■経歴
| 1973年 |
8月21日アメリカ・ボストン生まれ。 |
| 1988年 |
冒険家植村直巳氏の著書を読み、
山の魅力は自然と紐解かれ『無名山塾』の門をたたく。 |
| 1989年 |
16才でモンブラン登頂成功、世界の山々へと挑戦。 |
| 1992年 |
『7大陸の最高峰に登る』という公約のもと、
一芸一能入試で亜細亜大学へ合格。 |
| 1993年 |
6月マッキンリー登頂で『5大陸世界最年少登頂記録』を達成。 |
| 1994年 |
12月ビンソンマッシーフ登頂『6大陸世界最年少登頂記録』達成。 |
| 1999年 |
5月エベレスト(サガルマータ)登頂成功し公約どおり
『7大陸世界最年少登頂記録』達成。 |
| 2000年 |
春エベレストのゴミを回収すべく清掃登山隊結成、
1.5トンのゴミを回収。
秋には、東京都庁でゴミの展示会実施。 |
| 2001年 |
アジア諸国の登山隊と共に国際隊結成。
平成11年度『都民文化栄誉賞』受賞。
3月より5月まで、エベレスト国際清掃登山隊隊長として
清掃活動を実施。 |
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▲モンブラン登頂 |
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▲マッキンリー登頂 |
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▲エベレスト登頂 |
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■主な講演テーマ
「富士山から日本を変える」
停学、そして本との出合い。
落ちこぼれが山に出会い学んだ経験を、今まで取り組んできた富士山の活動や、
エベレストでの活動を生と死を交えながら話します。
また、著しく汚染されている各地の環境問題を、
現場での実体験を感じたままに表現し皆様にお伝えします。 |
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▲富士清掃登山 |
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▲シェルパ基金の子供たちと |
「目標を持って生きることのすばらしさ」
目標を達成するにはどうしたらいいのか。
実際に行っていた学生時代からスポンサー活動。
電話する→断られる→また電話する→断られる…の繰り返し。
どうしたら振り向いてくれるんだろう、「提案型営業だ!」。
生と死に直面したときの対処方法など、
肩書き「野口健」の生きかたをお話しします。
「あきらめないこと、それが冒険だ」
どうして山登りを始めたのか。
いじめられっこだった当時の思い出、その克服の仕方をお話しします。
「生きる」
登山での生死、シェルパの死。 生きることの大切さをお話いたします。
また生きるために必要な環境問題も交えての講演です。
「私の分岐点」
停学、そして本との出合い。 落ちこぼれが山に出会った。
■講演料金目安
要相談
■主な著書
■講演拝聴レポート
●野口健さんの講演を拝聴して(2011年11月26日 主催:地区センター 一般市民向け講演)
講演テーマ:「富士山から日本を変える」 |
今回は、地区センター様の周年記念イベントにて
「より多くの方へ“学ぶことの楽しさ、環境保護の大切さ”を伝えられたら」
とのご要望のもと、野口健さんにご講演頂きました。
講演では、少年時代のお話やお父様との素敵なエピソードから
アルピニストになろうと思ったきっかけ、
そして今でも様々な環境活動を行う上で大切にしている想いなどについて
笑いと学びをたくさん盛り込んでお話されます。
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日本全国で講演会や清掃活動をしている中で、
「野口さんは、もう何回もエベレスト登頂に成功し、素晴しい結果を残されているのに
なぜ、また死の危険を冒してまでも山に登るのですか?」とよく聞かれるそうです。
講演前に頂いた野口さんの名刺には、エベレストに登頂された時のお写真が載っていたのですが、
野口さんの顔は凍傷と日焼けを繰り返し、真っ赤に腫れており、エベレスト登頂の過酷さが伝わってきました。
そのような過酷な経験をされても、また山に登る理由―
その答えは、アルピニストの活動を超え、
清掃登山や遺骨収集を行う野口さんの姿の中にあるように思います。
講演の最後には、
「また来年も山登りに行ってきます!」と笑顔でおっしゃっていた野口さん。
今でも山に登り続ける理由、野口さんの山への想いを是非、講演会で直接聴いて頂けたらと思います。
(「講演依頼.com」 井上希)
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