こすようになり、たまに家に帰ってはみんなの頭を悩ませることになりました。

 

そして、ある日、ギャルを連れてきてですね。赤ちゃんできたんで結婚したいと。付き合って一カ月だと。ギャルとギャル男って自己肯定感の塊のところがあるので、なんとなく何でも何とかなるだろうと言う精神が強いんです。家も金も職もねぇと堂々と言うわけです。お金もなくても家もなくても子ども産む、と。じゃあ好きにしてください、と言うわけにもいかなくて。お父さんとお母さんと一緒に二世帯住宅で住むという条件で結婚をサポートして、今2人の私の可愛い甥っ子が、すくすくとみんなの手によって育てられています。この一番の問題児だった弟が、結婚して立派なお父さんになって、幸せな家庭を築いたこと。これがビリギャルのきっかけのひとつでした。

 

小学校時代、不登校になっていた妹

もう一つ、妹は小学校の時、不登校でした。朝どうしても起きられなかった。お母さんはね、私と弟の子育てが大変過ぎたのか、悟りを開いた状態になっていまして、「起きれないならしょうがない。行くか行かないか自分で決めたらいいよ」と言っていました。

 

妹はお昼のバラエティ番組を見てから学校に行くようになりました。行きたくなくて行ってないわけじゃないので、行くと人気者でした。「やっときた!」とみんなに言われて。そんな明るい不登校を何年もやっていました。マイペースな妹でしたが、お姉ちゃんにだけは負けたくない子だったんですね。ライバルが私だった。小学校の時、案の定、目をキラリと輝かせて、私も東京の大学に行きたいと言いました。でも彼女は30分以上じっとしてられない体質なんです。なので勉強なんかできない。お姉ちゃんみたいにあんなに勉強したくない、私は別のルートで東京の大学に行くんだと言って、自分の意思で中学卒業したら高校3年間ニュージーランドの高校に留学して、英語ペラペラになって帰ってきてですね、帰国子女枠で上智大学という私が唯一落ちた大学にスルッと帰国子女枠で入りやがりました(笑)。

 

ムカつくでしょう(笑)。お姉ちゃんが落ちたところ、面接と小論だけで受かったみたいなこと言ったときは、おいおい待てお前ってね、と言いたくなりました。そんな世渡り上手な妹は大学生活を楽しく過ごし、なかなか入れない飛行機のブルーの会社を別に志願もしていないけど一応エントリーシートを出して面接受けたら受かっちゃったと言うことで入りました。でもね、何が凄いって受かったことじゃなくて、4カ月ぐらいして「つまんねーからやめる」ってすぐ辞めたんです。それをお母さんが「うん。つまんないんだったら辞めちゃいな」と。お父さんだけが、ちょっとそわそわしてましたけどね。「そんないい会社、すぐ辞めちゃっていいのか」みたいなね。

 

それで半年ぐらいニートというかフリーターみたいなことをして遊んで暮らして、こいつやばい終わったなと思っていたら、そのあと出会いに恵まれて、今は外資系で給料倍になってお休みも倍になって、おしゃれなオフィスでイケてる人しか出入りしないっていう会社で「こんなに人生、楽でいいのか」と言いながら働いています。それが妹です。

 

No.19 小林さやか

恩師坪田信貴先生との出会い

この妹の大学の進学を機に、お母さんがある人に手紙を送りました。坪田信貴先生。ビリギャル著者の方。私の恩師です。なぜ手紙を送ったのかと言うと、坪田先生以外は、みんなお母さんのことを非難していたからです。長女の私は学年ビリで問題児で素行不良。長男は野球頑張っていたと思いきやヤンキーのパシリみたいなことになって。妹は不登校。一体どんな子育てをしたらこんな全員見事にダメになるんですか、と言われて。

 

