2017年04月03日

夢を叶える人は確信犯

宇宙飛行士・山崎直子 × 書道家・武田双雲

山崎:
はじめまして。武田さんについては、いろんな人からお話をうかがっていたので、初めてのような気がしないです。不思議ですね(笑)。

武田:
光栄です。直子さんもとても気さくで、何だか初めてお会いした気がしないです(笑)。僕はジェットコースターにも怖くて乗れないし、観覧車にも乗れないんですが、昔から宇宙が大好きで宇宙に行ってみたいと思う自分がいます。

山崎:
ロケットは逆に怖くないですよ。気圧も一緒なので、耳もピーンとしませんし、一直線なので、速いけど怖くはない。加速するときの、重さはありますけど。

武田:
グーンとターボが加速していく感じですか。呼吸も苦しくないんですね。

宇宙飛行士・山崎直子

山崎:
フリーフォールのほうが、よほど怖いと思います(笑)。そもそも宇宙飛行士になろうと思ったのは、アニメの『宇宙戦艦ヤマト』と『銀座鉄道999』なんです。宇宙に行きたいというより、大人になったら誰もが普通に宇宙に行って、クルマが空を飛んでいると思っていたんです。だから、行きたい、ではなくて、行くんだ、と思っていた。そのうち、スペースシャトルが出てきたり、宇宙のことがいろいろわかってきたりしたので、まずはエンジニアとして宇宙船を造れたらいいんじゃないかな、と思って工学部に入り、途中アメリカに留学して。焦りはなかったですね。のんびりと、いつか行けたらいいな、と。

武田:
その感覚、すごく面白いですね。夢を叶えちゃうって、まさにこういう人なんだな、って思います。確信犯的というか、夢ではなく「こうなる」と現実でちゃんと思っている。そうじゃないと、夢ははかないものになるんです。人偏に夢と書くと、「儚」い、でしょ?直子さんは、夢と現実が同じレベル。普通はかかるメンタルブロックがない。だから、夢が叶っちゃうんですよね。

山崎:
でも、最初は書類審査で門前払いされているんです。ダメでしたけど、また次にあったら受けようか、と。NASAの宇宙飛行士の中には、5度も6度もチャレンジしてなった強者もいましたから。私の場合は3年後、2度目のチャンスでパスできたんです。

武田:
子どもの頃からの夢ですものね。それを現実にするなんてすごいです。

僕は逆に自分がまさか書道家になるなんて思わず生きてきた。元々競輪の予想のプロだった父親と、エアロビクスのダンサーだった母親の間に生まれ、のちに母親が書道教室をやるようになって。僕は子どもの頃から習い事をたくさんやらせてもらったんですが、なぜか書道だけは飽きなかったんです。それから、東京理科大の理工学部情報科学科に行って、NTTに入って営業に配属されて。実は就職活動という言葉も知らなくて、みんなが活動を終えた頃に知ったんですね(笑)。それで先生に相談したら、お前みたいに身体も態度も大きいヤツは大きな会社がいいだろう、とNTTに行くことになった(笑)。そもそも昔から空気が読めない、まったく先のことも読めない、ちょっと浮いているタイプだったんです。

山崎:
それでNTTを辞められて書道家になられたんですよね。

武田:
実家が引っ越しをしたとき、母が書いた書を見て衝撃を受けたんです。やばいよ、かーちゃん、と(笑)。それで自分も書きたくなって、社内で墨刷りを始めて電話のメモなんかもいちいち筆で書いたりしたら社内で噂になりまして。その後面白いことが起きました。お願いされて、女性に名前を書いてあげたらとても喜ばれて、感動して泣かれたりすることがあったんです。名前を書くだけでこんなに喜ばれるなら、早くNTTを辞めて始めないと60億人の名前は書ききれないぞ、と辞めることにしたんです(笑)。もう直感。それで辞めるとき、辞表も筆で書いたんですが、辞表の「辞」って「辛」が入るじゃないですが、辛いのは良くないと思って「幸」で出したんですが上司も気づかずそのまま受けとってもらえたんです(笑)。

