■経歴
| 1971年2月9日生まれ。武相高校→県立大楠高校→ウィンベースボールクラブ→NTT東京。 |
| 1993〜00年 |
日本ハムファイターズ。'96年オールスターに出場、11勝をあげる。 |
| 2001〜03年 |
アメリカ独立リーグ、Bridgeport Bluefishにてメジャーリーグに挑戦。 |
| 現在、日・米両方の経験、学んだ事を講演、野球教室等、またメディア活動を通じて伝えている。 |
<今関勝のこれまで>
武相高校中退→大楠高校
入学後、野球部で同期とケンカをして、以降自分のものが捨てられる、無視される等のいじめが続き、登校拒否に。見かねた両親の勧めもあり1年生の9月に退学。辞めた直後は荒れる日々が続いていましたが、このとき野球ができない寂しさを知る。これが現在、挑戦し続ける今関の土台にもなっています。
日本ハムファイターズ時代(`93〜`00)
日本ハムに入団後、まず戸惑ったのは、投手陣の切れの良さ。当時、日ハムには先発ピッチャーで4人の10勝投手がいました。「えらいところに入ってしまった」と思い、その差をどのように埋めようか考えました。まずは考え、そして練習し、その間をうめていきました。目標設定をしっかりと持ち、そして行動に移していく。たいした選手ではなかった自分が、1軍で少しの期間でしたが、先発ローテーションに入ったのは、目標設定をしっかり持ったことでしょう。
アメリカ独立リーグにてメジャーリーグ昇格へ挑戦時代(`01〜`03)
日本ハムを解雇され、野球が出来ない状況になり、まだ選手として完全燃焼をしていなかった自分は、アメリカの独立リーグ(メジャーの配下にないプロのリーグ)でプレーしました。1年目は、英語もまるっきり出来ず、また生活習慣、野球の違いに戸惑い1勝6敗(防御率4.95)の成績でした。解雇されてもおかしくない状況だったのですが、チームは翌年も契約してくれました。翌年2002年は、生活習慣、アメリカの野球に対応していき7勝4敗防御率4.04、プレーオフでも1勝出来ることができました。
プロとしては引退〜現在
03年は非常に充実したシーズンで、世界の盗塁王リッキー・ヘンダーソン等と共にオールスターにも出場、近々メジャー球団からのオファーが期待されたが家族の事情で帰国。残念ながら、日本の球団からのオファーはなく、プロとしては引退。現在は、「日本のプロ野球」と「メジャーではないアメリカ独自の野球」の両方を経験した事を活かし、野球指導、講演、文筆活動を中心に、野球の発展に貢献している。 |
■主な講演テーマ
「やり方はいくらでもある!〜挫折してもやり直せる〜」
私は野球強豪高校でのイジメで、1年生の9月に野球も学校も辞めました。
しかし、翌年に違う県立高校に再入学するまでの間、
私の中では「野球がやりたい」の気持ちで一杯でした。
この気持ちがあるからこそ、高3の時に高校野球に出られなくなった時も、
日ハムを解雇された時も、あきらめず自分が野球をプレー出来る環境を探し、
今も好きな野球を続け、色々な経験をし、日々成長できています。
そんな自分の生き様をお伝えします。
「メジャーリーグ挑戦記〜自分の限界を決め付けるな!〜」
今の子供達、いやそれだけではなく大人達も夢や目標を持っていても、
『無理だ』と上から叩かれてしまう世の中で、いかに自信を持って
それに立ち向かうのか?自分は「もう無理だ」と何度言われた事か…。
また海を超えて見たあの世界の盗塁王リッキー・ヘンダーソンが
同じリーグでプレーし、44歳でメジャーリーグ復帰を目指す姿等、
様々な経験をし、学び、成長の糧となった事をお伝えして、
皆様のお役に立てたら幸いです。
「日米コーチングの違い」
日米両国で野球のコーチングをうけました。
日本は管理的であり、アメリカは自由です。
