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孫正義はどうして成功できたのか No.7 ソフトバンク社長室長 嶋聡

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これからの日本経済は明るい

No.07 嶋聡

ちょっと変わった経歴です。衆議院議員として3期9年勤めたあと、47歳でビジネスに転じまして、ソフトバンクで9年間3000日を過ごしました。ソフトバンクの社長というのは、孫正義です。大変な人です。世界中を飛び回っています。ソフトバンクという会社は、日本の携帯電話会社と言う方が多いですが、日本の契約者4500万人で、アメリカに5500万の契約者がいます。アメリカのほうが多いんです。

だからアメリカからガンガン電話がかかってきます。これは嶋に言っとかなあかん、と思うんでしょう。シリコンバレー現地時刻の朝8時にポンと電話がしてきます。私は眠そうな声で出ます。「あ!嶋さん、起きてた」。アメリカ、シリコンバレー時間の午前8時というのは、日本時間午前1時です。それを9年続けました。

そういう生活をずっとやっていましたが、今、ほんとに時代はわからなくなっています。株価も激しく揺れます。果たしてこの先、中国経済はどうなるか、北朝鮮がどうなるか、アジアはどうなるか、マーケットを見てもジェットコースターのようです。そういう状況のとき、孫がどう言うか。「迷ったときほど、遠くを見ろ」。「少々のことは誤差になる」。荒い海に船で漕ぎ出すとき、近くを見れば酔います。優秀な船頭は、北斗七星をずっと見て進みます。迷ったときほど遠くを見る。そうすると、少々のことは誤差になる、というわけです。

そうやって、ちょっと遠くを見ますと、これからの日本経済は明るいと私は思っています。これからは、第四次産業革命の動きがはっきりしてくるでしょう。第一次産業革命は18世紀、蒸気機関が発明され、イギリスで起きました。そのあと、電気エネルギーで第二次産業革命が起きました。松下幸之助は家電を選び、20世紀初頭に始まったこの第二次産業革命の大きな波に乗って成長した経営者です。そして20世紀後半から21世紀にかけて、IT革命が出てきた。インターネット革命です。そのIT革命の大きな流れに乗って、ワァーと飛躍したのが孫正義です。

では今はどういう時代かというとIoT、第四次産業革命です。製造業にインターネットをプラスする。これがどんどん起きる。IoTとは何かという本はすでにたくさんあります。今が皆さんにとって最大のチャンスだと。でも全員がわかったら、もうそれはビジネスチャンスじゃない。話を聞いてもよくわからないというときが、最大のビジネスチャンスなんです。孫が最初にソフトウェア産業で行こうと思ったとき、ソフトウェアって、みんな、タダと思われていたました。松下幸之助が電気釜をつくったときは、あれは女性を堕落させると言われました。ちゃんとご飯はお釜で炊くものだと。よくわからなかったんです。そこに入っていったから、二人はガァッーと行った。だから今、ものすごいチャンスだということを認識しましょう。

孫正義もIT革命を20世紀後半、21世紀初頭、セミナーで聞いていたんです。これからIT革命の時代だと。みんな聞いていたんです。これからは中国が伸びると。今も同じです。IoTの時代が来る。第四次産業革命の時代が来る。そのときに孫正義がどう動いたかということを、きょうは話します。それは皆さんの行動のヒントになると思います。

一度決断したら、もう一度考えないスピード経営

No.07 嶋聡

ソフトバンクに私が入ったときは、まだ携帯電話事業に入っていませんでした。当時、インターネットのADSLを始めたばかりで、赤い袋を都内のあちこちで配っていました。正直言って、ちょっと胡散臭い企業と思われていた。そこに入ったんですが、入った瞬間にボンと伸びた。携帯電話参入で、ボーダフォンという会社を買収したんです。そのあと、イヌのお父さんのがんばりもありまして、ずうっと順調に伸びて、私が卒業するときには、スプリントという会社の買収もあって、6.7兆円。6倍になりました。

売り上げの推移グラフを見ると、すごいですねって言っていただくんですが、私が入ったときは、大変な会社でした。大赤字です。孫いわく、4年続けて1000億円の赤字を出したんです。私が政治家からソフトバンクに入るという話になったとき、心ある私の先輩政治家たちは、「嶋さん、ソフトバンクに入ることはいいけど、あの会社、大丈夫?」と言われました。

