
障がいというハンデを持ちながらも、夢を追い続け挑戦をする姿。
その姿は私たちに多くの感動と気づきを与えてくれます。
弊社にも「『壁を乗り越えて生きること』について講演してほしい」と、
障がいを持ちながらも夢を叶えた講師の方々への依頼が増えています。
挑戦し続ける精神力、周囲の支え、社会のあるべき姿など、多くの学びを得ることのできる講演です。
※各講師における講演お問合せは、それぞれの講師詳細プロフィールの中にある、「候補に入れる」ボタンをクリック後、
掲載される入力フォームに連絡先等をご記入、ご送信頂けますようお願い致します。追って担当者が連絡致します。
●講演テーマ
「車椅子からの出発」
82年度ミス・インターナショナル準日本代表に選出。83年上京し、ファッションモデルとして活躍。84年交通事故で頸椎を骨折し、車イス生活を余儀なくされる。86年結婚。著書は、「車椅子の花嫁」として、テレビドラマ化。また、障害者スポーツでも国体などで好成績を収めている。現在は、執筆・講演活動のほか、洋服メーカーのモデルとアドバイザー、企業のバリアフリーのアドバイスを行っている。
●講演テーマ
「歩き出すのは自分次第」
20歳で直面した失明という現実を、障害や欠損として受け止めるのではなくそこから生まれる新たな可能性を見出した盲目のヴァイオリニスト。<ヴァイオリンを弾きながら歌う>という独自のスタイルを確立し、全国各地で音楽活動を展開している。その生命力あふれる演奏を目にした人たちからは「ヴァイオリンのイメージが180度変わった」など、驚嘆の声がよせられている。
●講演テーマ
「みんなちがって、みんないい」
全盲・天涯孤独の逆境を乗り越え、自分を救った音楽の素晴らしさを伝え、荒廃する青少年の心に「オンリーワンの人生を大切に」と呼びかけるコンサートを展開。心を打つ話と歌に教育関係、企業、団体等から公演依頼が相次いでいる。その他、多数のメディアで紹介され、戦後の沖縄に生まれたアーティストとして 世界平和へのメッセージを発信し続けている。
●講演テーマ
「障害を持っても前向きに生きること」
サッカーの名門・韮崎高校にて2年連続全国大会準優勝。黄金期のエースとして、その名を轟かせるが、高校卒業後、交通事故に遭い、脊髄を損傷、下半身不随に。その後、県庁に9年間勤めたが、サッカーへの熱い思いが募り、スペインへ留学を決意。バルセロナ滞在の5年間でサッカーコーチングを学ぶ。現在は講演活動や執筆活動など多方面で活躍する傍ら、サッカー史上初の車いす監督を目指す。
●講演テーマ
「津軽三味線とわたし」
視覚障害をものともせず、津軽三味線全国大会チャンピオン三連覇を成し遂げ、全国で演奏活動中。講演は、津軽三味線にかける熱い思いと共に歩んできた人生を履歴とともに語り、今後の新たなる目標や夢、視覚障害者の立場から社会に対する心のメッセージで締めくくる。また演奏では、津軽地方の古典曲と自身のオリジナル曲を、その歴史や聞き所を説明しながら披露する。
●講演テーマ
「夢って かなう」
長崎県生まれ。平塚養護学校・高等部卒業後、映画監督・木下恵介氏に師事。1999年、短編小説集『涼子~Hello my love~』出版し、2001年、小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。その他、ダウン症で肺が弱く、1歳2ヶ月で亡くなった長男の闘病記『もう一度、抱きしめたい』などを執筆。現在作家として、子育てをしながら異色のバリアフリー論を新聞・雑誌などに発表。重度の脳性マヒ、障害者手帳1級。