自由ですが、それだけの『責任』を要求されます。
実際に野球を通じて体験したコーチングのお話をお伝えします。
「野球から学ぶリーダーシップ」
日本ハム時代に、大沢親分、上田監督など、
偉大な監督のもとでプレイをさせていただきました。
強いチームには監督の絶対的な『リーダーシップ』がチームに浸透しています。
野球のアプローチでリーダーシップのお話しをします。
|
|
「いじめに負けるな!」
高校時代にいじめを受けました。そこで、感じたのはいじめる側も悪いですがいじめられる側にも原因があります。
誰でも壁にぶつかります。しかし、夢の実現を原動力にいじめを克服しました。いじめの対策、克服等をお話しします。
「今関的野球観」
現・ヤンキース松井秀喜と同期です。たくさんの日本人選手がメジャーで活躍しています。
なぜがイチロー・井口・田口などパ・リーグで活躍した選手が多いです。パ・リーグ、セ・リーグでの野球の裏話、
速いボールの投げ方など野球のお話しを楽しんでいただけたらと思います。
他、「目標、夢は成長とともに変わってくるもの」
「日米双方で野球を職業として〜ポジティブ、自由主義〜」 |
■講演料金目安
30万円
■専門・実績
<選手実績>
・ 日本ハムファイターズ時代(93〜00年) 114試合26勝30敗0S
(当時、スキンヘッドで叫びながらマウンドから降りてくる気迫のピッチングは話題を呼んだ。) |
| ・ 96年、日本プロ野球オールスター出場、年間11勝。 |
・03年、アメリカ独立リーグでの成績(ブリッジポート・ブルーフィッシュ)10勝8敗、防御率3.39。
アトランティックリーグオールスター戦に出場。 |
<講演実績(一例)>
| 京都たけうち |
「自分の殻を打ち破れ」 |
| 榛名町立榛名中学校 |
「夢〜実現に向けて〜」 |
| 専修大学松戸中学校 |
「自分の限界を決めつけるな」 |
| そのほか、企業、青年会議所、学校などで講演実績あり。 |
■メッセージ
こんにちは。今関勝です。
日本ハムでスキンヘッドにして、ほえまくって、気合で投げていた、体の大きい投手といえば、
思い出してくれる人もいるかもしれませんね(笑)。
'03年シーズンまでアメリカ東海岸の独立リーグ、Atlantic leagueのBrigeport Bluefishで3年プレーしました。
元メジャーリーカーが中心のリーグで、防御率8位、オールスターゲームにも出場し、
あのリッキー・ヘンダーソンとも対戦しました。
'00年に、日ハムを解雇された後も、「好きな野球を続けたい」という一心でプレーするところを探していました。
僕は高校時代のある挫折をきっかけに野球から一度離れてしまった経験があるので、
「今しかやれないことを、しっかりやっておきたい」という強い思いがあり、
そのおかげでここまで好きな野球を続けられてきたのかもしれません。
しかし、3年の中で、私の夢であるメジャーリーグのマウンドに近づくことが出来ず
(マイナー契約が取れなかったこと)、プロ野球選手として引退することを決めました。
今までは、プロ野球選手として夢を追ってきましたが、
今後は違う形で野球に関わり続け、また新たな夢・目標に向かって日々精進していきたいと思っています。
プロへ入るまでの道のり、日本のプロ野球での経験、
オールスター出場、そしてメジャーではないアメリカの
地域に根ざしたハングリーな世界での野球、という
私なりの経験や学んできた事があります。
今まで、私が夢を追ってきた経験や、学んできたことを、
メディアや講演・野球教室等でお伝えしていきたいと思っています。
これらの活動を通じて、何か「夢」に向かって挑戦しようと
している皆さんと、少しでも「勇気」を共有できたらとても嬉しいです。
皆さんも夢を追いかけていきましょう。夢をあきらめずに。
|
|