濱宮 郷詞

 
はまみや さとし
濱宮 郷詞
コラムニスト
作家・絵本作家
講演会講師、会社員、オフィス濱宮郷詞代表
バリアフリーアドバイザー、障害者手帳一種一級
候補に入れる参考ページあり

講演ジャンル


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モチベーション 挑戦
人生 家族
人生 経験・体験談
人権・福祉 ボランティア
人権・福祉 介護


■コメント



 「何故、自分だけが、寝たきりに・・・」 毎日、死ぬ事ばかり考えていた。
そんな時、あなたと出逢い、あなたがそばに来てくれた時、生きる事に決めたんだ。
あなたが与えてくれた命。 目の前には 「無限の可能性」 という青空が広がった。
ありがとう・・・。

5才の時に目の前で父親が倒れ死亡。母子家庭で育ち、中学では、サッカー、棒高跳びで県優勝。 高校2年で県記録樹立。 陸上競技棒高跳び日本高校記録にもう少しのところで怪我。 そして、寝たきり状態に・・・。

その後自殺を考え、しかし、皆の協力により無事復学、卒業。 母の再婚により、義父と姉の衝突。 姉の家出。 その後、自力で仕事も見つけ、見事就職。 義父は癌に侵され入院。 母親を励まし続け見舞いもこなす。 現在の妻と出会い、障害者と健常者との恋愛、そして、結婚。

結婚承諾時の義父の言葉。(妻の父)
「人間は身体が不自由な事よりも、心の不自由な方が問題だよ・・・」

結婚3年目、妻が舌腫瘍の為入院。 自力で生活できない身体。 入院中の妻に「自ら頑張る姿」を見せる事で励まそうと死を覚悟で一人暮らし。 ボランティアに支えられ、仕事、妻の見舞い等をこなし妻は無事退院。

1000g、1200g、1500gの3つ子が産まれ、重度障害者で父親、育児。子ども達は未熟児の為、眼が・・・。 そんな時、真夜中に実家の火事。 両親のために実家を再建。義弟の結婚式に向かう途中、高速道路で追突事故に巻き込まれたが、家族全員奇跡的に無傷。

 義父の癌再発。 母、姉、姪を励ましながら入院費用のやりくり、見舞い、そして決して家族へのふれ愛も忘れない。 現在はサラリーマンのかたわら各地で講演を頼まれる。 不動産賃貸管理業、コンピュータシステム管理業、ペット共済代理店等すべて一人でこなす。

幾多の困難に遭遇しても、
「僕の人生面白いですよ!」 と、笑い飛ばす車椅子の熱風講師。

 皆さん・・・、 「運命って何ですか? 幸せってなんですか?」
どんな苦難も真正面で受け止め、乗り越えた時はとても気持ち良いものですよ。

そして・・・、その後には幸せが待っているものなのです。

「涙、笑、心」あり、あっという間の90分です。
感動のフィナーレは、いつまでも拍手喝采鳴り止みません。

■■ 濱宮郷詞からのおことわり ■■
●講演の雰囲気が立体的に伝わるよう色々な情報をお伝えしております。
あらかじめご理解下さい。

●このページに掲載されている講演会の雰囲気を表す言葉や内容は、実際に主催者に頂いた言葉や感想に基づいたもので、すべて真実のものです。

■好評の理由は凝縮された中身にあるようです。
●モチベーション/やる気、勇気、元気、情熱、挑戦、あきらめない、自分に負けない強さ
●自分を見つめ直す/自分の生き様、親としての生き方、子から見た親の生き様、子供へのしつけ、発想の転換
●心揺さぶられる/思いやり、助け合い、心の貧しさ、困難に立ち向かう強さ
●考えさせられる/学校教育、家庭教育、心の教育、子供の聴きたい話、人として、企業人として

