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三浦雄一郎
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三浦 雄一郎(みうら ゆういちろう)
プロスキーヤー、クラーク記念国際高等学校校長


祝!75歳で2回目のエベレスト登頂に成功!
(2008年5月26日)
 
<山頂からの三浦雄一郎氏のコメント>
 「ただいま頂上につきました、ありがとう。
  涙が出るほど厳しくて、辛くて、嬉しい。
  70歳を過ぎて、2回もエベレストの頂上にあがれた。
  本当に最高の景色です、全部見えて祝福してくれます。」

  (プレスリリースより)
エベレスト山頂から無線でベースキャンプへ連絡する雄一郎氏
[写真提供:すべてミウラ・ドルフィンズ]

■経歴

1932年 青森市に生まれる。
  北海道大学獣医学部卒業後、1964年イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加、時速172.084キロの当時の世界新記録樹立。
1966年 富士山直滑降。
1970年 エベレスト・サウスコル8000m世界最高地点スキー滑降
(ギネスブック掲載)を成し遂げ、その記録映画 [THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST] はアカデミー賞を受賞。
1985年 世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成。
2003年 5月、次男で元オリンピック選手の豪太とともに世界最高峰エベレスト
山(8848m)登頂。当時の世界最高年齢登頂(70歳)と初の日本人親子同時登頂の記録を樹立。
2008年 5月、75歳にてエベレスト2度目の登頂を果たす。
   
アドベンチャー・スキーヤーとしてだけでなく、全国に1万人いる広域通信制高校、
クラーク記念国際高等学校の校長として、また行動する知性人として国際的に
活躍中。記録映画、写真集、著書多数。
   
<受賞歴>
プロスポーツ大賞殊勲賞、スペイン山岳会名誉会員、アカデミー賞長編記録映画部門(エベレスト滑降)、世界山岳探検会議特別会員、ワシントン州名誉市民、
ニューヨーク映画祭ゴールデンイーグル大賞(南極滑降)、国際探検映画祭・
冒険探検特別賞、青森市民栄誉賞、北海道功労賞、内閣総理大臣表彰、
フランス政府スポーツ青少年功労賞金賞、他
 
 


■講演テーマ

「生きがい」 〜75歳、エベレスト登頂への挑戦〜
2003年5月、三浦雄一郎は次男の豪太とともに世界最高峰エベレスト山(8848m)登頂、当時の世界最高年齢(70歳)登頂記録と初の日本人親子同時登頂記録を樹立しました。

その後、強度の不整脈を患い、2度にわたる心臓カテーテル手術を経て、再びエベレストの山頂を目指しました。標高8848m、酸素濃度は平地の4分の一。地球上で最も宇宙に近いエベレスト山頂で、75歳の三浦雄一郎の体力年齢は150歳になるともいわれ、山頂を極めるには不整脈の克服のみならず、人類の可能性の扉を開くべく、究極のアンチエイジング(抗加齢)の試みとなりました。

そして様々なハードルを越え、遂に2008年5月26日、75歳と7ヶ月にして人類史上初、70歳を超えて2度目のエベレスト登頂、山頂からの第一声は 「涙が出るほど、辛くて、厳しくて、嬉しい」というもの。三浦の挑戦の原動力は、飽くなき「好奇心」と夢を追い続ける心でした。

冒険家として若い頃はスピードスキー競技、世界7大陸最高峰からの滑降・・など
様々な世界記録をうちたてた三浦雄一郎ですが、60歳を境に、身体と心に脂肪がつき、いつのまにか陥っていた「メタボリック症候群」。人生においてリタイヤを意識したそのときに、101歳まで大いなる探究心をもってスキーを続けていた父・敬三、そしてオリンピックで活躍していた息子・豪太らの姿を見て再び心にスイッチが入ったのです。

サミュエル・ウルマンの「青春」の詩にあるように、<青春>は心の在りようと同時に、「生きがい」を持つことによって身体も若返ることができる。老いは避けられないものではありますが、高齢化社会において、いかに人生と向き合い、目標を持つことよって元気に明るく生きる工夫と努力、それぞれの目標<エベレスト>を持つ意義と、家族と人の絆の大切さを語ります。

<そのほかの講演テーマ>
「75歳 エベレスト登頂 『冒険家・三浦雄一郎』  
「生きがい  〜 夢諦めず、夢高く、夢 いつか頂へ」  
「人生はいつも「今から」 〜一歩一歩登りつづければ頂上に立てる」  
「70歳 〜エベレスト世界最高年齢登頂」  
「高く遠い夢」  
「元気力」  
     
【家族の絆】  
「親子3代モンブラン滑走 (父 三浦敬三 99歳)  
「エベレスト 日本人初親子同時登頂 ファミリーチャレンジ」  
   
【環境】  
「世界最高峰(エベレスト)から見た地球 〜 未来のこどもたちへ」  
    ▲2回目のエベレスト登頂の瞬間
<その他 タイトル案>    
「三浦家の『いきいき長生き健康法』」   
「世界最高峰を目指すための『超健康法』」  
「高齢化社会におけるチャレンジと夢」  
「夢に勇気を」  
「諦めない一歩づつ  〜オンリー・ワンを目指せ〜」  
「挑戦する心と統率力」  
「挑戦・困難を如何に克服するか」  
「我が人生の挑戦」   ▲次男・豪太氏
「冒険への挑戦と子育て  〜冒険教育 〜」    
     
