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1959年 |
東京に生まれる。吹奏楽の名門、豊島十中のコンサート・マスターとして2回全国大会出場を果たす。(2年連続金賞受賞)その後、塚原晢夫氏率いる「ジュニア・フィルハーモニック」のホルン奏者として活動すると共に、本格的な音楽の勉強をするため東京音楽大学附属高等学校、桐朋学園大学のオーケストラ 研究科へ進む。 |
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1989年 |
東京ドイツ文化センターに於いて、ゲーテ・インスティテュート主催、ブレヒト=ワイルの 「三文オペラ」(演出岩淵達治教授)にて、ピット・デビュー。 |
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1993年 |
日生劇場開館30周年記念事業、ケルン国立劇場の来日公演「三文オペラ」に於いて、唯一人の 日本人音楽スタッフとして招聘され、「オーケストラ編成責任者兼副指揮者」として参加。 |
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1994年 |
岩淵達治教授の演出によるブレヒト=ワイルの音楽劇「ハッピー・エンド」を指揮し、好評を 得る。 |
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1996年 |
岩淵達治教授の演出によるブレヒト=デッサウの音楽劇「セチュアンの善人」を指揮し好評を得る。同年、「山梨県民音楽祭(第9)」公演には名匠石丸寛氏のもと、副指揮者として参加するが、途中 より、石丸氏の強い要望により音楽監督(音楽総責任者)に昇格。(この公演が、石丸寛氏の人生最後の第9 となった。) |
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その他、各地でのテレビ、ラジオの出演や「東京レディース・オーケストラ」とのレコーディングをはじめ 放送、コマーシャル、劇場用音楽などのスタジオ・コンダクターの仕事も15年以上の間行ってきた。 |
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現在は、2003年1月から業界大手の一つで、老舗のマネージメント会社株式会社「ミリオンコンサート協会」((代表小尾旭)の専属アーティストとして契約を締結。いよいよ、本格的な指揮活動に入った。今後も、プロ、 アマ各オーケストラへの一層の積極的な客演活動が期待されている。 |
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2004年 |
9月より、「東京アーバンシンフォニエッタ」(プロオーケストラ)の音楽監督兼、常任指揮者に就任予定 |
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