お母さんはそのたびに、「えー、でもこんなにいい子たちいないと思いますよ」と言って育ててくれました。そんなお母さんの子育てをたった一人肯定してくれていたのが坪田先生でした。アメリカで心理学を専攻されていた方なので、人を肯定し続け、信じ切る、育てるというのは、心理学の面から間違っていなかった。赤の他人でもそうだし親子でもそうだし、先生生徒の関係でもそうだ、と。

 

お母さんにとってはその言葉が支えになっていたんです。だから、私が慶應行って、弟が結婚して、妹が上智に行って3人とも何とかなったタイミングで、坪田先生にお礼の手紙を送ったんだそうです。その手紙を読んで坪田先生が「何かこの家族に僕からプレゼントできないかな」と、いろいろ悩んだ結果、の合格体験記を書いてお母さんに送ろうと考えたんですね。それが、最初のビリギャルの原稿になりました。でも、お母さんに送るだけじゃもったいないぐらい上手く書けたから、さやかちゃんネットで載せてみてもいいかなって夜中にメールが来てですね。誰が見るんだよと思って、いいですよ、って適当に言ったら、それがバズって、出版社が見つけてくださって、出版しませんか、ってなって本になったんです。

 

実はお母さんも『ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話』というタイトルの本を出しています。ビリギャルの本は親御さんもたくさん読んで呼んでおられて、さやかちゃんも坪田先生もすごいけど、何よりこのお母さんがすごいよね、お母さんの話をもっと聞かせてとほしいという葉書が出版社に殺到したんだそうです。成功体験なんか一つもない、失敗体験ばっかり、子育ては自分育てだって、うちのお母さんよく言っていますけど、私の知らない話がたくさんこの本にありました。

 

私はいつか自分がお母さんになったら、お母さんの本をバイブルにしようかなと思っています。ぜひ子育てに悩んでいる方は手に取ってもらえたらなと思っています。うちのお母さんはビリママって言うんですね。これも10万部のベストセラーにしていただいています。

 

先生に見つかったタバコ

私いろんな学校にまわって中高生とかにお話をしているんですけど、私が行った学校は必ず平均点が上がります。別に勉強法を言ってるわけじゃないんです。勉強って、そういうことじゃないんだと思います。親御さんとか先生たちに何をして欲しいかも、私が代わりにお話ししています。これによって子どもたちはどんどん動くようになります。スライドの写真を撮っていただいて構いませんので、今日からできるノウハウをご紹介します。

 

私は小学校のとき、自分のことが嫌いでした。なんで私、人気者になれないかなってクラスの端っこで悩んでた子でした。全然違う世界に行きたかったから、引っ越すか中学受験頑張るかどっちかしかなかった。勉強一切したことがなかったんだけど、自分の目的ができちゃったので、小学校の6年生の数カ月だけ、めちゃくちゃ頑張って勉強しました。

 

それでお父さんが、もし受かったら学費出してあげるよと言ったうちの1つに、奇跡的に合格して。二度と勉強したくなかったので、大学までついているところに行ったんです。偏差値40くらいの附属の大学が上に付いていて、優秀な3割くらいの子たちは推薦で外に行っちゃう学校。別に私いい大学に行きたいとかかけらも思ってなかったので、環境さえ変えられればよかったんです。で、ちょっとずつスカート短くしていったらかわいいなとか、ギャルの友達もできて無事、人気者になれたし、楽しい人生が待ってたなぁと思って、ちょっとずつ先生にバレないように髪の毛を明るくしたり、そういうことが私の人生の根源になっていったわけですね。

 

