■経歴
1960年、愛媛県八幡浜市生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経て、フリーのスポーツジャーナリストとして独立。
1999年6月より、インターネット・マガジン「Sports Communications」を設立。
2000年より株式会社スポーツコミュニケーションズ 代表取締役。
2006年4月には、携帯サイト「二宮清純.com」を開設。
オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など
国内外で幅広い取材活動を展開中。
スポーツジャーナリストとして活躍する一方、
「地域」発展の主人公はその地域に住む住民達であると考え、
地域と住民を中心とした総合スポーツクラブ作りにも尽力。
テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーター、講演活動と幅広く活動中。
■講演テーマ
「勝者の思考法」
ゲーム中、「運」は戦いの場にいる両者の間を絶えず行き来する。アスリートや監督、コーチは
その「運」を手元に引き寄せるためにあらゆる努力を重ね、策略を巡らすのである。
その結果が勝利というかたちで報われる。
実力の裏づけなしには、運をつかむことはできない。
「運も実力のうち」というが、その言葉どおり、運は実力に包含される。すなわち「必然」である。
ところが、なぜか日本においては「敗者の美学」とでもいおうか、
敗北の中に美しい物語を見出そうとしてしまう傾向がある気がしてならない。
勝利に必要とされるロジックよりも、敗北の裏にあるストーリーを好む。
この国のスポーツメディアにおいて「涙」や「悲劇」という言葉が溢れているのが、その証拠だ。
敗者に同情して「負けも運」で済ませてしまったのでは、これはもう思考停止と言っていい。
敗因の分析を怠り、それを一過性のものとして看過してしまうことは、
個々の選手、あるいは競技全体のレベルアップを阻害してしまうことすらままあるのだ。
ゲームが双方にとって同じ条件、同じルールで行われる以上、勝因も、敗因も、確実にゲームの中に存在する。
敗者に必要なのは慰めではない。「復活のためのチャンス」である。
「スポーツが文化たりうるために〜地域にスポーツを取り戻そう」
「スポーツは文化である」である。
しかし、日本でスポーツが文化たりえないのは、学校と企業がスポーツの中心であるからだ。
日本にスポーツがもたらされたのは明治維新以降のこと。体育と訳されたスポーツは、学校教育に委ねられていた。
そして当然のように大学スポーツが日本の頂点となっていったのだ。
しかし、1960年代に高度成長期を迎えた日本では、スポーツの中心は大学から実業団へと移っていく。
企業は元々利益を追求するものであり、そこでのスポーツは利益追求のための手段でしかなく、公のものとは異なる。
そもそも企業に頼った方法が間違っていたのであって、もう一度地域にスポーツを取り戻さなければならないのだ。
そのために、スポーツを産業として捉えることが必要となってくる。そしてもう1つ、クラブメンバーという概念が普及しなくてはならない。
チームを運営するクラブの施設をクラブメンバーが使用し、
そして、その施設やクラブの運営費をクラブメンバーが受益者負担する。
この概念がクラブメンバーという概念になる道筋を地域住民に探って欲しい。
これが、日本においてスポーツが文化となっていく第一歩なのだ。
■講演料金目安
要相談
■専門・実績
<2002年秋の講演実績>
| (社)江東東法人会(東京) |
「奇跡のリーダーシップ」〜勝つための選択〜 |
| 愛媛大学学園祭 |
「勝者の思考法」 |
| 日本内科学会・市民公開講座(愛媛) |
「高齢者社会を健やかに生きる」 |
| 全国体育指導委員研究協議会シンポジウム(埼玉) |
「総合型地域スポーツクラブの近未来像を探る」 |
| 宮崎日南・串間法人会 |
「『超』一流の自己再生術」 |
| 熊本県・火の国広域スポーツセンター |
「スポーツを通した地域づくり」 |
| 国際ボランティアのつどい2002(大阪) |
「21世紀型のボランティアを検証する」 |
| 日中韓都市間フォーラム(長崎) |
「日中韓におけるスポーツ交流と未来」 |
| 京都信用金庫 |
「勝つリーダー、負けるリーダー」 |
| 東海テレビ新世紀セミナー2002(長崎) |
「勝つ組織、負ける組織」 |
| 設楽町教育委員会(愛知) |
「スポーツは文化」 |
| アビスパ福岡後援会 |
「21世紀のスポーツ文化について」 |
| (社)愛媛県トラック協会 |
「スポーツにみる名勝負・名シーン」 |
| 群馬県立桐生高校 |
「勝者の思考法」 |
<その他>
1996年 「野茂&ラモスのドリームトーク」(LF)構成 ギャラクシー賞優秀賞
■主な著書
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