2008年03月19日

自分に“無いもの”に悩まされたモデル時代

―モデルを始めるきっかけは何だったのですか?

高校生のとき、家が渋谷だったので、通学で渋谷駅を通っていました。その頃から、渋谷駅近辺はモデルのスカウトマンのメッカで、よくモデルにスカウトされました。私はセーラー服を着た普通の女の子でしたが、一際、背が高く、目立ったのでしょう。背は高いけれど、体重も結構あり、モデルというよりスポーツマンタイプ。自分がモデルになるなんて想像もできず、もちろん自信もなく、その上、父が厳しくて、そんな職業に就くことは、許されるはずもなく、お誘いをお断りしていました。

  そんな時、高校の同じクラスで、一際目立っている個性的な美女と友達になったのです。私の通っていた学校は休み時間も、皆、勉強しているような進学校でしたから、その中にあって、学校帰りにメークして遊びに出かけるような彼女の存在は異色でした。その当時は高校生が化粧をするなんてとんでもないという時代でしたから。文化祭の企画で、彼女が異色の提案をして、変身コーナーを作り、希望する人に化粧をして、写真を撮って、差し上げるというアイディアを出したのです。私はそのサンプル写真のモデルさんにされたのです。キレイにメークされ、付けまつげをつけた私は、別人のようでした。背が高く、体格のしっかりした男っぽい女の子の、その変身ぶりは学園祭でちょっとした話題となりました。

―そこで自分の魅力に気付かれたんですね。

確かにきっかけでした。でも、モデルになるといったら両親は大反対。「あなたが?何かの間違いじゃない?」といった感じ(笑)。モデルという職業自体が今よりももっと特別で、人数も圧倒的に少なかった時代ですから、しょうがなかったのかもしれません。

―モデルになって変わったことはありましたか?

 まず「不良」になりました(笑)。それまで両親に厳しく真面目に育てられてきたので、その反動もあったのかもしれません。でも、不良といっても今の若い人たちが普通にしているようなことですよ(笑)。

  心の変化でいえば、コンプレックスがものすごく強くなりました。もちろんモデルをやる前から、人並みにコンプレックスは持っていましたけど、綺麗な人ばかりいる世界に入ると、まるで自分が「みにくいあひるの子」のような気分でした。常に自分に足りないものばかりが気になって、他人の良いところと自分の悪いところを比べてしまって、自分の良いところなんて、これっぽっちも見えなくなっていました。私がモデルだなんてやっぱり間違いだわと思って、すごく悩んだ時期がありました。

―その劣等感はどうやって克服されたのですか?

当時は仕事も来ないし、オーディションには落ちるし、マネージャーに「どうしてみんなには仕事があるのに、私はモデルとして駄目なんでしょうか?」と相談したんです。すると彼女は、「あなたは細かい仕事をするようなモデルじゃないの。今にきっと大きな仕事がくるから、それまで準備して待ってなさい」と言ってくれたんです。同じようなことを、あるカメラマンさんにも言われたことがあって、それではっとしました。そこから肉体的なコンプレックスを埋めるために何をしたらいいのか、自分なりに真剣に考えるようになりました。

  例えば、撮られる時のポーズや角度ですね。とにかくほかのモデルさん達がしないようなことを自分で考えたり、海外の雑誌を見たりして研究しました。たとえば、髪の毛をきれいに整えるんじゃなくて、わざとラフにしてワイルドな雰囲気にしたり、カメラに笑顔を向けるんじゃなくて、キッと強く見つめたり。今でこそ、よく見かけますけど、当時は画期的だったんじゃないでしょうか。とにかく、それまで世間に認識されている「美」とは違う、自分なりの「美」を作り出すために様々なことを試しましたね。

―そうやって研究をするうちに、お仕事が来るように?