■講演後の主催者/聴衆者からのメール
●聞かせたい人が居るので講演予定を教えて欲しいとの声あり!大成功ありがとうございました。/青年会議所・例会
●「昨日を悔やまず、今日を大切に、明日前向きに生きる」気持ちを大切にしたい。/教育委員会・生涯学習式典
●私は数多くの講演を拝聴していますが、最近拝聴した講演でピカイチ、感動しました!/企業セミナー
●「負けずにがんばろう!」って思えると思います。/福祉団体・ボランティア事業
●自分ひとりでお聞きするのではなく、家族でお聞きできればよかった。/病院・記念式典
●今まで何年も人権セミナーを聞きましたが、今回ほどいい話を聞けてよかった!/人権教育セミナー
●本当に、すごいですね。理屈ぬきすごい!/保育園連合会・子育て
●「今日の講演のお話は、よかったよ」という参加者の声が嬉しかった!/社協・福祉祭り
●「何で講演を聴かなくちゃいけないんだ!」といっていた息子も感動!同じ講演会を聞いたことで、親子の会話が増えました。/学校・PTA・総合学習



■経 歴



1978年 神奈川県中学総合体育大会 サッカーの部 優勝
神奈川県中学総合体育大会 陸上競技 棒高跳 優勝
市スポーツ賞受賞
1979年 全国国民体育大会 入賞
1980-1981年 連続
市よりスポーツの活躍を表彰される
陸上競技 棒高跳 神奈川県高校記録樹立
神奈川県総合体育大会 陸上競技 棒高跳 優勝
1981年 棒高跳練習中落下、第5頚椎を損傷その後車椅子生活になる
高校 休学 リハビリテーションを始める
1982-1986年 椅子にて復学、卒業
高校卒業後、再リハビリテーション、職業リハビリテーション
1986年 就職
1990年 結婚
1992年 全国身体障害者スポーツ大会 山形大会 ビーンズバック投げ銀メダル
1996年 神奈川県福祉政策課より県、初の試みで「<漫画>にしたい」と要請有「漫画」完成
TVKテレビ 「話しの市場神奈川」出演
1998年 長男、長女、次女 3つ子生まれる
全国身体障害者スポーツ大会 神奈川大会 ビーンズバック投げ銀メダル
2001年 NTVテレビ 「24時間TVチャリティリポート」出演
その他取材多数、講演実績は過去150以上多数 



■専門分野



数奇な運命を経験し、その逆境を撥ね返すパワーの実話が、企業、教育、医療、行政、福祉、その他団体等、幅広い分野で大好評!



■講演テーマ



「困難を乗越え強く生きる」 〜人と人助け合う心、人間として最も大切なこと〜
私、昭和56年に棒高跳びにて首の骨を折り、車椅子生活をしております。 足はもちろん、手も自由には動かず、手の指も動かない1種1級の重度障害者です。当時、私は高校3年生でした。
神奈川県棒高跳び高校記録を樹立し、新聞などで記録への期待をされていましたが、運悪く神奈川県総合体育大会の練習中に落下、首の骨を折り、車椅子の生活となってしまったのです。
怪我をしたショックから、立ち直ることの出来ない私は、重度障害者として生きる希望も無く、自殺を考える毎日だったのです。しかし、そんな私も今では妻と3つ子の父親です。家族を養えるほどに立ち直りました。それも、妻を含め色々な人々が私に手を貸してくれたおかげです。私は講演を通して、寝たきりから立ち直ることの出来た自分の姿を多くの人に見てもらたい。 そして、皆さんに何かを感じてもらえたらと願います。
結婚の承諾の時、妻の父に言われました。 
「濱宮くん・・・人間は身体が不自由な事よりも、心が貧しい方が問題だよ・・・」
「今の世の中そういう人間が多いじゃないか。その方がよっぽど問題だよ・・・」
それでは、ここで皆さんに当てはめてみて下さい。
心が不自由って何ですか? 心が貧しいって何ですか?
「自分勝手、暴力、使いっぱしり、いじめ、いやがらせ、社会的ルールを守れない・・・」
あなたは心が貧しくありませんか?
・・・と、この話をすると、必ず、ドキッとする人がいるんです。
これをお読み頂いている方の中にもドキッとした人がいるんです。
皆さんは、「体が不自由な私をかわいそう」と思ったと思います。
しかし、皆さんの中には「もっとかわいそうな心が貧しい人」がいるんです。