ただ、ちょっと調子に乗りすぎまして、中3の時、持っていたタバコが見つかりました。先生が無期停学処分だと私に言い渡しました。そしてこう言ったんです。「なぜお前がタバコを持っているって知ってるかわかるか?お前あいつのことを大親友だと思ってるだろ?だけどお前の大親友はお前の名前を俺に教えてくれたんだ。お前あいつに売られたんだ。それに対してお前今どう思う?」あー死にたいなぁと思いましたね。やっとできた友達だったから、宝物みたいな存在だった。家にいるよりも1分1秒友達たちと一緒にいたいって思ってた。また前みたいな自分に戻るのかもしれないと思ったら、本当に学校来る意味ないなぁ。やめようと思って涙が止まりませんでした。続けて先生が、こう言ったの。「だからお前も他にタバコを持っているヤツの名前はここで言えるよな?そうじゃないと今日おまえ帰れないぞ」。あー、大人ってみんな腐ってるんだなと思いました。終わってるなぁと思って大人にパタンと心を閉ざしました。

 

今思えばね、先生たちにもいろんな事情があったと思います。だけど当時15歳。なんだこいつらと思って。でも、中高大一貫で途中で退学になると、かなりその後難しいことが待ってる。なので、ムカつくけれども高校辞めて大学は行かずに働こうと思って、この人たちに余計にお金を払うこともないなってその時に自分なりに考えて、自分なりのルートを決めてしまった瞬間がありました。

 

No.19 小林さやか

学校からの呼び出しはチャンス

で、私がここで更生したのは、お母さんが、飛んできたことでした。学校から呼び出されることは最初でも最後でもなかったんですけど、学校からの呼び出しはチャンスだと思っている人だったんです。さやちゃん、あなたが何をしても仮に何者になったとしても私だけはあなたの1番の味方でいるんだよ、と感じてもらえるチャンスだと。だから、ああちゃんにとってはありがたいものだったんだよ、って。あ、私お母さんをああちゃんて呼んでました。何年も後にそう聞いて、「この人ちょっとやべーな」って思いましたね(笑)。

 

でも、このときも「先生さやかが申し訳ありませんでした」と謝った後に「でも、こんなにいい子いないと思いませんか?退学とおっしゃるのであれば、退学でもいいです。でもこんなに友達思いで良い子私は誇りに思いますよ」と言い放って。先生は目が点です。

 

私、隣でそれを聞いていてね、何してんだろうな自分はって思ったの。それでちゃんとしようと思って。うちのお母さんが誰かに謝まんなきゃいけないこととか、悲しむことはもうやめようと思った。心配かけちゃいけないと思った。成長していったってわけなんですね。人は見かけによらないですよ。ちゃんと考えてるんです。ああちゃんみたいな優しいお母さんになりたいって、このとき、私、夢が変わりました。もう学校行く意味ないと思ってね。大学も行かないとこのとき決めた。そんな考え方を変えてくれたのが、坪田信貴先生です。

 

坪田先生は、私にとって初めて話をちゃんと聞いてくれようとした大人でした。まずね、ギャルが塾に来たの初めてだってすごい喜んでくれたんです。私、喜ばれたことないからね。すごい気持ちよくなって。そもそもなぜ塾の面談に行ったのかというと、弟が野球を辞めたいと言い出して、やることをいろいろ提案していて、その一つが家の近くの塾だったんです。で、弟が塾なんか死んでも行くかと言ったんで、スライドして、なんと私に来たのね。さやちゃん、先走って面談の日取っちゃったんだけどさぁ、代わりに行ってあげてくんないかな、別に入らなくてもいいからさって言われて。

 

そうしたら、坪田先生は、ギャルの私をとても面白がってくれて、いろいろ聞いてくれて、私は教えてあげて。いろんな話したの。ジャニーズの事、元カレの事、ファッションの事、友達の事、いろんな話べらべら2時間しゃべったの。そしたら先生がゲラゲラ笑って聞いてくれて。それで、東大に興味があるか?って私に聞いたのね。全然興味ねーって言ったら先生が「慶應はどう?慶応ボーイって聞いたことない?」って。当時、嵐の櫻井翔が慶應に行っていました。知的なイケメンがうじゃうじゃいるんだろうな、と思ったので、慶應だったら行ってあげてもいいかな、と言いました。じゃあ第一志望を慶應にしよう、ということになって。