ただ、私なりの読みはありました。携帯電話事業、あるいはインターネット事業。そういう通信事業が一番よく似ているビジネスモデルは、鉄道の事業です。鉄道事業は、最初にレールを引きます。莫大な投資が要ります。でも、投資をし終わったら、あとはもう切符代でチャリンチャリン、となる。長年かけて回収していきますが、安定した収入があります。インターネットも同じです。最初はADSL、ネットワーク、固定回線を引きます。莫大な投資が要ります。携帯電話も同じ。携帯電話は基地局に投資します。膨大な投資が要ります。だけど、それが終わったら、あとは安定的な収入が出る。私は当時、議員でしたが、孫から「いや、嶋さん、来年は黒字転換するから大丈夫ですよ」と言われていましたので、大丈夫だろうという読みはありましたけど、それでも心配でした。

でも、私が入った瞬間にポンと黒字になります。私が卒業したときの2014年3月期は、ソフトバンクの営業利益は1兆円を突破しました。日本には上場企業、今まで4000社あります。延べです、なくなった企業もありますから。そのうち営業利益が1兆円を超えた企業は、3社しかありません。NTT、トヨタ、そしてソフトバンクです。ただ、ひとつポイントがあります。NTTさんは、営業利益1兆円を達成するまでに、118年かかっています。トヨタさんは65年かかっています。ソフトバンクは33年で達成しました。

スピード経営。ビル・ゲイツが言うところのスピード経営。ものすごい決断です。スピード経営するために、どうすればいいですかとよく聞かれるので、一度決断したら、もう一度考えない、と答えています。やり直さない。そこまで考えて一回、決断する。何度も何度も同じテーマでやらない。それがスピード感を生むんです。この33年のうち、9年間、私は社長室長として孫正義といました。私のことを孫正義の参謀と、皆さんが言うようになりました。

34年前はソフトバンクはなかった

ここまで言うと、すごいですねという話になるんですが、もうひとつのポイントは、34年前はソフトバンクはなかったということです。その翌年、福岡県の福岡市雑餉隈(ざっしょのくま)という、名前だけ聞いても、そんないいとこじゃない。そこの雑居ビルで、ソフトバンクはスタートしました。

孫も勉強したらしいです。つまり社長はどうあるべきか。社長は、ビジョンを掲げなくちゃいけない。目標がなくちゃいけない。すごく研究、勉強をしたんです。それからもう一つ、これから30年間、一生懸命、自分が打ち込める事業かどうかというビジネスモデルを考えた。40個考えたそうです。これも有名な話ですが、日本マクドナルドを作った藤田田さんに20代のときに聞きに行って、これからはコンピュータの時代だと聞いたらしいです。それでアメリカのカリフォルニア大学バークレー校に行きました。

カリフォルニアですから、ゴールドラッシュの土地ですね。昔は金が出てたくさん人が集まった。そういう研究をしたそうです。ゴールドラッシュのとき、一番ビジネス的に成功したのは、金を掘り当てた人じゃなかったんです。金を掘るため、アメリカ全土から、あるいは世界からやってきた、金を掘り当てようとする人たちの作業着、ジーンズを売った人だと。あのジーンズはアメリカ全土からやってくる幌馬車の生地だったんです。そこで、コンピュータ、インターネットはいいんだけど、その周辺、ソフトウェアを扱おうと決めました。ソフトウェアを扱って、銀行みたいにたくさん集めようということで、ソフトバンクという社名にしたんです。

また、社長とはどうあるべきかという話を、どんどん聞きました。ビジョンと目標です。それから松下幸之助さんの本を読んだら、朝会を毎回やりましょうって書いてあった。それで、よし朝会をやるぞと。社員を2人、雇いました。朝会ではミカン箱の上に乗って話したと言われますが、ほんとにミカン箱だったそうです。愛媛みかんのミカン箱の上に乗って、2人の社員に対して話したんです。

きみたちは運がいいと。なぜ運がいいか。ソフトバンクに入ったから。きみたちね、僕は将来、豆腐屋のような仕事をすると。あれ、ソフトウェアの卸業って言ってなかったっけ。きみたちねと、豆腐屋は1丁、2丁と数えるだろうと。将来、僕は1兆円、2兆円と数えるようなビジネスをやってみせる。だから、きみたちは運がいい、と。そう言ったら、あくる日、2人とも逃げ出したそうです。本当に逃げ出したそうです。