「今を自分らしく生きる!」 〜短所は長所なり!考え方を変えましょう〜
 皆さん、顔の前に「握拳」を出してみて下さい。
皆さんから見た「握拳」、相手から見た「握拳」、そして、横から見た「握拳」。あなたのたったひとつの「握拳」でも、見る角度を変えるだけで色々な形に見えます。そして、今度は隣の人の「握拳」を見て下さい。「握拳」ひとつでも、「大きいのやら、小さなもの」、色々な握拳があるんです。
物を見る時、考える時、ひとつの物を一定方向からだけ見るのでなく、多方面からも見ること、「物事を固定観念にとらわれず、柔軟にとらえる考え方」が、「物作りや人間教育、ビジネスシーンや生き方に必要」なのです。
いつまでも短所の自分をくよくよ見つめず、短所を違う方向から見るのです。
ほらっ長所に変わったでしょ! 今を自分らしく見つめる考え方が大切なのです。
「昨日を悔やまず、今日を大切に、明日に前向きに生きる」
私から皆さんへこの言葉をお伝えします!

「家族愛」 〜母子家庭から得た家族愛、3つ子からもらった家族愛〜
 子供達は・・・
指も動かず何もしてあげられない私のことを「パパ」と言って抱きついてきてくれます・・・
あなたにとって・・・   「家族ってなんですか?」「家族の幸せって何ですか?」
どんな人間であれ・・・ 彼等にとっては「この世にたった一人の父親」なんです・・・。
指が動かない私は、薬を飲ませるとき、袋を口で銜えて、そしてそれを子どもが手に持ち、引っ張って封を開けてもらいます。男の子に薬を飲ませるとき、薬が、ふとした瞬間、テーブルの上に溢れてしまいました。(あっこぼした・・どうするかぁ。)と一瞬考えました。私は不可抗力を理解してましたが、子どもを叱りました。「おい!何こぼしてんだぁ!」それはそれはすごい剣幕です。子ども達は凍り付いていました。私は続けます。「おい!薬をなんだと思っているんだ!」とすごい顔だったと思います。「舐めろ!このテーブルの上の薬をすべて舐めろ!」私は心が痛みました。しかし続けました。子どもは驚きと共に必死に舐め始めました。私はその後姿を見て、こみ上げる涙を必死にこらえました。(なんて残酷な、俺は何をしているんだ!)私の心と葛藤です。そしてその後私はこう言いました。「パパは今までこんな事させたことないよな。でもね。いいかい、薬はそれだけ大事な物なんだよ。苦くても、まずくても、絶対に飲まなければいけない。それだけ大切なものなんだよ。」その後、子ども達に頬を摺り寄せ「ごめんな。解ってくれてありがとう・・・」そう言いました。その後、子ども達は真剣に薬を飲むようになりました。
手の指も動かない重度障害者のパパ。 車椅子で頑張って育児に参加しています!

「非行に走らせない親の後姿」 〜子供たちは親の後姿を見ています〜
 私は5才の時に父を無くしました。母子家庭生活の中で非行に走る機会が沢山ありました。中学生になると周囲にはタバコ、万引き、暴走族に参加する友達がいました。私はその友人達に誘われても非行に走る気になりませんでした。
それは何故でしょう?
それは、「私達を生かせる為」に女手ひとつで「必死に働く母の後姿」を見て来たからです。「この人を悲しませてはいけない、苦しめてはいけない。」という気持ちがあったからなのです。「必死になって働く親の後姿」これが一番の影響を与え、一番のしつけになるのではないでしょうか?
あなたは子供達に必死になって育てている後姿を見せていますか?胸を張って見せられますか?