ああちゃんの唯一の願いが叶った瞬間

家にルンルンで帰って、ああちゃんにね、「私ね、私慶應に行くことにしたの。だからあの塾通いたいんだけど、いい?」って言ったら、「さやちゃんすごいね。ワクワクすること見つかったんだ。おめでとう」って抱き合って喜んでくれたの。普通だったら、あんた学校の成績表を先に持ってきなさいよ、ってなる。うちのお母さんね、慶應に行くか行かないかどうでもよかったの。ワクワクすることを見つけて帰ってきてくれたってって言って、泣いて喜んだんだよ。慶応に受かった日なんかよりもこの日の方がよっぽど嬉しかったんだよって何年も後になってから言われました。

 

でも、お母さん、最初からそうだったわけじゃない。弟の子育てが大変で、自分なりにいろいろ学んで、こうなったの。色んな失敗を経て、悟りを開いた結果、ああちゃんの唯一の願いはワクワクすることを自分で見つけられる人になってほしい。この日、その願いがこの坪田先生との出会いによって叶った瞬間だったからです。そして、塾に行くにはお金がかかる。お母さん専業主婦だったので、お父さんにお願いしに行ったんですけど、お前はバカか?お前が慶應受かるわけねーだろ。お前を塾に通わせるなんて金をドブに捨てるのと一緒だから、一銭も払いたくねえと言ったんですね。そうしたら、お母さんが先にブチ切れてね。「もういいです。私が責任を持って慶應に行かせます。あなたには今後一切さやかの支援はお願いしませんので結構です」と言ったら、「やれるもんならやってみろ、かわいくねー女だな」みたいになって。

 

だから、受験が始まった時は、私にはお母さんと坪田先生しか味方がいなかったんです。高校2年生の夏に坪田先生に出会って1日15時間ぐらい勉強し続けました。二度とあんなに勉強はできないと思います。それで慶應義塾大学の総合政策学部に入学をして4年間過ごしたんですけど、本当は私そこに行く気じゃなかったの。ここ受かると思ってなかったの。合格ラインも取れてなかった。記念受験のつもりで受けました。文学部だけは完璧に合格ライン取れるようになってた。なぜかと言うと文学部に狙いを定めて1年半ずっと対策を練っていたからです。

 

詳しくは私のキラキラ本を読んで欲しいんですけど、受験にはコツがあって、手当たり次第勉強していてもあまり意味がないんです。でも、文学部に落ちて、総合政策に奇跡的に受かってしまった。卒業後は、ウェディングプランナーになりました。旦那さんとは大学時代に私のサービス業の師匠として出会って、そのあと2014年に結婚、2018年に円満離婚と。そういう経緯を経ております。

 

No.19 小林さやか

ワクワクする目標を設定すること

では、ビリギャル風、不可能を可能に変える5つポイントをご紹介したいと思います。ぜひ、お父さんお母さんも、ご自身の人生に重ね合わせて聞いていただければと思います。

 

一つ目は、ワクワクする目標を設定することです。つまんねー、意味ねえじゃねーか、と思って働いている人は、本当に顔が死んでるのがわかりますよね、電車で見ていても。ワクワクしていないと人間はあまり価値があるものを生み出せないと、私は個人的に思っています。やらされてできるものって本当に何もない。人間は理屈では動きません。感情で動く生き物です。だから自分で決めなきゃいけないんです。親や先生には、子どもたちのワクワクはわかりません。だから子どもたちには自分で決めさせないといけない。じゃないと大きなことを成し遂げられないと思います。進路ぐらいは自分で決める。動機が何でもいい。勉強しなさいって100万回言うよりも、あんたの好きなジャニーズのグループの誰々くん、あそこの大学行ってるらしいよって言ったほうが、よっぽど勉強します。それでいいんです。これがワクワクする目標なんです。