※受講対象を考慮してサブタイトルなどを併せることが可能です。
例)「21世紀 ―高齢化社会における挑戦」「地球(世界)へ挑む冒険心とは」、「経営における挑戦と男のロマン」など


■講演料金目安


要相談


■実績

1964年 イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加し、
時速172.084の世界新記録樹立。
1966年 映画「富士山直滑降」にて、富士山直滑降
(スキー界で初のパラシュートブレーキを使用)。
オーストラリア大陸最高峰 Mt. コジアスコ(2,245m) 滑降。
ニュージーランド政府より招待、タスマン氷河等を滑降。
1967年 北米大陸最高峰 Mt.マッキンレー(アラスカ 6,194m)を滑降。
映画「スキー野郎氷河大滑降」にて、ニュージーランド・タスマン氷河滑降。
1968年 メキシコ最高峰、ポポカテペトルの初滑降樹立。
1969年 南米パイネ山の初滑降樹立。
日本エベレストスキー探検隊を編成し、隊長としてエベレスト偵察。
1970年 映画「エベレスト大滑降」にて、アジア大陸最高峰 Mt.エベレスト、サウスコル8,000m世界最高地点 スキー滑降(ギネスブックに載る)。
1971年 スペイン山岳会より招待。スペイン・スポーツ英雄大賞受賞。
スペイン山岳会名誉会員となる。
  世界山岳探検会議の特別会員となる。
1972年 第1回アラスカ少年少女探検学校校長としてアラスカへ
(以後 1984年まで毎年8月アラスカへ)。
1975年 カナダ、トルード首相より家族6名招待。カナダの山々を滑る。
1976年 映画「THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST」が、長編記録映画部門でアカデミー賞を受賞。各国語版に翻訳され、現在も世界各国で上映されている。
アメリカ、ワシントン州名誉市民となる
1977年 南極でスキー滑降。
南極大陸遠征記録映画でニューヨーク映画祭ゴールデンイーグル大賞を受賞。
1978年 北極圏最高峰バーボーピーク(2,604m)滑降。
1981年 アフリカ大陸最高峰Mt.キリマンジャロ、タンザニア(5,895m)、
親子3代での登頂及びスキー滑降に成功。
1983年 南極大陸最高峰 Mt.ビンソン・マッシフ(5,140m)、登頂及びスキー滑降。
1984年 フランス「国際探検映画祭」の審査委員。
さらに今までの功績を認められ、「冒険探検特別賞」を受賞。
1985年 ヨーロッパ大陸最高峰Mt.エルブルース、
ソ連(5,633m)登頂及びスキー滑降(家族で挑戦)。
  南米大陸最高峰Mt.アコンカグア、アルゼンチン(6,959m)登頂及びスキー滑降。長男、雄太との親子チャレンジに成功。この成功により、世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成した。
1987年 日本プロスキー連盟設立、会長となる。
1990年 (社)日本職業スキー教師協会(SIA)の顧問に就任。
  日本プロモーグルスキー協会の会長に就任。
2000年 ヒマラヤゴーキョピーク (5,360m) をクラーク国際高等学校の高校生5名を連れて登頂。
2001年 4月 ヒマラヤ メラピーク(6,476m)へ登頂及び山頂直下よりスキー滑降。また遠征に同行したクラーク国際高等学校の大矢洋(17歳)は同山峰と日本における最高標高登山の最年少記録を樹立。
2001年11月 ヒマラヤアイランドピーク(6186m)登頂。
2002年4月 ヒマラヤパルチャモ山(6187m)登頂。
2002年5月 世界第6座 ヒマラヤ チョー・オユー山(8201m)を次男豪太とともに登頂。当時の8000メートル峰登頂世界最高年齢記録(69歳6ヶ月)。
2003年5月22日 世界最高峰エベレスト山(8848m)、次男豪太とともに登頂。エベレスト登頂最高年齢記録(70歳223日)及び、日本人初親子同時登頂記録を樹立。

2003年

上記功労により:青森名誉県民賞、北海道功労賞、内閣総理大臣表彰、
フランス政府スポーツ青少年功労賞金賞、ネパール王国叙勲 他 − 受賞
2004年3月  父(敬三)100歳、子供たち、及び孫(里緒5歳、雄輝1歳)の100歳から1歳の親子で、
アメリカのロッキー山脈をスキー滑降
2006年5月 次男、豪太とともに世界第14座 ヒマラヤ シシャパンマ山(8027m)へ遠征。標高7000メートルまで登攀し、2008年のエベレスト(チョモランマ)挑戦へ向けてのコンディショニング・トレーニングを行う。
2008年5月 世界最高峰エベレスト山(8848m)の登頂に成功(2回目)。

<受賞歴など>
・プロスポーツ大賞殊勲賞 ・スペイン山岳会名誉会員 ・アカデミー賞長編記録映画部門(エベレスト滑降)
・世界山岳探検会議特別会員 ・ワシントン州名誉市民 ・ニューヨーク映画祭ゴールデンイーグル大賞(南極滑降)
・国際探検映画祭 ・冒険探検特別賞 ・青森市民栄誉賞 ・内閣総理大臣表彰 ・北海道功労賞
・フランス政府スポーツ青少年功労賞金賞ほか


■主な著書

『冒険家 75歳エベレスト挑戦記』(実業之日本社)
『生きがい。』(山と渓谷社) ※息子・豪太氏との共著
『高く遠い夢−70歳エベレスト登頂記−』
(双葉社)




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