だから、そのあと孫は人材を大事にします。孫の弟、孫泰藏という、ガンホーというゲーム会社の社長をやっていた男が、「兄ちゃん、兄ちゃん、今度こういう人を採ろうと思うんだけど、どう思う」と聞いたら、孫さんはすぐ採れと。いい人だと思ったら、すぐ採らなきゃダメ。もうともかく人、すぐ採ったら大事にしないとダメだと、徹底して言っていました。こういう人が来てくれと求めないと、人は来てくれません。よく中小企業で、「うちはなかなか人が集まらなくて」と言う人がいますが、それは違う。心から人を念じていれば、いつか来るんです。そういうものです。だから、私も行ったわけであります。  それで本当に1兆円を達成することになりましたが、33年です。すごいスピードで達成しました。でも、3人からのスタートでした。逆に言うと、3人から33年でここまで来れるということです。

そのころの孫は、社長とはどうあるべきか、いろんな経営者のセミナーに行っています。稲盛和夫さんの稲盛塾とか、いろいろ入っています。松下幸之助にも詳しかった。当時はカセットテープですが、松下幸之助の経営百話というのがあった。講演のカセットテープです。これを自分で車を運転しながら、擦り切れるまで聞いたそうなんです。一番印象に残っている言葉は何ですかと言ったら、こう言いました。経営者はいつも将来を頭に持たないといけない。5年後、10年後にどうなるか。どうすべきか。そのうえで今、どうしたらいいか考える。将来から現在を考えるのが、経営者としての発想である、と。

そのころは毎日、会社は大変だったそうです。公園にコンクリートでつくったベンチと椅子があったそうで、ほかほか弁当を買ってきて、そこで食べるのが精一杯と。そういう時代だったそうです。そういうときにも将来を考えなくちゃいけないというふうに思っていた。5年後、10年後を見ないといけない。それで逆算して考える。孫はこれを本気でやったんです。

20億円の投資が8兆円に

No.07 嶋聡

私がまだ議員だったころ、孫正義と話をしました。2003年、4年ごろです。将来、ITの時代、情報化の時代が来ると、みんな聞いていました。孫はそのとき、2008年ころと時限を切って、私に話をしました。漠然と将来だと事業計画、行動計画に落ちない。でも2008年ってやると、行動計画、事業計画に落ちる。そこまで考えを詰めるかどうかが大切だ、と。

何を言っていたかというと、「2008年ごろに、今コンピュータでやっていることが、携帯電話上でできるようになりますよ」と。どうして2008年か。コンピュータのCPUは、ムーアの法則に従って幾何級数的に増えていく。そうすると2008年ごろには、今コンピュータでやっているものが携帯電話上でやれるようになるんだというわけです。それから通信ソフト。トラフィック。それが2008年ごろには、回線でやっているものが無線でできるようになる。さらに世界のCEOが、それにあわせて、新しい携帯電話を今、つくっている。だから2008年ころという。

だから皆さん、将来IoTの時代が来るということを聞き、そこから先、自分のビジネスの中で、あるいは自分の仕事の中で、それをどう引き付けられるか。かつ、何年ころまで読めるか。しかもロジカルに。孫はロジカルに読んだ。CPUの話。通信速度の話。そして実際にやっている世界のCEOの動き。そこまでできるかどうかによって変わるんです。

もう一つ、中国の話があります。21世紀初頭には、これからは中国だと言われたんです。議員だったころ、中国のGDPは日本のまだ5分の1ぐらいに過ぎず、将来、中国が日本のGDPを抜く可能性があるなんて言われて、そんなことないだろうと思っていましたが、あっさり抜かれました。孫は何をしたか。アリババという会社のCEOのジャック・マーに投資しました。アリババは日本でいうと、楽天みたいなB to Bの会社です。2001年、中国に行った孫正義は、何人かのベンチャー企業の経営者と会いました。そしてこのアリババのジャック・マーに投資をしました。20億円。

1人10分の持ち時間で、何人かのベンチャー経営者に会ったそうです。ジャック・マーは6分間、話した段階で、「わかった。きみに投資する」と孫が言いました。ジャック・マーは2億円でいいと言ったけど、20億、投資すると。全中国でやろうと思ったら、2億じゃなくて、20億要るから、20億、と。6分間20億円で、アリババという会社の株の3分の1を手に入れました。2014年、ニューヨーク証券取引所にアリババは上場しました。時価総額が25兆円になりました。3分の1だから8兆円。20億が8兆円になった。4000倍になった。