 

もっというと、あなたのために言っているのよ、勉強しなさい、という言葉。ダメですね。子どもたちに、言われてどう思う?と聞くと、首をかしげたり一生懸命首を横に振ったりします。「うわ!お母さん自分のために言ってくれて、すごいありがたいなぁ勉強しよ」ってならないです。絶対なんない。親の愛だけど残念ながら伝わらない。私が子どもたちに言うのは、あんたたちのために勉強するんじゃないよ、ってことです。勉強って自分のためにあるんじゃない。だって、人間一人生きていくには、そんなに暗記しまくんなくたって勉強できなくたって大丈夫だから。

 

だけど、いつか大好きな人ができて、誰かを育てないといけなくなったとき、自分の命をかけてでも守らないといけなくなったとき、それをしっかり守る力の土台になるのが、知識。つまり、今やっている勉強なんです。それは大学でも就職でも、ずっとつながっていく。テストのために覚えて、終わったら忘れる。これは知識とはいません。テストが終わってもずっと覚えてられること、これが本当の知識です。この知識が生きる力になるんだよってこと。

 

小中校では暗記をいっぱいして、知識を備える。これはゲームでいうところの武器を集めるということ。そして、大学がこの武器の使い方を学ぶ場所です。そして社会に出て、蓄えた知識・武器やスキルを使って誰かのために何かを生み出す。これが労働ということです。だから勉強は自分のためにするんじゃない。誰かのためにするんです。子どもたちって大人が思ってる以上に「何のために」がめちゃめちゃ重要なんです。そのためにも、ワクワクすることを自分で見つけられる力が大事になるんです。

 

今の改札って全部機械ですよね?これが無かった時代はどうしてたかっていうと人間が手作業で切符を切っていました。これは、人間の仕事が機械に取って変わられるぞって言いたいわけじゃない。私が言いたいのは30年前の常識と今の常識がこれだけ違うのに、30年後が今の常識とは限らないのに大人が今の常識を子どもたちに押し付けていいのかということ。だからこそ、ロボットができなくて人間にしかできないことを子どもたちに教えてあげなければいけないんじゃないかな。それは何かというと、考えること、0から1を生み出すこと、クリエイティブなこと、夢を見ることワクワクすること。こっちが大事なんじゃないですかね。主体的に自分で考える力を育んであげるということがすごく大事。ワクワクする目標を自分で見つけられないと、これからどんどん厳しくなると思っています。

 

大事なことは、自己肯定感と挑戦できること

2つ目は、根拠のない自信を持とうということ。ビリギャルって、実はもともと頭がよかったんじゃないか、って思いながらここまでいらっしゃった方、何人かいらっしゃるんじゃないかと思います。そういう人たちに聞いて欲しいんですけれも、私、高校3年の夏に坪田先生にこんな話をされたんです。

 

さやかちゃんさぁ、本当に君はね慶應受かると思ってるよ、僕は。だけど、本当に君が慶應に受かったら、周りの人ってなんて言うと思う?きっとこうやって言うだろう。さやかちゃんもともと頭よかったんだねって。じゃあ同じだけの努力をして、同じだけの実力をつけて、当日君が熱を出して慶應に落ちたとしよう。実力が発揮できなくて、プロセスは一緒だったんだけど結果だけが違ったとしようか。そしたら周りの人は君になんて言うと思う?ほら、どうせ無理って言ったでしょって。なんでそんな難しいことしちゃったのって必ず言うよ。つまり、人は結果からしか話してくれないよってこと。どれだけ這いつくばって、そこまで君が頑張っていたのか、どんなに下から這い上がってきたのかってことは、みんなどうでもいい。なんなら見たくないこと。

 

