2018年12月03日

死ぬ気で努力した経験が一度もない人には、わからない

中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談

中脇:
僕は行きたかった大学にことごとく落ちた人なんですよ(笑)。滑り止めの大学に入ったんですが、学校にはほとんど行かずに音楽ばかりやっていました。ちょうどバブルの時代。バンドをやってギターを弾いていたんですが、パーティーで演奏するとか、いろんな仕事があったんですね。あと、ヤマハでもギターを教えていて。それでそのまま、ヤマハと契約してギターの先生になったんです。そうしたら、当時、大ヒットを飛ばしていたプロデューサーから「東京でプロデューサーをやるといいよ。億、稼げるよ」と言われて。当時、30歳でした。でも、東京に行っても僕が制作した曲はぜんぜん売れなくて、人生で一番、貧乏な3年間をそれから過ごすことになるんです(笑)。ビリギャルの本の出版、きっかけはなんだったのですか?

小林:
ビリギャルの本が出たのは、私が大学を卒業して3年後なんです。みなさん、リアルタイムだと思われているんですが、実は違いました。どうしてそんなタイミングになったのかというと理由があります。実は我が家は、弟と妹が私に輪を掛けて、ダメダメになっちゃったんです(笑)。

中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談ずっと父に野球ばかりやらされていた弟は、激しくグレて学校を辞めてしまいました。妹は朝が苦手で、起きられなくて不登校になりました。でも、弟は家庭を持ち、妹はニュージーランドに3年間留学して、帰国子女枠で上智大学に入ったんですね。それで私の母が、本の著者だった塾の坪田信貴先生に、お礼の手紙を書いたんです。子どもが3人とも一時はダメダメになりましたから、母は周囲から非難されていましたが、先生だけは「お母さんの子育てはすばらしい」と励まし続けてくださっていたからです。それで先生は、手紙の返事に私との思い出の合格体験記を書き始めたんです。母に書いて送ってくださったんですが、面白く書けたからネットに出していいか、と母は聞かれて。そうしたら、これがバズって、出版社から本にしませんか、という話になったんです。私は大学を卒業してウエディングプランナーになって、このときは結婚退職して、フリーランスで仕事をしていました。本が出てショックだったのは、「これはウソの話なんじゃないか」と言われたことです。ネットに「あれはウソだ」と一生懸命書く人もたくさんいた。死ぬ気で努力した経験が一度もない人には、わからないんだと知りました。でも、成功している人はみなさん共感してくださるんですよね。だから、自分の経験をもっとたくさんの人に知ってもらいたい、と思うようになっていったんです。

中脇:
『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』はミリオンセラーの大ヒットでしたからね。世の中の関心が集まると色んなことを言う人が出てきますよね。

「いい作品とは売れた作品だ」という大きな気づき

中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談

中脇:
僕は30歳から3年間ほど、苦しい時代を過ごしたんですが、ひとつ転機がありましてね。音楽というのは、芸術としての側面もあるわけです。芸術というのは基本、自己表現なのです。つまり、売る事とは直接関係がない。僕が携わっていた曲は音楽的な技術にこだわって、業界内でも評判が良かったんです。でも、売れなかった。要するに、ユーザーとか、マーケットとかをまったく考えていなかったんです。そんなある時、新しいスタイルの音楽に関わる機会があり、このプロジェクトはトレンドをつかんでいる気がしたんです。しかし、「こんなものは売れるはずがない!」と会社から反対されました。それが大ヒットになった。こうなると、会社は手のひらを返すわけですね(笑)。しかも、売れると売れている人たちとテレビ番組やフェスやコンサートで接する機会が増える。そうすると、売れているチームの考え方がわかる。プロデューサーとして、これが大きな学びになりました。極めつけは、某日本で一番有名なアニメーション映画製作会社の主題歌の制作をさせて頂く機会を得たんです。その会社の敏腕プロデューサーに大変よくしていただいて、いろんなことを教わったんですが、彼が断言していたのが「いい作品とは売れた作品だ」でした。これは目からウロコでした。ものづくりとビジネスを切り離してしまう人は意外に多い。でも、切り離さずに考える人が成功していたんですね。ここから、どうやったら売れるようになるか、を考えていくんです。