ポイントは、知ったら、どう自分の仕事に引き付けて、かつ年限を切って、読んで、どう行動するかを考えるんだということ。きょう聞いていただいたセミナーが、ものすごく役に立つか、そうじゃない単なるセミナーになるかは、そこが左右します。

赤字1000億の会社が世界から借りまくる

2006年、私はソフトバンク社長室長になりました。ソフトバンクの会議って、すごいですよ。政治家をやっていますと、会議の前にだいたい根回しが終わっていて、会議のときは、だいたいシャンシャンってことが、結構多いんです。ソフトバンク、根回しなしだから、本気でガンガンやるという話は聞いていましたが、社長に対してCFOが「社長、今ですらわが社は毎年1000億の赤字を出して、自転車操業です。こんな投資をしたら、会社が潰れます!」と、やるんです。

そうしたら孫。「自転車操業か。わかった。自転車がどうやったら倒れないか、おまえ、知っとるか。もっと速くペダルを漕げ」。こんなことを真面目にやっているわけですよ。どうしようかと思いましたよね。そういうようなところに入っていったわけです、私は。12月27日、孫が「嶋さん、きょう、いいですか」と言いました。夜でした。ボーダフォンジャパンの社長のウィリアム・モローさんに会ってきた、と。「そこでモローに対して、私の携帯電話事業に対する情熱を語ってきました」。それはそうだろうなと。「そうしたら、このモローが」。孫は普段、標準語なんですけど、このとき、関西弁で言ったので、結構、明快に覚えています。「そこまで言うなら買うてくれと言われた。どう思います?」。

私はビジネスに入って、まだ日が浅いですが、情報通信政策に関しては、それなりの見識がありました。日本に携帯電話事業は3社しか残らない。したがって、買えるなら買ったほうがいいですと、進言しました。「でもね、嶋さん、このウィリアム・モローは、1兆7500億円とか、2兆円とか言っているんだ」と。売上1.1兆円の会社がですよ、1兆7500億円、2兆円の会社を買収する。CFOに相談したら大変なことになります。

私は議員のとき、財務金融委員会の筆頭理事ってやっていて、金融関係と結構親しくさせていただいていました。「大丈夫です。レバレッジド・バイアウトという手法がございます」。レバレッジというのはテコ。バイアウトは買収。買収する側が、買収される側の資産、および買収される側のキャッシュフローを担保的に使って、買収する。小が大を呑む、レバレッジド・バイアウトという手法がございますと。ヨーロッパでは、それ、結構普通に使われておりますと。政治家をやっていると、先進的な事例はわかるんです。日本は先進的なものを扱うのを嫌がるんですが、やろうと言うと、応援してくれる人もいます。日本で初めてだから、これ、やりましょうと。孫も初めて好きだから、「いいですね」という感じになりました。

しかし、赤字1000億の会社です。銀行が果たして貸してくれるのかという、素朴な疑問は当然、出てきます。当時はリーマンショック前。まだまだ全世界的にはイージーマネー。金融緩和状態でした。日本が貸してくれないなら、世界で借りましょう。ドイチェバンクを中心にしてシンジケートを組みまして、2カ月ぐらいで1兆7500億円、調達できました。金利、当時、3.5%。今から思うと高いんですけど、当時としては安かった。10年ぐらいのスパンで見れば、一番いいときに調達したと言われるでしょう。ソフトバンクは幸であったと。10年ぐらいのスパンで見れば、一番、調達しやすいときに調達したと。確かにそうで、そのあとリーマンショックですから。  2006年、なんとか投資してボーダフォンジャパンを買収しました。2008年を睨んで、ゼロから始めたら間に合わないと。逆算方式して、時間を買うための買収をしたんです。

iPhoneの独占販売という賭け

No.07 嶋聡

ここまで言うと、大変活躍されましたねって話なんですが、買ったら大変でした。ボーダフォンは、アンテナ局に対して、しばらく新規投資を控えていた。新規投資を抑えれば、当然、P/LもBSもお化粧はできます。ところが、ネットワークを技術陣が見にいくとボロボロでした。最初、ボーダフォンって、つながりにくかったでしょ。実際、そうだったんです。ほんと大変だった。そんな中、孫は当時のボーダフォンショップ、今はソフトバンクショップの皆さんに集まっていただいて、今後のソフトバンクの方針を発表しようという話になりました。