「障害を超えて!車椅子パパ奮闘記」 〜車椅子から見た世界〜
 皆さんは介護される側の気持ちを知っていますか。あなたがこの「人だけには介護されたくない」と思われているとしたらどうしますか?PT、OT、医師、ナース、看護スタッフの役割とは?医療スタッフの心構え、ボランティアの心構え、介護を受ける障害者の心構えとは?
妻の出産後の入院中の話。帝王切開後、貧血、他症状が悪く、しばらく入院したんです。子どももNICU。私も自力でのお見舞いが難しく入院をお願いし、その病院は承諾してくれ、家族全員で入院したんです。笑えますね。でも、私は必死。私は病室から妻と子どもへの見舞い。そんな生活を2週間。 ある夜の事です。私は歯を磨いていました。古い病院で車椅子の設備なく、洗面に四苦八苦しながら、しかし自力で歯を磨いていました。まっ自力で出来るので当たり前です。すると・・、私の隣で歯を磨いていた初老の男性が私に向かい、「そんな事、看護師に頼んでやってもらえば良いんだよ。それが看護というものだよ」と助言。私は(はぁ!?)と思いつつ、「でも、自分で出来る事ですから・・」と答えました。その方の優しさからの助言かも知れませんが、ちと、違うのでは? こういう人多いんですよ。
「ちょっと頑張れば自分で出きる事でも手伝ってもらう事が看護」と「勘違い」自分で出来る事は自分でやるんです。大変そうに見えても私は自力で歯を磨けるんです。だから手助けは不要。「自分が出来ない事を手伝ってもらう」それが、看護であり介護なんです。「頑張れば自分で出来る事、それまで手伝ってもらう事」は「甘え」というんです。

「ボランティアに助けられた人生」 〜助け合う気持ち、住みよい町への第一歩〜
 怪我をした時は大変でした。 落下した直後に手も足も動かなくなってしまったのです。 ショックから、立ち直ることの出来ない私は、重度障害者として生きる希望も無く、自殺を考える毎日だったのです。 そんなある時、高校の先生からこう言われました。 「おまえ、コンピュータの勉強をしないか?」重度障害者の私には自力で通う事が出来ません。しかし、ある時、思いついたのです。
「そっ!そうだ!!ボランティアを探そう!」
私は一人大声をあげていました。 私の事を送迎してくれる人を探すことに思いついたのです。とは言え、何をどのようにしたら良いのか。誰に、又、何処に相談をして良いのか、皆目検討もつきませんでした。私は、とりあえず、ポスター、チラシを作りました。そして、色々なところにポスターを貼ってもらえるようお願いしました。チラシも作り配りました。TV局、ラジオ局、新聞社、車椅子の国会議員にも手紙を書きました。(どうしよう見つからない・・・) それでも、私は必死に探しました。社会福祉協議会にも行きボランティアを探してもらいました。しかし、一向に見つかりません。そんなある時、一人の男性が名乗りをあげてくれたのです。その方の思いやりから家族を養う今の私が存在するのです。あなたの小さな手でも一人の人間の命を救える事を知って欲しいと思います。
思いやり、助け合い、人間としてもっとも大切な事ではないでしょうか?皆で助け合えるそんな住み良い町にしたいものです。
車椅子から見た世界。身体が不自由になって初めて気づくものが数多くあります。是非、あなのた町の街づくりにも活かせて下さい。

「心の教育」 〜今、子供達が求めている話〜
姪っ子を連れ、あるテーマパークへ行きました。パレードを観ることになり、その前に車椅子マークの付いたトイレへ・・・。すると、そこには、行列が・・・。先頭の女性は、そう、23〜27才位の方でした。すごく、気まずそうな顔をして、「どうぞ・・・」と譲ってくれました。私は「ごめんなさい。」と謝って譲って頂きました。すると・・・、中に入ろうとした瞬間、列の後方から小学校4年生〜中学1年生位の女の子が、「えっーずるいー」と叫んだのです。
先日、神奈川県のリハビリ学校で講演をさせて頂いた機会があり、先生に確認してみました。すると、車椅子マークとは、今の日本では、「専用」ということでした。それでは、ここで皆さん考えてみてください。