だけど何が一番重要なのか。死ぬ気で努力をした経験を君は持っている。それ自体が一生の宝になる。だから僕を信じてついてこい、と。坪田先生が、一生懸命そう言ってくれたんです。私そのとき、何言っているか全然わからなくて、先生ろくな友達いないんだなー、気の毒な考え方しているなぁと、そんなふうにならないから大丈夫だと思ったんですね。だけどビリギャルが出版されて、ヒットすると坪田先生が言った通りになった。ビリギャルって言う本が出版されて、この子もともと頭が良かったらしい、進学校に通っていたらしい、もともと偏差値63位あったらしい、と信じられないくらい多くの人が私に会ったことがないのに、一生懸命ネットに書いてた。もっとびっくりしたのは、それをみんなが信じてることだった。

 

このままじゃダメだ、と思いました。ビリギャルが世の中に出た意味がない、と。世の中の人はこんなの嘘だ、何か裏があるんだと言うんです。だから私の使命があるんだなと思ったんです。奇跡の話なんかじゃないよって。誰にでも起こりうるドラマだよって。本も映画もそうだったけど、私の言葉でもと思って本書いたり講演活動をしているわけです。

 

私がもともと頭が良かったからこの話が生まれたんだとしたら、ただの自慢話ですよね。何の価値もない。だけどそうじゃない。私にあったのは、地頭じゃない。自己肯定感です。自分だったらできるっしょ、やってみなければわからないっしょって飛び込む勇気。これがほとんどの人たちにないのかもしれないと思った。自己肯定感は環境によって育まれるものです。うちのお母さんが「さやちゃんあなただったら絶対大丈夫だよ」って応援続けてくれたこと。そしていっぱい失敗させてくれたこと。その中でも成功体験をちゃんと自分で植えつけてこられたこと。これが私の自己肯定感を作った源だと思っています。すべての子どもたちが自己肯定感を持って生まれてきています。だけど環境によってそれにフタをされてしまうのか、どんどん壊されるのか、これは環境によって変わる。なので今からでも遅くない。自分でも自己肯定感は育めます。成功体験を植え付けられるんです。

 

でも、成功体験は挑戦しなくちゃ無理です。やるかやらないか。さぁどっちって言われたときに、わー楽しそうだからやってみたいなじゃなくて、いや失敗したときに恥ずかしいから、自分にはどうせ無理だからやめておこうかなって言う人たちが日本にめちゃくちゃ多いです。だから、まずは大人の皆さんがそれを知っておくってことが重要です。

 

「小さなできる」を「大きなやる気」に変える

そして3つめはやるって決めた後、具体的に計画を立てる。坪田先生もめちゃくちゃ戦略家です。とにかく頑張れ、とモチベーションの関わりを植え付けるだけじゃない。君は今どこにいてどういう具合なのかということを具体的に測って、残された時間で逆算していくことを坪田先生はめちゃくちゃやってくれました。これがすごく大事です。成長が自分で感じられないとやってられないからです。基礎に戻るということ。高2の夏、私は小学校4年のドリルからやったんです。先生が、君は天才だからね、ちゃっちゃとやってきてって言われて。で、やると6割位は丸を取れるんですね。先生できたよって見せたら、さやかちゃん見て、こんなに分厚いドリル、君2週間でできたねと。これ普通の人ね、1年間かけてやるんだよ、と。

 

普通の人って小学校4年なんだけどね(笑)。君天才なんじゃない?って言われるんですね。私は、あーやっぱ私天才なんじゃないかなと思って(笑)。坪田先生、早く次のテキストちょうだいって言ったら、坪田先生がニヤッとして、小学校5年のドリルを渡してくれて。絶対1週間で終わらせてみせようと思って、1日の量をもりもりやり始めてね。先生見て、もうできたって見せたらね。さやかちゃんてやっぱり天才みたいなことを坪田先生が言って。これをやっていると毎日勉強ができるんですね。今まで勉強がめちゃくちゃ億劫だったけど、6割丸がとれるところまで戻ってやると変わるんです。「小さなできる」を、「大きなやる気」に変えていける。これが人間の1番の成長サイクルなんです。だってできないものを毎日やれって言われてたら、大人でも嫌でしょ。なのでコツは、戻る勇気を持つことです。坪田先生は言っていました。とにかく基礎をやっている人が最後に勝つんだと。階段と一緒で1段1段上っていかないと高いところまで登っていけない。2段飛ばしでこんなの簡単なの、できるよと言って基礎をおろそかにすると、最後の最後に負けるんだ、と。とにかく基礎を固めてください。そしてちゃんと自分はできるかもしれないというモチベーションを保つというやり方を大切にしてほしいんです。

