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1932年 |
青森市に生まれる。 |
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1956年 |
北海道大学獣医学部卒業。 |
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同大学卒業後、同大学獣医学部薬理学教室教官助手となる。 |
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1962年 |
アメリカ世界プロスキー協会 (IPSRA) の会員となり、アメリカ・プロスキーレースで活躍。 ::1964年:イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加し、時速172.084の世界新記録樹立。::1966年:映画「富士山直滑降」にて、富士山直滑降(スキー界で初のパラシュートブレーキを使用)。オーストラリア大陸最高峰 Mt. コジアスコ(2,245m) 滑降。ニュージーランド政府より招待、タスマン氷河等を滑降。 |
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1967年 |
北米大陸最高峰 Mt.マッキンレー(アラスカ 6,194m)を滑降。映画「スキー野郎氷河大滑降」にて、ニュージーランド・タスマン氷河滑降。::1968年:メキシコ最高峰、ポポカテペトルの初滑降樹立。::1969年:南米パイネ山の初滑降樹立。日本エベレストスキー探検隊を編成し、隊長としてエベレスト偵察。::1970年:映画「エベレスト大滑降」にて、アジア大陸最高峰 Mt.エベレスト、サウスコル8,000m世界最高地点 スキー滑降(ギネスブックに載る)。::1971年:スペイン山岳会より招待。スペイン・スポーツ英雄大賞受賞。スペイン山岳会名誉会員となる。イタリア山岳会より招待。世界山岳探検会議の特別会員となる。 |
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1972年 |
第1回アラスカ少年少女探検学校校長としてアラスカへ(以後 1984年まで毎年8月アラスカへ)。::1973年:青森大学教授となる。自然スポーツ研究所を設立。::1974年:フランス政府観光局より招待。フランスアルプスのスキー場映画製作。総理府青少年問題審議会委員となる。「エベレストの回想」のため、父(敬三)をはじめ三浦一家ヒマラヤ遠征。::1975年:カナダ、トルード首相より家族6名招待。カナダの山々を滑る。::1976年:映画「THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST」が、長編記録映画部門でアカデミー賞を受賞。各国語版に翻訳され、現在も世界各国で上映されている。アメリカ、ワシントン州名誉市民となる::1977年:南極でスキー滑降。南極大陸遠征記録映画でニューヨーク映画祭ゴールデンイーグル大賞を受賞。 |
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1978年 |
北極圏最高峰バーボーピーク(2,604m)滑降。::1981年:アフリカ大陸最高峰Mt.キリマンジャロ、タンザニア(5,895m)、親子3代での登頂及びスキー滑降に成功。::1983年:南極大陸最高峰 Mt.ビンソン・マッシフ(5,140m)、登頂及びスキー滑降。::1984年:フランス「国際探検映画祭」の審査委員。さらに今までの功績を認められ、「冒険探検特別賞」を受賞。 |
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1985年 |
ヨーロッパ大陸最高峰Mt.エルブルース、ソ連(5,633m)登頂及びスキー滑降(家族で挑戦)。南米大陸最高峰Mt.アコンカグア、アルゼンチン(6,959m)登頂及びスキー滑降。長男、雄太との親子チャレンジに成功。この成功により、世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成した。::1987年:日本プロスキー連盟設立、会長となる。 ::1990年:(社)日本職業スキー教師協会(SIA)の顧問に就任。日本プロモーグルスキー協会の会長に就任。 |
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1991年 |
東京にて「ザ・マウンテンサミット」を大会実行委員長として開催。大会開催中には皇太子殿下並びに秋篠宮殿下の御臨席をいただいた。::1997年:NHK−BS「世界我が心の旅」ヒマラヤ、エベレストベースキャンプ。::2000年:ヒマラヤゴーキョピーク (5,360m) をクラーク国際高等学校の高校生5名を連れて登頂。 |
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2001年 |
4月 ヒマラヤ メラピーク(6,476m)へ登頂及び山頂直下よりスキー滑降。また遠征に同行したクラーク国際高等学校の大矢洋(17歳)は同山峰と日本における最高標高登山の最年少記録を樹立。::2001年11月:ヒマラヤアイランドピーク(6186m)登頂。 |
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2002年 |
4月 ヒマラヤパルチャモ山(6187m)登頂。::2002年5月:世界第6座 ヒマラヤ チョー・オユー山(8201m)を次男豪太とともに登頂。当時の8000メートル峰登頂世界最高年齢記録(69歳6ヶ月)。 |
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2003年 |
5月22日 世界最高峰エベレスト山(8848m)、次男豪太とともに登頂。エベレスト登頂最高年齢記録(70歳223日)及び、日本人初親子同時登頂記録を樹立。
2003年上記功労により青森名誉県民賞、北海道功労賞、内閣総理大臣表彰、 フランス政府スポーツ青少年功労賞金賞、ネパール王国叙勲 他受賞 2004年3月 父(敬三)100歳、子供たち、及び孫(里緒5歳、雄輝1歳)の100歳から1歳の親子で、アメリカのロッキー山脈をスキー滑降 2006年5月 次男、豪太とともに世界第14座 ヒマラヤ シシャパンマ山(8027m)へ遠征。標高7000メートルまで登攀し、 2008年のエベレスト(チョモランマ)挑戦へ向けてのコンディショニング・トレーニングを行う。 2008年5月、世界最高峰エベレスト山(8848m)の登頂に成功(2回目)。 |
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