山崎:
最初はストリートから始められたんですよね。

武田:
はい、たくさんの人の名前を書いてあげようと思ったのに、誰も来てくれない(笑)。今、思うと失敗の連続でした。でも、空気が読めないから、世の中でいう失敗とか成功とかがよくわからないわけです。ネガティブにもならない。目標もないし、比較もしない(笑)。

書道家・武田双雲

山崎:
強いですね。

武田:
若気の至りですけど、そのときの経験も今に生きています。当時から宇宙が大好きで、ヒマだからずっと宇宙のことを考えていて。量子力学が好きで原子核以下の世界だったり、4次元、5次元の世界がどうなっているか、なんて夢中で調べたり。妄想とは違うんですよね。夢物語ではなく、現実の話ですから。存在とは何か、意識とは何か、我とは何か、いろいろ考えましたね。

山崎:
私が子どもの頃は、宇宙といえば、ヤマトのイスカンダルでした。でも当時、人が行けたのは、せいぜい月まで。私が行ったのも地球から400キロ上空の世界です。それでも、重力を振り払っていくのは大変なんです。でも、意外なことに地球に戻ってきて、感動したのは重力の存在だったんです。紙1枚がなんて重いんだろう、と。

武田:
重力に感動するなんて、地球にいたら、ないですよね(笑)。

山崎:
無重力(正確には無重量状態)は想像していたんです。訓練でもたくさんやりますし、話も聞いていました。でも、戻ってきたらどうなるか、なんて誰も教えてくれない。重力があるって、こんな世界なんだ、としみじみと思ったんです。

武田:
無重力の感動よりも、重力の感動ですか。深いなぁ。訓練はどのくらいの期間あったんですか。厳しかったんですよね、きっと。

山崎:
ロケットに乗るまで11年間。実は自分がいつ飛ぶか、決まっているわけではないので、他の人のサポートをしながら、ずっと訓練をしています。サバイバル訓練もありましたね。不時着したときに生き延びられないといけないので、真冬の雪の中、3日間、宇宙船の中のモノだけを使って野宿をする、なんて訓練も。ロシアの宇宙船なら、そういうこともありえますから。

武田:
山崎さんは、知らなくてお会いしたら、綺麗な細いお姉さんという感じですから、サバイバル訓練なんて、まったく想像つかないです(笑)。

山崎:
不時着の訓練では、非常キットの中には、斧も入っていて、自分たちで木を切って薪をつくって火をおこしたり、パラシュートでテントを作ったり。泥臭いですよ。宇宙船といっても、60年代、70年代に作られたものは、本当に古いですし。逆に11年も訓練していましたから、飛び立つ前には怖さはありませんでした。早く行きたい気持ちのほうが強かったです。訓練では、パニックになるようなトラブルばかり経験させられていましたので、逆に本番のときは何もなくて、あっけない感じでした(笑)。

武田:
確かに斧を持ってのサバイバルなんて究極のリスクヘッジですもんね(笑)。

山崎:
ロケットはジェットコースターみたいにブンブン振られたりしませんし、ひたすらまっしぐら、8分30秒後には、あっという間にもう宇宙なんです。もちろん初めてでうれしいという気持ちがあるんですが、不思議なことに宇宙に着いたら、なつかしい感じがしたんですよね。遠いところに来たというより、ふるさとに来た感じ。なつかしい感じです。

武田:
たった8分で? 近所の公園に行くのにも、10分くらいかかるのに(笑)。

山崎:
はい(笑)。着いたらシートベルトを外して、窓に近づいて地球を見ました。不思議なことに、400キロも上に飛んできたのに、地球がそのとき真上に見えたんです。これが無重力かと思いました。そして、真っ暗な宇宙と青く光る地球のコントラストが、とても美しかったです。