小林:
中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談私の転機も、人との出会いです。坪田先生との出会い。私は中2でグレ始めるんですが、学校の先生が好きじゃなかった。みんな私をクズ扱いして、笑顔でしゃべりかけてくれた大人はいませんでした。今、振り返ると、どんだけグレてたのか、と思いますけど(笑)。エスカレーターで大学まで行ける私立だったんですが、大学は行かずに働こうと思っていました。上に進む推薦はやらないぞ、と脅されたりしていましたし。そんな時期に、弟がグレ出すんですね。母は心配して、弟のために塾の面談の予約をして、パンフレットをもらってきていたんですが、弟は「死んでもいかねぇ」と。それで私が「弟は来ませんよ」と言いに、塾に行ったんです。すぐに帰るつもりだったんですが、坪田先生にびっくりしてしまって。「金髪ヘソだしでそんなに高いヒールの靴をはいて塾に来た子は初めてだ、面白い」と言ってくれました。なんだこの大人は、と思いました。

私はなぜか楽しくて、気づいたら2時間も先生としゃべっていました。先生は私の話をちゃんと聞いてくれた。そんな大人は初めてだったんです。そうしたら、「君は面白い。東大に興味あるか」と。これは先生がいつも聞く質問なんです。多くの場合、「いやいや私には無理だから」とみんな言う。でも、私は「興味ねぇ」と言ったんです。だって、イケメンはいなさそうだったから(笑)。東大生なんて、本ばっかり読んでると思ったから。先生は思ったそうです。「この子、自己肯定感がスーパーあるな」と(笑)。それで何に対してワクワクするのか、見抜かれたんですね。キラキラした世界に憧れてる、と。次の言葉が「慶應ボーイって知ってるか」です(笑)。ちょうど嵐の櫻井翔くんが通っていて、イケメン多そうだな、と思って(笑)。「俺と一緒に頑張ろうか、明日から来られるか」と言われて、この人なら別の世界に連れていってくれるんじゃないかと思いました。好みのイケメンじゃないけど、毎日会ってもいいかな、と思った。それで親に相談せずに、塾に入るんです。高校2年のときです。

子どもが勉強が嫌いなのは、勉強ができないから

中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談

中脇:
人との出会いって大きいですよね。僕も、まさにその転機で変わるんですよ。好きな音楽をやっていても売れない。だから、売れるものを作ろう、と。実は独学で心理学も勉強していたので、自分でも少しずつ売れる作品を作る為の心の持ち方がわかり初めてきました。まわりの人は稼いでいて、どうして自分にお金がないのか。それはお金を儲けようと思ってないからだ、と当たり前の事に気づくんです。それまでは、シンガーソングライターのプロデュースが中心でした。詞や曲を自分で作る人たち。でも、この人たちの中には売れなくても自分のやりたいことがやれればいい、と考える人が多いんです。だったらアイドルをやってみたいなと思ったんです。アイドルなら売れそうな歌作ったら素直に歌ってくれるんじゃないか、なんて思ったんです。そこでやってきたのがPerfumeの仕事だったんです。

もちろん、彼女たちは我々スタッフが用意した曲を気持ちよく歌ってくれたんです。このときに改めて思ったのは、自分がちゃんとやりたい事を具体的に意識していないと、チャンスがいくら目の前にあってもつかまえられない、ということです。僕はその時売れる曲を作ろう、という意識があったから、そのチャンスが見えてきたんです。それで、Perfumeと中田ヤスタカさんと組み合わせるわけですが、正直ここまでブレイクするとは想像していませんでした。まだヒットの経験値がなかったからです。でも、きゃりーぱみゅぱみゅのときは確信がありました。成功し始めると、経験値が積み重なって、どんどんうまく行くんです。そんな中で僕が今一番大事しているのがコンセプトです。マーケットの中で、どんな座組みが有効か。チームを構成し、みんなでどうやって売れていくかを考えるのが、今の僕の仕事です。

小林:
中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談私は坪田先生との出会いから、勉強することが面白くなっていったんです。先生は、子どもたちがどうして勉強が嫌いなのか、シンプルな分析をしていました。それは、できないから嫌いなんです。だから、できるところから、やっていけばいいと。私は小学4年生のドリルまで戻りました。もう高校2年でしたから、さすがにこれはできる。そうしたら、「さやかちゃん、すごいじゃないか」と先生が褒めてくれて。そうすると、こんなんでいいんだ、と毎日、机に向かうようになった。そしたら、ますます褒めてくれる。1年かけてやるドリルを2週間でやったら、「君は天才だ」と言ってくれる。そうすると、もっとやりたくなる。毎日のノルマ以上のことをやるようになって、気づいたら1日15時間も勉強していて、知らないことをわかる感覚がどんどん楽しくなっていった。いつの間にか、学校の授業の学力も抜いていたんです。