 だいぶ世の中に出られるようになりました。私のことを認めて下さったのは、いわゆる一流のカメラマンさんばかりで、逆に言えば、そうじゃないカメラマンさんは私みたいな個性的なモデルよりも、全体的なバランスが良いモデルを好んで撮っていました。でもトップクラスの方々に良い写真を撮っていただいたおかげで、ほかのお仕事に繋がるようにもなりましたし、一流カメラマンの作品に起用されることも多くなりました。それから、私と同世代の皆さんが、いまだに覚えてくださっているマツダの「コスモ」のCM出演のお話を頂いたのもこの頃ですね。

 

人を輝かせる道へ

トップモデルとして人気絶頂の折、お母様の入院を機にモデルの仕事を中断されました。迷いや不安はありませんでしたか?

iv38_02それはなかったと思います。そのときは自分のキャリアに迷っている時期でもあり、私の考える時期だったのです。もちろん、母の看病が一番でしたから、すべてをストップして母の看病に専念しました。その時間は今思えば、大変重要な時期でした。あまり自分の過去には執着しないタイプですから、迷いや不安はなく、むしろ次の活動に向けての自分の良い準備期間となりました。

―その後、現在のお仕事でもあるファッション&ライフコーディネーターとして、人を輝かせる道に就かれます。

やはり、女性はいつの時代も美しさに関する情報を欲していて、私がモデル時代に体験してきたメイクの方法やお洋服の着こなし方をお話すると、皆さんすごく喜んでくださるんですね。自分の経験が誰かをキレイにさせて、人を輝かせていることに喜びを感じ、裏方に入ろうと思いました。

自分が前に出ることよりも、裏方のほうが合っていると思われますか?

もちろん裏方としての楽しさはあるのですが、ある時、「やっぱり私自身が輝いてないといけないんだ」ということを感じました。皆さんよりも先に立って、旗振りをするのが私の使命だと気づいたのです。たくさんの情報を吸収し、それを整理して、本当に良いものだけを吟味して、“半歩先”を歩いて、皆様に情報を発信していくことが、説得力になるという考え方にたどり着きました。3歩も4歩も先ではなくてね(笑)。

 

きれいの秘訣は“少し無理すること”

ご自身の生活の中で気をつけていることや、毎日欠かさないことはありますか?

いろいろありますが、一番こだわっているのは、「早く寝ること」ですね。理想は夜10時ですが、さすがにそれは難しいので12時前には布団に入るようにしています。たまに、お付き合いの席などがあって過ぎてしまう時もありますが、それも1ヶ月に1日くらい。やはり、いくら高い美容液をつけても、素肌の基本レベルが下がっていては、せっかくの良い成分も染み込んでいきません。睡眠の重要性は年齢を重ねるごとに強く実感していますね。

  それから些細なことですが、毎日、体重計に乗ることは欠かしたことはありません。私の場合、朝食の前には必ず乗るようにしているのですが、自分の体のことを数字で捉えておくと、日々の変化に敏感になります。歯磨きやお風呂などと同じような生活習慣にしておけば、乗らないほうが気持ち悪いというくらいになります。

―著書の『人に好かれる“大人のキレイ”を楽しむ習慣』(青春出版社)の中に、「姿勢」について書かれている章がありましたよね? その中のくだりで、「『楽な姿勢は悪い姿勢』、『心地良さは、だらしなさにつながる』、『ちょっとだけ無理をしたほうがいい』」と書かれていたのですが、宇佐美さんご自身のスタンスのようにも感じられました。

やり過ぎは禁物ですが、やはり、ちょっとくらいは無理をした方がいいと思うんですね。年齢を重ねると人間、どうしても楽をしたくなります。どこかに出かけるにしても、きれいな格好していくのが面倒だから今日はやめておこうかな、というように、身だしなみをきちんとすること自体が億劫になる。もちろん私だってそう思う時があります。でも、そこをあえて無理して出かけてみることに意味があると思うんです。

 もし人間がこの世にたった一人だけで生きているとしたら、どういう姿勢で歩いて、どういう姿勢でご飯を食べたりするのかと考えたら、それはひどい格好だと思います。人に会ったり、見られたりすることで、適度な緊張感が生まれて、人としての輝きが増すと思います。私だって、休日の日と、講演会の日じゃ、輝きの差がすごいですから(笑)。やはり、人に見られることが、「きれいでいたい」という意識を高めてくれるのだと思っています。

老化ではなく進化 ―本当の自分磨きは50歳から

―女性なら誰もが若くありたいと願いますが、逆にいえば年齢と向き合うことに対して、多かれ少なかれ恐怖心を持っているともいえます。宇佐美さんは老いに対してネガティブな気持ちになったことはありますか?