1.テーマパークは、そのトイレに車椅子のマークをつけています。
2.車椅子のマークについて、今の日本では「専用」ということです。
3.車椅子というのは横幅が広く、通常のトイレは使えず、そこしか使えません。
4.そのトイレの横には、普通のトイレが男女用ありました。
5.車椅子トイレには、行列が出来ていました。
6.私は、先頭の方が譲ってくれたので、謝って入りました。
7.その瞬間、小学校4年生〜中学1年生位の女の子が「えっーずるいー」の声。

果たして、私のとった行動は正しかったのでしょうか?正しくなかったのでしょうか?
私は、今でも時々考える時があります。自分の行動は正しかったのか?否か?
・・・と、この話を皆さんにした時、90%が「正しい」と言います。しかし、残りの10%の中の7%は、「分からない。なぜなら、その女の子が車椅子の人の事を知っていたら、きっと言わなかっただろう!私達は、学校でも、どこでも、そういう事は教わらない。だから、どちらも間違えとは言えないと思う。」と、とても頭の良さそうな奇麗な字で書いてくれます。残り、3%の人は、1行の殴り書きで、「平等にして欲しいのなら、どんな状況でも待て!」です。
私は、この頭の良さそうな奇麗な字の7%が、「するどい事を言っているのかな?」と正解だと思っていました。しかし、ある日、この話を人に話したら、「濱宮さん、今の日本も捨てたものじゃないねぇ。だって、まともな考えの子が90%いたじゃないですか。教わらなきゃ判らないなんて問題外ですよ。」だって。
この話に頂いた感想文を記します・・・。
「分からない。なぜなら、その女の子が車椅子の人の事を知っていたら、きっと言わなかっただろう!私達は、学校でも、どこでも、そういう事は教わらない。こういう話は多くの人が聴いたほうが良い!」(中学生の感想から)
「私達の知らない話ばかりで 国語や算数、理科よりもまず人として最低限知らなければならないことを学んだほうがよっぽどすばらしい人間になれるのではないかと感じました。多くの人に知ってほしい。多くの人が聴いた方が良い。」(一般・社会人感想から)
上の女の子の感想文には続きがあります。
「こういう話は多くの人が聴いたほうが良い!この話は濱宮さんしか出来ません。身体が不自由で大変だろうけど、頑張って多くの人に伝えて!」この感想に後押しされ、講演を全国展開したのです。さて、この話の続きは長くなるので講演にて。


【その他】
「チャレンジャーになれ!出来ないことは何もない!」
「車椅子体験講演(学校関係など)」 ◆会場でのお願い ◆ご用意いただく物・講演時間
「障害について、今私たちに出来ること」
「今を生きる、運命を生きる」
「あきらめるな!」
「負けてたまるか!」
「3つ子のパパの車椅子奮闘記」
「捨てる神あれば拾う神あり人生っておもしろい」
「子どもの心の育て方」
「家族、地域、思いやり」
「自身を持っていきいきと暮らす」
「夫婦で共同作業としての育児」 〜パパからみた育児について〜




■実 績



現在、講演問合せが殺到している状態です。
実績は濱宮郷詞ホームページの方にも掲載しておりますので、そちらからご覧下さい。



■講演料金の目安

(※講演料金は消費税を含まない金額になります。)


250,000



■講演料金に関する補足



※ 上記講演料金はご予算によってご相談に応じます。
※ 別途必要経費 介護士費 20,000円(消費税込)



■主な著書



・『大空へ跳べ』(神奈川県福祉政策課発行)・・・(モデル)
・電子Book
【絵本】
・『しろいうさぎのさとくん』
・『さとくんとくまのあきおくん』
・『みどちゃんとなかまたち』

・【詩集】
『思いのまま』

・【自伝】
『負けてたまるか!』

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