No.19 小林さやか / 読む講演会 クローズアップパートナーNo.19 小林さやか /“読む講演会”クローズアップパートナー

ビリギャル流、不可能を可能に変えるコツ No.19 映画ビリギャル モデル 小林さやか

TEL
MAIL

ご相談は無料です。

03-5422-9188 電話受付時間 月~金 9:30~18:00

ご相談はこちら

業界19年、実績3万件の中で蓄積してきた講演会のノウハウを丁寧にご案内いたします。趣旨・目的、聴講対象者、希望講師や講師のイメージなど、お決まりの範囲で構いませんので、お気軽にご連絡ください。

子どもたちの人生は環境によって大きく変わる

今日は堅苦しい話はあまりないので、お子さんにも楽しんで頂けたらいいなと思っています。ビリギャルって皆さん知ってます?映画「ビリギャル」見たよって言う人もおられますね。書籍『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』が原作として今120万部のミリオンセラーになっています。著者は、私の塾の先生だった坪田信貴先生です。私はモデルですが、この本から6年を経て、私も初めて去年本を書きました。『キラッキラの君になるためにビリギャル真実の物語』というタイトルを見ると、私のキラキラの人生を読んでくださいって見えるんですが、そんな本じゃ全然なくて、中身は本当泥臭いです。

ビリギャルって皆さんから見るとサクセスストーリーに見えるお話ですけど。では、大学に受かったその後は?就職活動の時は何を考えたのか?成功した結果どうなっているのか?がこの本に書かれています。もちろんその後、いっぱい失敗しました。なにせ私、結婚も離婚もしてますから。

では、講演を始めますが、私の話を聞くときに、ご自身の人生、ご自身のご家族に重ね合わせてほしいんです。これは、受験の話ではないです。家族の愛の物語です。人の成長ってどうやって生まれていくのか。環境だと思っています。私がこうやってやったから、みんなもこうやったら、偏差値が40伸びますよという話では全然ないです。私が母にどうやって育てられ、こういう土台ができたのか。そして学校の先生と私の通ってた学校の先生の教え方と、坪田先生がどう違ったのか。すべて環境です。これがなかったら私、名古屋から一歩も出なかった人生があったんだろうなと思います。子どもたちの人生は、もともとの資質能力ではなくて環境によって大きく左右されるんです。その意味で、本当の主人公は私の母なんです。

No.19 小林さやか

無理矢理、野球をやらされ、高校を中退した弟

ビリギャルの本が出たのは、私の大学受験が終わって7年も経っているときでした。なぜそんなタイムラグがあったのかと言うと、きっかけを弟と妹が作ってくれたからなんです。この子たちの転機、人生の転換期がビリギャルを生んだんです。2つ下の弟は、男の子だとわかって、お父さんがすごく喜びました。

お父さんは、プロ野球選手になりたかった。だけどなれなかった。だから、弟をプロ野球選手にするために命をかけると言い出すわけです。小学校に上がる位の頃には、めちゃくちゃいいグローブとバットとスパイクを買い与え、少年野球クラブチームに強制的に入れ、強制的にキャプテンまでやらされて。弟は割と運動神経が良かったので、エースになりました。チームのコーチはお父さん。だから逃れられない状態で弟は野球一色の人生を歩んでいました。勉強する時間があったらバット振ってろ、という生活。だから、全然勉強できなかった。本当にできなかった。

今もあまりできません。29歳になったんですけど。ただ、人の悪口を全然言わない。だから私すごくリスペクトしています。すごく優しいいい子なんです。弟は高校も野球の推薦で入りました。ところが、高校2年に上がる前に野球を辞めるんです。俺は本当は野球なんてやりたいと思ったことは一度もない、と。初めてお父さんに歯向かったというか本音を言ったんですね。お父さんは力ずくでも野球を続けさせようとして、毎晩家では大騒動でした。その後、弟は学校も辞めました。居場所がなくなって、家にも帰って来なくなりました。いろんな問題を起こすようになり、たまに家に帰ってはみんなの頭を悩ませることになりました。