老いに対する恐怖心を持っていたのは40代ですね。職業柄、年齢よりは若く見られましたが、いま振り返ると、その頃は未知なるものに対する焦りというか、もがいて、いろんなことを模索していた時期だったように思います。もちろん今でも努力をしておりますけれども、50代に入って、あの頃ほどの焦りはなくなりました。自分の出来る範囲とペースで、「心地よい」状態で努力する方法が身についてきたんじゃないかなと思っています。

<講演会での様子>

<講演会での様子>

―50代になって、老いへの恐怖心が解けて肩の力が抜けたわけですね。

老化じゃなくて「進化」と捉えるようにしたんです。そうすると、人に優しくなれることに気付きました。私はもともと勝ち気なほうですから(笑)、若い時はライバル心が先に立って、人に負けまいと肩肘張っていました。でも今は「人は人、自分は自分」。むしろ一番負けたくないのは自分自身ですね。

―年齢を重ねるからこその魅力に気づけるかどうか、なんですね。ところで、いまの中高年の方々のおしゃれについてはどう思われますか?

私と同世代の方々の話をうかがっていると、ここ10年くらい同じ色のファンデーションを使っていたり、自分に似合う洋服の色を決め付けてしまっているんですよね。若い女性はコスメの新製品が出ると、いろいろ試したりしますが、ある年齢以上になると、それが鈍くなってくる。本当なら「進化」に合わせて化粧品も変えなきゃいけませんし、似合う色も変わってくるはずなんです。若い人以上に、自分の進化についてかなきゃいけないので、変わることを恐れずにいてほしいですね。そうすれば、おしゃれの幅もぐっと広がります。お部屋のお掃除と同じように、自分の人生も時期ごとに必要なものを見極めて、捨てたり整理したり、きちんと見直すことが重要だと思います。過去に執着するのは大人の女性には似合わないことです。

常に自分をアップデートしていくということですよね。講演会でも、シニア層の女性向けにお話することが多いですけれども、どのようなことを一番強く伝えたいですか?

iv38_03皆さんに、年をとることを素敵なことだと思っていただきたいです。顔の皺ひとつをとっても、それをネガティブに捉えるのではなく、素敵な人生の一部だと思いますし、年齢を積み重ねていくことで、内側からにじみ出るものがどんどん増えてきますから。人それぞれ、いろんな生き方があって、一人ひとり違った「今」があるはずです。

  私はよく、人の魅力をお花に例えてお話しています。バラにはバラの美しさがあれば、ヒマワリにはヒマワリの美しさがある。でも若い時はどうしても自分以外の花が美しく見えて、人と比べてみたり、人の真似をしてみたりします。私もそうでした。華やかなバラは可憐なスミレに憧れ、スミレの花は堂々と咲くヒマワリになりたいと願います。でも50歳を過ぎると、「私はスミレです」、「私は薔薇よ」と、自分の花が分かってくるんです。だからこそ、お互いの魅力を認め合うことができるようになる。そうすれば、人を羨ましがったり、引け目を感じることもなく、自分自身の気持ちも楽になれると思います。

―長く生きてきたからこその自信と余裕が生まれる。

もちろん、自分の花を知る時期には、人によって早い遅いはありますが、それに気付ければ、もう迷わずに大輪の花を咲かせることができます。ですから、40代の中ごろまではお勉強の時期ですね。本当の自分磨きは50歳からじゃないでしょうか。

―宇佐美さんがおっしゃると非常に説得力があります。最後に、これから挑戦したいことや目標を教えてください。

うーん…いっぱいあって怖いくらいなのですが(笑)、仕事面で言うなら、小説を書きたいと思っています。これまで美容に関する書籍は何冊も書かせていただいたのですが、次は、シニアの女性を主人公にしたストーリーを考えています。もうすでに頭の中に、具体的な設定が出来上がっていて、長年暖めています(笑)。 それ以外でいえば、ボランティアをしていきたいです。犬が好きなので、犬に関するボランティアをしたいと、常々考えています。ペットブームの今、飼いきれずに、保健所で処分される犬が増えています。その犬たちをなんとか救えたらと思うのです。今までの自分や家族のことに追われていたので、なかなかできませんでしたが、少し余裕が出てきたので、そろそろ始動しなくてはと思っています。

―本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。

文:上原深音 /写真:鈴木ちづる  (2008年3月19日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)