 

4つ目は、目標や夢を公言しようということ。メンタル的なことなんですけれども。人に宣言しちゃうことです。人間は必要に迫られないとやらないんです。勉強だってそう。手っ取り早く自分を必要に迫らせるのが、言いふらすことです。慶應行くんだーって学校中に言いふらしていたらどういうことが起きたかと言うと、みんなが、さやかが慶應とか超ウケる、とか、めちゃくちゃ笑って広めてくれたんです。冗談だと思ってね。でも私、結構本気で言ってたのね。しかも私、学校でよく寝ていたんです。学校の授業が難しすぎて最初意味なかったの。ところが、最後のほうは追い越しちゃって、簡単すぎて意味がなかったの。だから、私の中では学校で寝るのが1番効率的だった。

 

1日4時間寝たら生きていけると思ったから、家と塾で一睡もしないで勉強して学校で睡眠時間を取るというサイクルにしてたんですね。そうしたら、またお母さんが呼び出されたんですけど、本当にがんばって勉強しているんで、どうか応援してやってもらえませんかと言ってくれて。あの子が寝ていたら起こさないでやってもらえませんか、と。お母さん土下座する勢いでね、お願いしたんで、先生が面倒くさくなったんだと思います(笑)。もういい、分りました、と。お母さん、喜んで帰ってきてね。さやちゃん、明日からこれ持っていきなさい、って枕を持たせてくれた。私、枕持って学校行ってたんです(笑)。で、言いふらすと、絶対無理だからやめとけと言ってくる奴が必ず出てきます。この存在もめちゃくちゃ重要なのね。坪田先生が言ってた。人間の感情で1番強いものは、さやかちゃん憎しみだよ、と。これが5つ目になるんですけど、憎しみをプラスの力に変えなさい。必ずいつか憎んだ人に感謝しなきゃいけなくなるよって。憎しみをプラスの力に変えて、最後、感謝に変えるって、私にとってすごく大きな教訓になりました。

 

No.19 小林さやか

忘れられない封筒の重み

ある日分厚い封筒をお母さんが私に渡してきた。期限すぎちゃってすいませんって坪田先生に渡してきてって。中身はきっと大量のお金なんだろうなってすぐわかった。だけど自分がやっていることにどれぐらいのお金がかかっているのか知りたくなくて、わかったよーって預かってそのままとぼとぼと塾に行って、これああちゃんからだよって坪田先生に渡したの。そしたら坪田先生が中身を見て、さやかちゃんこれもう一回持って。って私に戻してきたの。これを持った時に先生が真剣な顔して言った。その重み、絶対忘れるなよって。いつか必ず自分の力で2倍にして返せよ。君なら、この意味わかるよねって。私は、絶対に慶應に受かってみせる、と本当に心の底から思った。うちのお母さん専業主婦だったからお金がなかった。だから3人分の学資保険を全部解約して、それでも足りなかったからお父さんに内緒でパートに出るようになって、それでも足りなかったから親戚中に頭を下げてお金をかき集めてきてくれた。それは本当に死に物狂いで集めてくれたお金だったんです。

 