夢の天井を作ってはいけない

小林:
本当にとんでもないことは起こるんだ、ということを知ってほしいんですよね。なんとかなるんだ、って。それを伝えていくのが、ビリギャルの使命だと思っているんです。

中脇:
中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談やっぱり天井を作らないことは大事ですよね。かつて年間で2000件くらいのアーティストを審査していた時代があります。正直、デビューできるかどうか、というのは、一目見ればわかります。華があるんですよ。オーラのようなものがある。でも、多くのケースは、デビューするだけで終わってしまうんですね。デビューが目的になってしまっている。人は自分がイメージ出来ない事は目指せない。だから、例えばよくやるのが、大きなライブ会場を見せることでした。次はこんな大きなところでやるんだぞ、とイメージさせる。そして会場をどんどん大きくしていく。それでイメージをステップアップさせる。実際、人はどんどんレベルアップしていけるんです。僕自身、学歴コンプレックスがありますが、今やそれこそ慶應義塾大学でとても有名な教授とご飯に行ったり、東大とも共同研究していたりする。そういうことが起こるんですよ。だから目標を問われたら、グラミー賞だと言っています。アメリカにも会社を作りました。意外に取れそうな気もしていて(笑)。そんなふうに考えていくと、ワクワクするじゃないですか。そのほうが、うまくいく気がするんです。

小林:
見ることは大事ですよね。スランプに陥ったとき、実際に目指している慶應大学を見に行きました。三田キャンパスに実際に行ってみて、ここに来たいと心から思いました。でも、入学したのは、湘南藤沢キャンパスだったんですけど(笑)。それと、私は人に言うのがいいと思っています。慶應に行くんだ、というのも、高校のとき言いふらしていました。みんなに呆れられて、笑われましたけど。でも、私は本気だった。もし合格できなければ、と考えて、そのくらい追い詰められたことは結果的に良かったと思う。少なくとも坪田先生と母は、必ず受かると信じてくれました。ピグマリオン効果ですよね。信じてくれる存在が近くにいること。先生は勉強を教えてくれるわけではないんです。調べ方を教えてくれ、効率的な方法を教えてくれる。そして毎日、声掛けしてくれた。これが、私のモチベーションを支えてくれた。逆に足を引っ張られるゴーレム効果もありました。バカにしたり、モチベーションを下げさせようとしたりする人がいた。それには、覚えていろよ、こんちくしょーと思うことにしていましたね(笑)

ビジョンを持っている人は、何物にも揺るがない

中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談

中脇:
大きな成功に必要なものって、実は欲の大きさなんじゃないか、と僕は思っているんです。お金が欲しい、と率直に思えるかどうか。そうはっきり思っている人のほうが、お金は入ってくると思うんです。いい音楽さえできればいい、お金儲けはカッコ悪い。そんなふうに思っていたら、やっぱりビジネスではうまくいかない。欲に素直になったほうがいいですよね。口に出すかどうかは別にして、心の中ははっきりさせる。理屈や言い訳で逃げようとしない。儲けたいと素直に思う。実際、テイラー・スウィフトにしても、音楽もカッコ良くて、とんでもなく稼いでいるわけです。あんなふうにはなれっこない、とか、自信がないとか、そういうことは考えない。絶対有名になる、世界一稼げるようになる、と思うことは自由ですからね(笑)。思ったらいいんです。それと、ひとり勝ちは実はできません。大きな結果は、たくさんの人の力があるからできる。一人だけでは勝てない。だから、結果的にまわりの人のこと、みんなのことを考えざる負えなくなる。これがまた、大きな成功を生み出してくれるんだと僕は思っています。

小林:
中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談こうなりたいと想像したり、具体的なビジョンを持つことは大事ですよね。ずっと笑われていたことが、本当に現実になるわけですものね。イチロー選手のインタビューを見たことがありますが、プロ野球選手を目指していることすら、笑われた時代があった。そしてメジャーリーガーを目指して笑われ、記録を更新しようとして笑われ。でも全部、実現したわけです。具体的なビジョンを持っている人は、何物にも揺るがないし、頑張れる。変わることができる。それこそギャルだった私が1日15時間勉強していた時代は、髪の毛を真っ黒に戻して、タバコの火で穴の開いたジャージで毎日、塾に行っていたんですから(笑)。ストレスで顔はブツブツだらけになって、どんどんブサイクになっていって。でも、それこそ欲はむしろかきたてられました。受かったあとの自分を見てろ!と思っていました。109で買い物して、合コンして、イケメンと付き合う。華々しくキャンパスに立つ。