最悪のパターンを冷静に考えてみると、どう考えてもそこまでは破綻しない

武田:
地球の大きさを感じられたでしょうね。何日いらっしゃったんですか。

宇宙飛行士・山崎直子
山崎:
15日間です。あっという間でした。国際宇宙ステーションから離脱するときは、やっぱりもっといたかった。寂しさもあって、みんなで抱き合って泣いたりしましたね。でも、離脱した後は気持ちが地球に向くので、早く家族に会いたい、帰りたいという気持ちでした。スペースシャトルでしたので、フロリダの滑走路に降り立ちました。降りてすぐは、重力の重さで、しばらくは真っすぐ立てないんです。1、2時間はふらふらしていました。戻ってきたときは、地球の緑など、それまで当たり前だったもの全てが美しいと思いましたね。

 

武田:
視点が変わる、ということですね。僕は振り返ってみると、常に研究者の目線でものごとを見ていたんです。NTT時代も、IT革命という技術の変化も面白かったけれど、おじさんたちの生態やタバコ部屋での愚痴や支店長のキレ方や集団心理も、極めて興味深いものでした。もともと好奇心が強いんです。だから、ストリートにいたときにも、地面に座ったら人がどう反応するか、なんて研究者的な目線を持っていました。

山崎:
そういうところから、素晴らしい作品が生まれてくるんでしょうね。

武田:
人の反応は作品になったりしますね。筆はずっと幼い頃から訓練していますから、語学でいえばネイティブなんです。そこに好奇心が加わると、表現したくなる。好奇心があると対象に引き寄せられて、書を通して反応すると感動が生まれて、感動すると人間はアウトプットするんです。アインシュタインの「E=mc2」という特殊相対性理論の式が好きなんですが、エネルギーが何かを引き寄せるんですね。そして新しい感動は新しい現実を引き寄せる。

山崎:
どんなことが感動をもたらしますか。

武田:
やっぱり人との出会いが大きいですね。自分と違う他人というものが、自分の中に新しい化学反応を呼んでくれます。

山崎:
ストリートの活動は順調に進んだのですか?

書道家・武田双雲武田:
いえ、最初は60億人もいるから、1人10円で名前を書いても600億円も入ってきちゃうな、やばいなと思っていたんですが、まったく発注がなくて(笑)。ただ、20代は空気も読めないし、人間社会のお金の概念にとらわれなかったのが良かったんだと思います。元々お金も使わないし、最悪の状況を考えても死ぬわけではない。でも、本当に運が良くて、ちょうどインターネットが盛り上がってきていた時期なので、ストリートで会った人との写真や書をホームページでアップしていたら、そこから取材が来るようになったんです。ちょうど貯金が底をつく頃に書道教室の生徒さんも増えていって。

山崎:
リスクマネジメントができていたんですね。

武田:
はい。最悪のパターンを冷静に考えてみると、どう考えてもそこまでは破綻しないんです(笑)。だったら、別にこのくらいは、と思えて。現実のほうが安全ですよね。でも、よく無邪気な目だね、子どものような目だね、と言われるんですが、その頃と今の僕はまったく何も変わっていないです。むしろ、どんどん幼くなっているかもしれません(笑)。

山崎:
自分の人生を生きてらっしゃるんですね。

武田:
上とか下とか、活躍してるとかしてないとか、犬から見たら、みんな「ワン」ですよ(笑)。人間社会における無意味な価値付けにはとらわれないですね。直子さんは、宇宙から戻った後は、大変だったんじゃないですか。それこそ、重力以上にメディアがいたりして(笑)。

山崎:
いえ、しばらくはアメリカにいましたので。アメリカでは、宇宙飛行士はけっこうたくさんいるので、普通なんです(笑)。むしろ、家の庭の草が伸びているじゃないの、なんて叱られたりして(笑)。

武田:
アメリカでは珍しくないんですね。でも、日本に戻ったら、すごかったでしょう。

山崎:
いえ、案外普通に過ごしていましたよ。近所で買い物に行ったり、普通に電車に乗ったりして。たまに「もしかして……」なんて声をかけられることがありました。でも、名前が思い出せないみたいなんですよね。だから「あの……宇宙の人ですか」なんて言われたり(笑)。

武田:
宇宙の人って、宇宙人かって(笑)。でも名前って、意外に覚えられないんですよね。よほど変わった名前でもないと。僕もよく、武田信玄さんとか言われます(笑)。「千の風になって」を歌ってください、とか、葉加瀬太郎さんですか、とか(笑)。世間はよく間違えますね。けどやっぱり宇宙飛行士って夢のあるお仕事だと思うんですが、何か辛かったこととか、ありますか。

山崎:
あえていえば、やっぱり飛ぶ前ですよね。私は11年かかったわけですが、飛ぶ人がアサインされるとき、その都度、名前が呼ばれるんです。そこで呼ばれないとやっぱりショックなわけです。このスペースシャトルで飛びたいな、と思ったのに名前が呼ばれなくて、というのを何度繰り返したか。そのたびに泣きました。やっぱり悔しいですよね。

武田:
それはもう、普通なら耐えられないレベルですよね。

山崎:
でも訓練は楽しかったんです。いろんな国に行って、宇宙船のことが学べたり。

武田:
宇宙好きにはたまらないですね。

山崎:
はい。だから、大変さや苦しさを乗り越えて、みたいな感じではないんですよ。

武田:
それ、よく分かります。日本人にはよく「耐える」「乗り越える」といった概念がありますが、直子さんや僕の頭の中には、そういう言語はないかもしれないですね。そういう文脈で、世の中の森羅万象に接していない。

山崎:
別に打たれ強いわけではありませんし、その時々悔しいことがあったりもしているのですが、どんな時も楽しめるように考えるようにしていますし、実際にやっていることは好きなことでとても楽しいんですよ。

大人の常識を押しつけず、信じて見守ってくれた両親

宇宙飛行士・山崎直子 × 書道家・武田双雲

武田:
どうしてこうなったんでしょうね(笑)。

山崎:
子どもの頃から、のんびり屋さんでした。虫をずっと見ていたり、セミが孵化しそうになるのをずっと布団かぶって見ていたり。

武田:
好奇心ですね。キュリオシティ(好奇心)が発動しているときって、耐えるとか、頑張るとか、そういう感じじゃないですもんね。

山崎:
人と比べることもない。

武田:
好奇心が発動しているときは、比較や競争や未来軸もない。目の前のことに入り込んで、好きなことをやっているだけだから。

山崎:
宇宙に行くまでの過程自体が楽しかったんです。

武田:
僕は人生で楽しくない時間はないんです。どうやったらつまんなくなるのか、教えてほしい(笑)。NTTの時も楽しんでいました。今もすごく楽しい。子どもを見てるだけでも楽しい。昨日も2歳の子どもが夜中の2時まで寝なかったんですが、ずっと見てられると思って「やった!」と思いました。妻はヤキモキしたかもしれませんが(笑)。

山崎:
ご両親の教育の影響も大きいんでしょうか。

武田:
振り返ると、父も母も感動屋でした。ひたすら感動を表現する両親。夕陽に感動しては大騒ぎして、夕食のキュウリに感動しては大騒ぎして。「こげんおいしかキュウリ、食べたこんなか!」なんて、昨日も同じキュウリを食べてたのに(笑)。

山崎:
素敵ですね。

武田:
いつも感動メガネのようなものをかけてるんですよ。だからそれが普通だと思っていた。でも今40代になって、ようやく世の中には我慢ばかりしている人がいるとわかったんです。

山崎:
私は普通の家庭でした。父は自衛官で、母は主婦で。ごく一般的です。教育方針もなかったし、家に図鑑がたくさんあった、とかでもなくて。おにぎりを持って野山に一緒に行ったりしていましたね。

武田:
いや、普通とおっしゃいますが、僕も両親は普通だと思っていたら、普通じゃなかった(笑)。普通の両親から、絶対に直子さんみたいな人、生まれないです。宇宙飛行士ですよ。もしかして、逆に何もしなかったんじゃないですか。まったく大人の社会をインストールしなかった。世の中はこういうものだとか、なまけたら鬼が来るとか、玉手箱を開けたらおじいちゃんになっちゃうとか(笑)。

山崎:
そうかもしれませんね。進路について何も言われませんでした。親も「よくわからないから自由にしなさい」と、放任主義でした。

武田:
そうじゃないと『銀河鉄道999』から東大や宇宙飛行士にそのままつながらない(笑)。親が社会を勝手にインストールしないって、実は普通じゃないんですよ。ほとんどいないと思います。世の中では「そんな難しいことは出来るわけがない」とか「現実を見なさい」という親がとても多いようです。直子さんの場合、そういう歪んだ常識が植え付けられてない気がするのですが…?