東京プリンスホテルです。どんな目標を言うべきか。顧客の流出の危機もある。そうすると、なんとなく大きな目標、言えなくなるじゃないですか、普通は。ところが孫が、「いや、こういうときこそ、目標はきちんと言うべきだ。目標とは期限を切って、ターゲットを明快にしないかぎり、目標たりえない」。そして言ったのがこれです。「皆さん、私どもは10年以内に、NTTドコモさんを超えてみせます」。16%のシェアの会社が、55%を超えるって、大変なことです。ずっと孫の右腕でやってきた営業担当、今ソフトバンクの社長をやっている宮内さんがこれを聞いたときに、ああ、また孫さんが大風呂敷を言っちゃったと思ったんです。私は社長室長ですから、孫と一緒の車で帰ってきます。東京プリンスから汐留まで帰ってくるセンチュリーで、そのときに孫が「いや、嶋さん。日本人というのは不言実行がいいと言いますよね。でも、それは違うんです。有言実行がいいんです。有言実行。言ってしまうと、自分を追い詰めます。追い詰められないと、本当の力は出ません」と。自分に言い聞かせるように言っていました。それを覚えています。

いろいろ大変でした。ある日、孫にまた呼び出されました。そしてこう言われました。「2年前にスティーブ・ジョブズに会いにいきました」。今の孫正義なら、どなたでも会えると思います。私の時代には、オバマ大統領もセッティングしました。だけど、当時、1000億の赤字を出している企業です。どうやって会いにいったんですかと聞いたら、「電話して、会いにいきました」。せっかく会いにいったので、スケッチを持っていったと言われました。iPodという音楽プレーヤーと携帯電話、この2つ足したような、新しい携帯をつくるべき、というスケッチです。要するに今のiPhoneですね。

そうしたら、ジョブズがニヤッと笑って、「今、考えている」と言いました。孫の交渉術は、その瞬間に踏み込みます。「それならば、その新しい携帯電話ができたら、日本での独占販売権を、私にください」。そうしたらジョブズが「そんなことはできない。なぜなら、きみは携帯電話会社を持っていないじゃないか」と。そのとき、さすがに携帯電話会社を買うとは言えなかったそうです。「今度、来るとき、携帯電話会社を連れてくる」と言ったそうです。そうしたら、ジョブズが「この新しい携帯電話の話は誰にも言ってないのに、きみが最初に会いにきた。だから、きみにあげよう」と言ったと、孫は言いました。

正直言って、そのときは本当かなと思いました。そのころは、今でこそiPhoneが日本はスマートフォンの65%のシェアを持っています。しかし当時は競合のトップ、技術もわかり、経営もきちんとされ、紳士で、すばらしい方が、日本ではスマートフォンは普及しないと言ったんです。われわれ、まだ携帯電話を始めたばかり。ずっとやっている競合のトップが、そう言っている。そして現実に交渉もしていないし、別の競合も及び腰でした。不安になりますよ。だから孫が私にこれを言ったということは、社内でiPhoneがいいなという調整が必要だよという話だと思いました(笑)それで、ウーンと思いながら聞いていました。しかし、結果は、皆さん、ご存知のように、2008年7月にiPhone が世界21カ国同時発売。日本で初めて、わがソフトバンクから売られました。そして、それがソフトバンクが躍進する原因になったことは、ご存知のとおりであります。

あのCMはいかにして生まれたか

そのあと、いろんなことがありました。ボーダフォンという長い時間のあいだ、3番に安住する感じだったんです。携帯電話会社だと、結構いいんですね、それなりに。給与もまあまあですし、社会的地位もまあまあだし。3番でいいやと。しかし、なんとしてもNo.1ということで、ブランドNo.1になろうということを考えました。CMです。ブランド。当時、ブランドNo.1というのは、KDDIのauさんでした。どうしてもNo.1を取りたい。そこで、電通という日本一の広告会社に、どうすればいいでしょうかという相談をしたんです。ハリウッド俳優を使ったりもしましたが、もっと別のアイディアはないか、と。何回も何回もプレゼンしていただいても、ボツになる。で、やけのやんぱちになって、イヌと外人に頼ったら、当たったんです。これ、ほんとの話です。孫は電通の課長クラスの会議にも出たんです。そうすると、リスキーだけど面白い企画がまだ残っている。イヌのお父さんのコマーシャルをプレゼンされたとき、「きみは天才だ」と孫は言ったんです。そうして流れが決まりました。おかげさまで白戸家は日本三大ファミリーの一つであります。一つがサザエさん一家。もう一つがちびまる子ちゃん一家。もう一つが白戸家です。

