■経歴
| 1959年 |
株式会社 丸紅 輸出機械部勤務 |
| 1964年 |
丸紅 退社 |
| 1969年 |
ニューヨーク在住を始める。
|
| 1973年 |
帰国 |
| 1986年 |
2度目のニューヨーク滞在一人で生活しグリーン・カードを収得し東急トラベルNY支店に勤務 |
| 1991年 |
主催旅行や旅行誌のライター、NY住み方などをコンサルティング、その後帰国 |
| 1992年 |
銀座で日本料理店「日和」を経営 |
| 2001年 |
「日和」を売却 |
| 2002年 |
エッセイの掲載
月刊誌「FRIX]に映画評
ホテル・レストラン誌の編集委員 |
■主な講演テーマ
 |
|
<研一氏と伶子氏>
|
「『学校に行かなかった研一』を出版して」
2005年に上梓した『学校に行かなかったケンイチ』に続き、
2005年12月に第二弾を書き下ろした。
学校・教育関係の(特に登校拒否児を持つ親を対象)に
講演実績多数。
「大前研一は登校拒否児だった」
一つ違いの姉である私は、
彼の中学から高校に行かなかった時のことを詳細に覚えている。
母はとても悲しんだが、それでも忍耐強く母親をしていたので
姉からみた大前を語ることが多かった。
「アメリカに住む、滞在する。〜NYいまどき情報がいっぱい〜」
10年間のニューヨーーク滞在の間に、グリーン・カードを取得。
海外で暮らすということをレクチャーしたり、ニューヨークで開催される音楽家や画家、陶芸家の展覧会や音楽会を
開催するサポートしてきた経験を基に、旅行アドバイザーとして講演。
「飲食店コンサルティング」
2001年まで銀座で日本料理店を経営し、飲食店のコンサルティングも多数手掛けている。
メニュー作成、女性の本質とは?、お客様に好かれる交際学、顧客の心を捉えるサービス業の経営など講演実績多数。
「クレイマー・クレイマー」
「新潮45」に、同名コラムを連載。世に中のクレイムに対して、「私ならこう考える」と題して講演。
「癌と生きる」
13年前にニューