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1968年 |
兵庫県生まれ滋賀県育ち。::[小学校時代]::三度の飯より野球が好きな野球少年 当時の監督に滋賀県で一番バントがうまいと絶賛されバントの練習にあけくれる地味な少年::[中学時代]::勉強がまったく出来ないクラスの人気者::[高校時代]::クラスの人気者も、担任の先生とぶつかり極度の人間不信
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1986年 |
高校卒業後、自分を変えるためオーストラリアに一人旅 |
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1987年 |
ハプニングで吉本興業芸能専門学校に入学:山崎邦正と出会い、お笑いコンビ「TEAM 0」結成 |
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1990年 |
第12回大阪ABC漫才コンクール新人賞受賞:吉本始まって以来、売れてないのに東京進出:ダウンタウンの番組を中心に活動 |
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1991年 |
「映画製作」という夢を見つける |
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1994年 |
0 から学びたいと、お笑いを辞め映画の世界に飛び込む 吉本興業退社 |
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1995年 |
Vシネマ「OLの性3」で、脚本・監督としてデビュー |
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1996年 |
映画製作チーム「TEAM B」を結成:10万人、100万人で創る映画「107+1〜天国はつくるもの〜」の企画を立上げる:本人は総指揮、監督、脚本を担当 |
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1998年 |
5月 映画の資金集め、宣伝として、一ヶ月連続で毎日フルマラソンをしながら、映画のチラシを配る:7月 全額借金で映画の撮影をしようとするが、撮影二日前に準備不足と判断し延期を決断:11月 突然言葉が次々と頭に浮かび出し、いちかばちかで路上に座り、筆と墨でその言葉を書き始める 「あなたを見てインスピレーションで言葉を書きます」というパフォーマンスが大ブレーク、路上詩人軌保博光がうまれる |
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1999年 |
8月 初個展をいきなり渋谷ロフトで開催:10月 ラジオ「のりやすの吉祥寺楽観主義(TBSラジオ)」、「週刊アスキー」連載始まる::2000年:1月 東京八重洲地下街での個展が、八重洲地下街イベントの動員記録を達成:4月 TBSラジオ「のりやすの答」スタート:8月 ザウルスにて「軌保の楽しんでなんぼ」の連載開始:11月 「答」が小学校・中学校の道徳の授業で使われはじめる |
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2001年 |
1月 後楽園ゆうえんちで「軌保博光 新年会」開催。札幌ロフトで個展開催:3月 「さんまのまんま」に出演。高校生の時から憧れていたさんまさんとの念願の共演が実現となる:7月7日 映画資金を集めるための最終章、自転車日本一周の旅(スケジュール)がスタート |
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2002年 |
1年間で6000万円を集めるという日本一周の旅、目標達成。:現在、6年追いかけてきた夢である映画「107+1〜天国はつくるもの〜」撮影準備中。:11月 坂本竜馬の誕生日・命日でもある15日、軌保博光を封印し、“てんつくマン”に生まれ変わる 2003年、映画を完成。以来、ロングラン上映を続ける。 2008年、2月、観客動員数10万人を突破。 現在は、笑い楽しみながら世の中に笑顔と元気を増やそうと、 海外支援・環境問題・小豆島での村づくりプロジェクトに力を注いでいる。 ホームページ、メールマガジン、書籍、講演CD、 毎月発行している月刊「てんつくマン」DVDでメッセージを発信中。 |
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