そして、ある日、ギャルを連れてきてですね。赤ちゃんできたんで結婚したいと。付き合って一カ月だと。ギャルとギャル男って自己肯定感の塊のところがあるので、なんとなく何でも何とかなるだろうと言う精神が強いんです。家も金も職もねぇと堂々と言うわけです。お金もなくても家もなくても子ども産む、と。じゃあ好きにしてください、と言うわけにもいかなくて。お父さんとお母さんと一緒に二世帯住宅で住むという条件で結婚をサポートして、今2人の私の可愛い甥っ子が、すくすくとみんなの手によって育てられています。この一番の問題児だった弟が、結婚して立派なお父さんになって、幸せな家庭を築いたこと。これがビリギャルのきっかけのひとつでした。

小学校時代、不登校になっていた妹

もう一つ、妹は小学校の時、不登校でした。朝どうしても起きられなかった。お母さんはね、私と弟の子育てが大変過ぎたのか、悟りを開いた状態になっていまして、「起きれないならしょうがない。行くか行かないか自分で決めたらいいよ」と言っていました。

妹はお昼のバラエティ番組を見てから学校に行くようになりました。行きたくなくて行ってないわけじゃないので、行くと人気者でした。「やっときた!」とみんなに言われて。そんな明るい不登校を何年もやっていました。マイペースな妹でしたが、お姉ちゃんにだけは負けたくない子だったんですね。ライバルが私だった。小学校の時、案の定、目をキラリと輝かせて、私も東京の大学に行きたいと言いました。でも彼女は30分以上じっとしてられない体質なんです。なので勉強なんかできない。お姉ちゃんみたいにあんなに勉強したくない、私は別のルートで東京の大学に行くんだと言って、自分の意思で中学卒業したら高校3年間ニュージーランドの高校に留学して、英語ペラペラになって帰ってきてですね、帰国子女枠で上智大学という私が唯一落ちた大学にスルッと帰国子女枠で入りやがりました(笑)。

ムカつくでしょう(笑)。お姉ちゃんが落ちたところ、面接と小論だけで受かったみたいなこと言ったときは、おいおい待てお前ってね、と言いたくなりました。そんな世渡り上手な妹は大学生活を楽しく過ごし、なかなか入れない飛行機のブルーの会社を別に志願もしていないけど一応エントリーシートを出して面接受けたら受かっちゃったと言うことで入りました。でもね、何が凄いって受かったことじゃなくて、4カ月ぐらいして「つまんねーからやめる」ってすぐ辞めたんです。それをお母さんが「うん。つまんないんだったら辞めちゃいな」と。お父さんだけが、ちょっとそわそわしてましたけどね。「そんないい会社、すぐ辞めちゃっていいのか」みたいなね。

それで半年ぐらいニートというかフリーターみたいなことをして遊んで暮らして、こいつやばい終わったなと思っていたら、そのあと出会いに恵まれて、今は外資系で給料倍になってお休みも倍になって、おしゃれなオフィスでイケてる人しか出入りしないっていう会社で「こんなに人生、楽でいいのか」と言いながら働いています。それが妹です。

No.19 小林さやか

プロフィール

小林さやか/ 映画ビリギャル モデル

1988年生まれ 愛知県出身。坪田信貴著『学年ビリのギャルが一年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』の主人公。高校2年の夏、母のすすめで行った塾の面談で恩師坪田信貴先生と出会い、慶応義塾大学現役合格を目指すことに。坪田先生と二人三脚での1年半猛勉強のすえ、慶応義塾大学総合政策学部入学。1年半で偏差値を40あげることに成功した。卒業後は大手ブライダル企業に入社しウエディングプランナーとして従事。その後、フリーに転身。現在は、全国への講演活動をしながら、自身でも学生や親向けのセミナー等の企画もしている。2019年3月に初の著書『キラッキラの君になるために ビリギャル真実の物語』(マガジンハウス)を出版、4月より、教育学の研究のために大学院に進学。

クローズアップパートナー一覧へ戻る

経験豊富な私たちに
お任せください。

講演講師の登録は
随時募集中!

講師登録はこちら

ご相談は無料です。ご連絡はお気軽に。

業界19年、実績3万件の中で蓄積してきた講演会のノウハウを丁寧にご案内いたします。趣旨・目的、聴講対象者、希望講師や講師のイメージなど、お決まりの範囲で構いませんので、お気軽にご連絡ください。

TOPに 戻る