そして2014年5月7日。ソフトバンク3月決算が、NHKニュースで流れました。売上げ・営業利益・最終利益過去最高、初めてNTTドコモを上回る、というニュースになったんです。10年でNTTドコモさんを超えてみせるという話でしたが、8年で達成しました。ただし、実はこのとき、アメリカのスプリントの買収があって、抜けたんです。だから、記者会見で敏腕の記者さんが聞きました。「NTTドコモを抜いたと言ったけど、スプリント買収が入っているでしょ」と。そうなんですね。今でも日本だけだったら、NTTさんがシェア40%。私どもは30%です。KDDIさんをちょっと抜かせていただいて、2位になったというところなんです。記者さんは「ドコモさんを抜いたと言ったって、スプリント買収という飛び道具が入っているじゃないか。そんなんでいいんですか」と言いました。そうすると、孫が言いました。「そんなんでいいんだ」と。

未来年表から今を考えていく

No.07 嶋聡

きょうのまとめをさせていただきます。飛躍の行動原則。話を聞いたら、まずピンポイントで未来を読んでください。自分の仕事、自分の会社、自分の人生。ピンポイントで未来を読む。2番目。目標は期限と数字を明確にしてください。期限と数字が明確にならない目標は、目標じゃありません。3番目。集中して、いち早く学ぶ。携帯電話事業は素人だという批判もありました。だから集中して学んだ。やらないことを決めて、集中する。4番目、武器を持つ。これ、実は一番大事。iPhoneはソフトバンクにとって、織田信長の鉄砲のようなものでした。そういうものを、どのように見つけてきて、交渉して、手に入れるかというのが、これが実はトップリーダーの役目になります。で、最後にフォロワーたちの意識改革をするためには、マーケットセグメントをつくって、その一分野でも必ずNo.1を取って、勢いをつける。これは昔、戦のとき、どんな武将もやったことです。例えば関ヶ原の戦いのときにも、最初に島左近という、石田三成の参謀は小さな戦いで勝利して、そのときだけは西軍、勢いがついたんです。この5つをぜひやってみてほしいというのが、このきょうのまとめです。

未来年表を考えます。まず2020年、アジアの電子商取引額が1000兆円になります。これがそうとうにビジネスチャンスになってきます。2021年、中国のGDPがアメリカを抜いて、世界一になります。危ないとか、いろいろ言われますが、中国は伸びます。中国の次の国はどこか。インドです。2029年、インドの人口が中国を抜いて、世界一になる。全世界的に労働年齢人口が下がっていますが、インドだけは人口ピラミッドが、まったく普通のピラミッドです。中国場合は紡錘型ですが、インドは労働人口がそのまま伸びますから、インドが成長します。2030年、訪日外国人3000万。これはもっと早く達成できるでしょう。それから2035年。日本のロボット市場が9.7兆円になります。電力の小売り自由化市場は約10兆円ですから、ロボット産業が同じくらいの規模になります。2040年、再生可能エネルギー発電量が世界の33%、3分の1になると思います。この未来年表を常に頭の中に入れて、自分のビジネスを、今から考えていっていただくといいと思います。

(文:上阪徹)

プロフィール

嶋聡/  前ソフトバンク社長室長

松下政経塾二期生として松下幸之助塾長に直接教えを受ける。1996年から2005年まで衆議院議員。3期連続当選の後、「政から民へのトップランナーになりたい」と孫正義社長を補佐するソフトバンク(株)社長室長に就任。以後、2014年までの8年3千日でソフトバンクを売上高1.1兆円から6.7兆円のグローバル企業に飛躍させ「孫正義の参謀」と呼ばれる。2015年6月、孫正義社長が後継者指名をしたのを契機にソフトバンク(株)顧問を退任。多摩大学客員教授、東洋大学非常勤講師として松下幸之助、孫正義から学んだ「飛躍の経営戦略」を講義するとともに、全国で講演活動を行っている。

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