坪田先生からは、こう言われていました。慶應に受かったら、まわりになんて言われると思う、と。私はみんな喜んでくれると思っていました。でも、「違う」と言われました。「アイツはもともと頭が良かったんだ」と言われるよ、と。逆に、同じだけ努力して実力つけたのに、当日、熱が出て力が出せずに落ちたら、どう言うか。「ほら、どうせ無理だったんだ」と言われる、と。人は結果からしか判断しないということです。なのに、死ぬ気で努力をした経験をした人は、どのくらいいるのか。多くないと思うんです。もし仮に慶應に行けなかったとしても、この経験は別の分野や道で必ず活きてくると先生に言われました。そのときは、わからなかった。でも、今はとてもよくわかります。

AI時代に活躍するには、もっと思い切ったことをやるべき

中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談

小林:
講演で全国を回っていてわかったことがあります。子どもたちに話をしようとすると、「どうせ本当は頭が良かったんだろ」という顔をしている。でも、開き直って話をしているうちに、子どもたちの顔がどんどん変わっていくんです。前のめりになって、目がギラギラしてくる。この人なら話せる、と思ってくれるのかもしれません。講演の後は、めちゃインスタのダイレクトメッセージが来ます。返事がもう大変なんですけど(笑)。「自分の夢はこうだった、今日思い出した」。「講演聞けて、人生が変わる気がする」……。こんな感想がめちゃ飛んでくる。やってみたら、何かが起こるかもしれないわけです。可能性はいっぱいあるのに、なぜやらないのか。もっともっと、可能性の大きさに気づいてほしいんです。

中脇:
僕は去年、東大とAIの研究をしました。音楽プロデューサーとしても講演をしますが、AIの話をすることもあるんですね。AIでいろんなことができるようになるんですが、これから必要になってくるのは、実は人間にしかできないクリエイティブなんです。そして人間というのは、大きな可能性をまだまだ秘めていると僕は考えています。僕は55歳ですけど、まだまだ伸びしろがあると自分で思っている。とっても貧乏だったり、大学受験に失敗して、それで今があるけれど、そんなに頑張った記憶もないんです。へらへら楽しんできた(笑)。それでも結果が出せたんだから、これからももっと上手くいくと思っているんです。いいイメージを持つことが大事なんです。グラミー賞を取れるかどうかはさておきとしても、5年後、10年後、今よりいい結果が出ていると思っている。日本人は、一度レールを引いてしまうと、そこから出ない人が多い。「いいよな、お前は好きなことをやれて」なんて同世代から言われることがありますが、「お前もやればいいじゃん」と思うわけです。それこそ、当たり前にできる仕事は、AIに取って代わられる可能性は高い。自分にしかできないこと、思い切ったことを、こんなふうになっていたいと思うことを、何かしらやっていったほうがいいと僕は思っています。

小林:
私は全国の学校で講演をしていますが、講演を聞いた子どもたちだけが変わっても意味がないと思っていて。親御さんやまわりの人たちも変わらないといけない。家に帰ってきたお父さんやお母さんが、社会なんてクソだ、会社はバカだ、上司はアホだ、給料は少ない、仕事は面白くない、なんてグチばっかり言っていたら、子どもたちが頑張れるわけがない。人に恵まれて、仕事も面白いし、人生楽しくてしょうがないよ、という人がお父さんやお母さんだったら、こんな人になろう、と子供も思うし、どんな仕事に就いたらいいか、興味もわく。大人になったら楽しそう、と思ったら、子どもたちは勝手に勉強し始めるんです。子どもたちの未来を変えるには、大人たちが変わらないといけないんです。幸いなことに、ビリギャルの私だったら、親でも先生でも子どもたちでも、こういう話をしても角が立たないんですよね(笑)。

中脇:
中脇:なるほど(笑)。

小林:
大人がイキイキワクワクしていないと、子どもたちは明るくならない。もし何でも願いが叶うプラチナチケットがあったら、何に使いますか、って親御さんに問いかけたい。子どものためでなく、自分のために使う。何でもいいんです。でも、そこで自分が何に対してワクワクできるかがわかる。子どもに英才教育を与えようとするのもいいけど、もっと大人のワクワクドキドキを子供に伝えてほしい。子どもたちは、それを待っている気がします。AIやロボットの時代には、これまでの何十年の常識なんて、すっかり変わっていくと思います。だから、必要なのは古い常識なんかじゃない。自分の頭で考える力です。

中脇雅裕氏×小林さやか氏/講演依頼.com特別対談

――企画:土橋 昇平、辻本翔人/取材・文:上阪徹/写真:三宅詩朗/編集:鈴木ちづる