私その後スランプがいっぱいあったけれど、そのたびにこの封筒の重さが忘れられなかったから、乗り超えられたと思っています。人間って、自分のためだけでは頑張れないと私は思います。誰か本当に応援してくれる人に感謝、そしてあいつを絶対見返してやるぞという憎しみとか辱めとかいろんなことを全部全部パワーに変えて初めて、私はできたんじゃないかなと思っています。まとめるとこの5つですけど、キラキラ本には6つ目があります。コーチを探せ、です。さやかちゃんみたいなお母さんが自分にはいないから無理だとか、坪田塾じゃないから無理だとか、そういうメッセージがいっぱい届くわけです。なので、環境のせいにしないで自分の人生をあきらめないで、という思いを込めて、こういうコーチを探してねって言うことをキラキラ本に書きました。

 

親御さんはぜひ、子どもたちのコーチになってあげてください。これ親でも先生でも隣の家のおじさんでもできます。どういうコーチになって欲しいかというと、褒め方に3つある。Doing・Having・Beingです。Doingは行動を褒めること。お手伝いしてくれて偉いね、ピアノが上手で偉いね、行動を褒める。Havingで褒めるとは、持っているものとか所属しているものを褒める。東大出ててすごいねとか100点とってきたなんてえらいね、とか。Beingで褒めるとは、あなたがそこにいるだけで本当に幸せだよとか、あなたがいると何か明るいんだよな、とか。これ1番嬉しい。でも、突然、子どもへの対応が変わったら、何か企んでるなとすぐバレちゃうから気を付けてください(笑)。

 

最終学歴社会から最新学歴社会へ

最後に、この質問を皆さんに聞いていただいて終わりたいと思います。あなたの前に神様が現れたとします。光る銀色のプラチナチケットをくれました。そこに書いたものはどんな夢でも叶う。チケットをもらったあなたは、そこに何と書きますか?この質問は弟が野球を辞めたとき、彼に何もなくなった時に坪田先生が彼にしてくれた質問です。それに対して弟は、何も浮かばないと答えました。俺なんて。どうせ無理って2時間たっても出てこずにずっと呟いて泣いていた。好きでもない野球を殴られながら無理やりやらされ続けた結果、弟の自己肯定感が無くなっていたんです。これが自己肯定感というのはビジョンを描く力だということを弟が教えてくれました。こうなりたい、こんなことをしたいというのはある程度自己肯定感が無いとできません。そんな弟もいろいろな経験を経て、今では親父を超える経営者になるという目標を見つけて勉強しています。

 

最新学習歴を更新していこうということを弟が教えてくれました。最新学習歴と最終学歴は全く違います。偏差値なんてあんまり意味がありません。社会に出たら偏差値おいくつですか?なんて聞かれることもありません。(もちろん受験に意味がないという訳ではありませんが)学校での勉強はどこかに答えがありますが、社会に出たらどこにも正解なんてありません。経験値を積めば色んな人生が切り開かれていきます。

 

経験値というのは出会いと原体験で積めます。出会いと原体験というのはこういった講演などです。私との出会いもそうですし、本を読むということも著者との出会いです。そして色んな人と出会って、色んな価値観と出会ってたくさんの選択肢をもって社会に出て欲しい。夢が無いなんて悩まなくてもいい。でも、ワクワクすることを見つけられるようになって欲しいです。

 

色んな価値観に触れてください。それで世界は広がっていきます。出会いと原体験を積んで経験値を積んで欲しい。そのために、まず大人が生き生きワクワクしていて欲しい。大事なことは、意志なんです。それを大人が持っているか。目をキラキラさせて生きているか。意志あるところに道は開ける。坪田先生がくださった言葉をお送りして終わりたいと思います。

 

ご清聴ありがとうございました。

小林さやか

小林さやか

小林さやかこばやしさやか

映画『ビリギャル』主人公

1988年生まれ 愛知県出身 坪田信貴著『学年ビリのギャルが一年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』の主人公。高校2年の夏、母のすすめで行った塾の面談で恩師坪田信貴先生と出会い、慶応義塾大…

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