No.08 野村忠宏 / 読む講演会 クローズアップパートナーNo.08 野村忠宏 /“読む講演会”クローズアップパートナー

弱かった自分は、なぜ強くなることができたのか No.08 元柔道五輪金メダリスト 野村忠宏

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3連覇の後も、やめる気はまったくしなかった

アテネオリンピックは2004年の夏。アテネの舞台に立った時、もう29歳でした。多くの怪我も抱えていました。体力的には衰えている部分もあった。でも、負ける気はしなかったんです。シドニーオリンピックとアテネオリンピックの野村、どっちが強いか。今冷静な目で見たら、圧倒的に強いのはシドニーです。でも、その時不思議な感覚があって、シドニーの時よりもアテネの時の方が強い柔道ができています。それまでの苦しみが大きな自信になっていた。自信は、伝わるんです。例えば柔道以外の競技を見ていても、勝てそうな選手とか、この選手いつもと違うな、ちょっと不安そうだって、見ててわかるじゃないですか。そういうものって伝わっていくんです。オリンピックの3連覇、それぞれ大きな喜びはあるんですけども、やはり自分が見てきた世界、乗り越えたものを考えた時には、このアテネオリンピックは、自分にとってものすごく重たいメダルになりました。

30代中盤ぐらいになった時には、もう自分は世界一になれる選手じゃないと自覚しました。それぐらい怪我も増えたし、自分の弱さも感じるようになった。その弱さは受け入れたけど、結局それでも、今まで柔道にかけてきた時間は本物、そして磨いてきた技も本物。だから体力的な体の部分は落ちてきたけど、この落ちてきた体の中で磨いてきた本物の技術を上手く融合させて、今自分でできる最高の柔道を作り上げたい。それで勝負していきたい、という気持ちは変わらなかったです。

自分自身のために、一歩前に出られる人間に

No.08 野村忠宏

若い選手によく言うんです。目標がある以上、努力するのは当たり前。世界中の人間、目標持ってる人間は努力している。だから努力を認めて欲しいとか、努力を評価して欲しいというのは間違いです。努力するのは当たり前。そういう世界です。その中でプロなんだから、結果を出した人間が初めて認めてもらえる。だからプロセスに重きを置くんじゃなく、あくまでも結果を出すために何をしなきゃいけないのかというのを考えなきゃいけない。正直、自分は最後は勝てることが少なかったから、プロとしては失格かもしれない。ただ勝負に対しての甘さというのは、自分にはなかったと思います。そういう自分の経験を伝えながら、8月に引退してから、リオオリンピックのキャスターとしての仕事もしました。あとは海外に柔道を教えに行ったりもしています。

フランスにも教えに行きました。日本の柔道人口は15万人と言われていますが、フランスは60万人と言われています。日本の4倍。そのフランス人の大半は、子どもが柔道をしているんです。なんでこんなに子どもが柔道しているのか聞いたところ、フランスは、いろんな人種がいるんですね。宗教とか文化とか様々なんです。だから学校教育の中で、日本でいう道徳などの人間教育ができないらしいんです、宗教・文化の違いがあって。その部分を担っているのが、町道場なんです。道場に柔道着で来て、畳に上がれば、宗教も、年齢も、性別も、皮膚の色も、何も関係ない。畳に上がればみんな一緒。その中で柔道を通して、教育的な部分を学んでいく。「私達は柔道を信頼しているんです」と言われました。それだけ柔道が、フランスで受け入れられているんです。

嬉しかった。やはりプロの世界は勝つのも大事。でも、最終的に一番大事なのは、信頼されるということなんだと思いました。私も今まで競技者として一筋でやってきたから、信頼される人間かどうかわかりません。これからまだまだ学んでいかなきゃいけないことがいっぱいあるし、変わっていかなきゃいけない、成長しなきゃいけない部分もいっぱいありますが、信頼される人間であらなきゃいけないと思いました。そして自分を高めていく、新しい自分を作っていくために、どんどんチャレンジしていかなきゃいけない。そう思っています。

時には立ち止まることも必要です。時には後ろを向くことも必要です。でも、最後は自分自身のために、一歩前に出られる人間でありましょう。そういう気持ちで頑張っていきましょう。今日はどうもありがとうございました。

(文:上阪徹)

プロフィール

野村忠宏/  元柔道五輪金メダリスト

柔道家。1974年奈良県生まれ。祖父は柔道場「豊徳館」館長、父は天理高校柔道部元監督という柔道一家に育つ。アトランタ、シドニー、アテネオリンピックで柔道史上初、また全競技を通じてアジア人初となるオリンピック三連覇を達成する。その後、たび重なる怪我と闘いながらも、さらなる高みを目指して現役を続行。2015年8月29日、全日本実業柔道個人選手権大会を最後に、40歳で現役を引退。ミキハウス所属。

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