山崎:
ああ、そうかもしれないです。信じて見守ってくれていました。

武田:
僕もそうだったんです。だから好奇心の塊になれた。花はどうしてこんな形をしてるんだろう、水はどうして流れるんだろう……。なんでなんだろうと思うけど、答えは誰も言ってくれない。授業中、手ばかり上げてる子どもでした。野球の試合中も雲を眺めていて、ボールを取り損ねて監督に怒られたり(笑)。そんな中、中学3年のときに出会ったのが、アインシュタインについて書かれた漫画の本だったんです。相対性理論や宇宙の仕組みがわかりやすく書かれていて。一番印象に残ったのが、地球から直線で上がっていったらどこに行くかというと、ここに戻ってくるという(笑)。それから、宇宙物理学の最先端の情報にハマっていったんです。

山崎:
私も同じような話に興味を持ちましたね。天体望遠鏡で一番遠くまで見えるようになったら、見えたのが自分の頭だったという話で(笑)。

武田:
くるっと回っているんですよね。しかも宇宙って、妄想じゃないわけです。リアルなんです。それが面白い。アンドロメダ星雲も、ブラックホールもちゃんとある。しかも、最先端の科学者が毎回あんぐりするような新しい情報が毎年のように更新されていく。

山崎:
小さいときに見た『宇宙戦艦ヤマト』で出てきた、物質と反物質がぶつかってエネルギーになる、なんて当時はすっかりSFと思って見ていましたが、違うんですよね。まさに武田さんの仰るように、アインシュタインの「E=mc2」の式で表されているんだ、と感動しました。

武田:
現実ではありえない、ドンガラガッシャンなドラマが宇宙をめぐる界隈では日常的に普通に起こっているリアリティがある。直子さんが体験した、なつかしい感じとか、自我から開放された安堵感に包まれるとか、ものすごく興味があります。その安堵感を僕は書道家として表現したいです。アーティストとして、世の中の役に立ちたい。

山崎:
宇宙に関わる開発が社会の役に立つには長い時間がかかると思います。アインシュタインは相対性理論を作り、光のスピードに近づいて速くなるほど時間が遅くなって、空間は縮むと言いました。当時はそれが何になるのか分からなかったと思うんです。でも、今はGPSとかで実際に使われているんですよね。光までは行かないんですが、マッハで回っていて、一年間で数秒、時間が狂っていきます。それだと正確な位置を測れないので、相対性理論で補正しながら運用している。まさか100年後の世界でこんなふうに使われているなんて、アインシュタインも想像していなかったと思うんです。今、何か解明されていることが、100年後に使われるかもしれない。

武田:
僕らの予想しているのよりも、はるかに上回るスピードで、科学はこの現実にやってきていると思います。ロボットもAIもそうです。

人生はWonderが満ち溢れている

宇宙飛行士・山崎直子 × 書道家・武田双雲

山崎:
100年はかからないかもしれないですね。

武田:
昔100年かかったものが10年になって、それはやがて1年になるかもしれないです。あっという間にAIというものができてしまったし、想像を超えるアルゴリズムの二次曲線的な加速運動で情報革命が起きているので。この情報革命は本当に急スピード。そして、こればかりは人類、誰もコントロールできない。

山崎:
そうですね、たしかに。

武田:
いいことも悪いこともいっぱい起こると思います。だから、けっこう混乱の時期かな。人類史上なかったんじゃないでしょうか。だって、そもそも地球の外に行くとか、GPSを利用したグーグルマップとか、こんな時代、かつてなかった。国境というものの意味も問われています。今までの社会常識が、次のフェーズに入った感じがします。一次元、上がった感じではないでしょうか。

山崎:
いろいろな課題はあります。科学が進歩して起きたネガティブな面もありますね。それは、まだ科学が未熟なんだろうな、と私は思うんです。これがもっともっと加速して、本当に進歩していったら、たぶん成熟した、もうちょっと、いい社会になるのではないかと思います。まだ今は過渡期です。