●講演テーマ
「夢追いかけて」
生まれつき左目の視力が無く、少しだけ見えていた右目も15歳で完全に光を失う。幼い頃からの二つの夢は、教師になること、そして水泳で世界一になること。目が見えないから何もできないとは思わず、どうやったら夢を叶えることができるのか、真剣に、前向きに取り組んでいき、周りの支えもありながら、二つの夢を実現。08北京オリンピックでパラリンピック競技における日本人メダル獲得数最多となる。
●講演テーマ
「片足切断からの復活」
高校時代、ハンドボールの選手として活躍。しかし高校3年の時、交通事故で右足を膝下11cmを残し切断。リハビリの一環で始めた走り高跳びで頭角を現し、数々の国際大会で好成績を収め、05年には世界ランク2位に。日本で初めての「義足のプロアスリート」となり先鞭をつけた。また一方で、健常者の一般大会へ出場し6位に入賞するなど、スポーツにおける「バリアフリー」を追求し、体現し続けている。
●講演テーマ
「どうせ生きるなら」
高校1年の時、バイク事故を起こし、脊髄損傷により車椅子生活となる。退院後、即車椅子レースの世界へ。94年ボストンマラソンを皮切りに世界各国のレースに出場。96年大分国際マラソンでは日本人初の総合2位を果たし、名実ともに世界のトップアスリートとなる。また、プロとしての活動の傍ら、選手育成や車いすレース普及や、健常者マラソンと車いすレースの融合できる大会を目指し活動中。
●講演テーマ
「夢を持つことの大切さ」
小学校2年からサッカーを始め、91年にジェフ市原とプロ契約。93年、交通事故により脊髄損傷、車椅子生活になる。94年に千葉ホークスに入り、車椅子バスケ選手としてスタート。00年シドニーパラリンピックから日本代表に。08年北京パラリンピックでは、日本選手団の主将も務める。障害者スポーツを多くの人たちに広めるため、「夢」「出会い」「感謝」をテーマに全国で講演会を行っている。
●講演テーマ
「夢を跳ぶ」
早稲田大学在学中、01年、骨肉腫を発症。02年に右足膝下を切断し、義足の生活に。治療とリハビリを経て、03年1月からスポーツを再開し、走り幅跳びでアテネパラリンピックへ出場し、9位に。06年のワールドカップでは銅メダルを獲得するなど、実績を重ねながら、北京への切符を掴み、連続出場を果たし、6位へ入賞。現在も、仕事をしながら、次のパラリンピックに向けて挑戦を続けている。
●講演テーマ
「GET THE GOLD MEDAL!No.1にこだわる」
9歳の時に脊髄腫瘍を発病し車いす-生活を送ることとなる。2年後、車いすテニスと出会い、17歳の時に、丸山弘道氏(現コーチ:TTC)の指導を受け始め、本格的に競技レベルへ転向。数々の大会を制し、08年北京パラリンピックでは、シングルス金メダル、ダブルス銅メダルを獲得。09年には車いすテニス選手として日本初のプロ転向を宣言。講演では、世界1位にこだわり続ける情熱と思考法を熱く語る。

●講演テーマ
「人生は一番でなくてもいい〜生まれてきてくれてありがとう〜」
トラック競技からマラソンへ転向し、日本を代表するランナーとして活躍。現役引退後、結婚し次男が重い心臓病とダウン症と診断される。講演では、その事実を受け入れるまでの苦悩や葛藤、また、子どものひたむきな姿から学んだ「一番大切なこと」、また夫との二人三脚での子育て奮闘記を語り、毎回感動と共感を呼んでいる。
●講演テーマ
「子育てとライフスタイル」
ファッション誌「VERY」に毎月モデルとして誌面を飾り、その中で連載ももつ。読者から絶大な支持を得て、モデルママとして活躍。また、3つ子の母で、そのうち2人が脳性麻痺の障がいを持つ。従来の障がい者用装具に満足できず、装具プロデューサーとしても活躍。現在は、障がいを持つ子供達や障がいを持っている方々がより幸せな人生を送ることを願い、多方面で提言を続けている
●講演テーマ
「私はもう逃げない〜自閉症の弟から教えられたこと」
数々のメディアで活躍する一方、著作『私はもう逃げない−自閉症の弟から教えられたこと−』(講談社)の出版を機に、自身の弟が自閉症であることを告白。 家族の絆、障害者福祉、命の大切さ、教育について、さらに美容や健康など、幅広い分野の講演を行う。その他にも執筆活動や「日本酒スタイリスト」として日本酒の普及活動にも力を注ぐ。

●講演テーマ
「企業の障がい者雇用 課題と解決への道」
生まれつき「網膜色素変性症」という難病を持つ。日本で唯一、視覚障がい者でありながら社会福祉士の資格を保有し、障がい者雇用支援事業に従事、これまでに300社を超える支援実績を持つ。単なる障がい者雇用コンサルティングではなく、障がい者ならではの視点から現場や障がい者自身の視点に立った提案に定評がある。社会全体への啓発活動として、年間に50以上の講演や研修を行う。
●講演テーマ
「地域における障害者の雇用創出にむけて授産施設のマーケティング・ビジネスセミナー」
オーガニック化粧品ブランド「アグロナチュラ」をゼロから立上げ、現在も福祉とビジネスの融合を目指す世界ブランド展開中。事業家そしてコンサルタントとして大きな支持を集めている。経営理論と現場の乖離を埋め、自ら事業を成功させてきた手島氏が語る「モノを売ること」の根本を問い直す「自らを知ること 売れる仕組みづくりとは」は、必聴である。
●講演テーマ
「企業のCSRとダイバーシティープログラム」
中学生の時、同性愛者であると気づくが、誰にも言えずに悩みながら思春期を過ごす。大学時代にインターネットで「同じ仲間」の存在に気づき、同性愛に関する正確な情報を提供する「すこたん企画」に参加し活動する。現在は、男性同性愛者の当事者がつながるための「ピアフレンズ」の代表を務める。またNHK「ハートをつなごう」などのメディア出演や全国の学校、企業などでの講演活動を行っている。
※この他、多数の講師にご登録を頂いておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
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