武田:
人類は今ちょうど小学5年生くらいですかね(笑)。まだ使い方がわかっていないから、すぐケガするし、使い方も粗い。それが、ちょっとずつ大人になって社会を知っていけば変わっていく。科学も成長途中ということなんですね。

山崎:
そうですね。

武田:
科学技術を利用する側の人間の心の教育がより大切になってきますね。僕は今急スピードで情報革命が起きているからこそ、人類のプラットフォームになる、第一レイヤーの心を安定させることが大事なんじゃないかと思っていて。これが安定すれば、この上に乗っかる科学技術というものも安定するんじゃないかと。書道家としての活動もそうですが、僕の講演でも幸せになる、楽しくなる、をキーワードに物事をポジティブにとらえるための思考法や心の切り替え方をお伝えしています。どんなことも良い捉え方と悪い捉え方があって、結果はちょっとした考え方次第で変わるんだということをより多くの人に伝えたいですね。

山崎:
素敵ですね。武田さんの考えと少し繋がるかもしれませんが、私が講演会の最後にお伝えしているのは、ワンダフル、WONDERFULという言葉です。素晴らしいという意味の言葉ですが、これは“WONDER=未知なこと”が“FULL=たくさんある”という意味なんですね。わからないことは、恐れもあるけれど、楽しいことなんです。逆に道もひとつに決まっているわけではない。自分の人生、初めから決まっていないし、これから感動して、それこそ感じて動くことで、どんどん変わっていけるんです。人生こそワンダフル、素晴らしさが満ちているんです。

武田:
満ちている、とは安堵感でもありますね。満たされた心。ワクワクで満たされた状態。楽しい、冒険。いいですね。僕のアーティストメッセージって、感謝と楽しい、なんですが、まさに、ワンダフル!って言葉そのものかもしれない。

山崎:
面白いですね。書道家と宇宙飛行士って、ぜんぜん違うことやっているようで、行き着くところは一緒なのかもしれませんね。

武田:
ワンダフルって、日本語で「素晴らしい」ですよね。まさに「素」が「晴れている」ということ。ありのままが、すでに晴れている。世の中はすでにAll readyで(準備が出来ていて)愛に包まれているってこと?ワンダフルを素晴らしいと訳した人もすごい。それに素晴らしいって言葉は、改めて考えるとすごい言葉ですね。これ、考えた人、天才です。誰が最初に言ったのか。もうすでに好奇心がいっぱい。本当世界はWONDERFUL!

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【山崎直子氏プロフィール】
千葉県生まれ。1999年国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年認定。2004年ソユーズ宇宙船運航技術者、2006年スペースシャトル搭乗運用技術者の資格を取得。2010年、スペースシャトル・ディスカバリー号で宇宙へ。ISS組立補給ミッションSTS-131に従事した。2011年8月JAXA退職。内閣府宇宙政策委員会委員、日本宇宙少年団(YAC)アドバイザー、松戸市民会館名誉館長、立命館大学および女子美術大学客員教授などを務める。著書に「宇宙飛行士になる勉強法」(中央公論新社)、「夢をつなぐ」(角川書店)、「瑠璃色の星」(世界文化社)など。

武田双雲氏プロフィール】
熊本県生まれ。東京理科大学卒業後、NTTに就職。 約3年後に書道家として独立。NHK大河ドラマ「天地人」や世界遺産「平泉」、世界一のスパコン「京」など、数々の題字を手掛ける。独自の世界観で、全国で個展や講演活動を行っている。メディア出演も多数。主宰する書道教室には300名近くの門下生が通う。2013年度文化庁から文化交流使に任命され、ベトナム~インドネシアにて活動するなど、世界各国から様々なオファーが絶えない。作品集『たのしか』、『絆』、『ポジティブの教科書』など、著書は50冊を超える。母は、書道家の武田双葉氏

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――企画:土橋 昇平/取材・文:上阪徹/写真:三宅詩朗/編集:鈴木ちづる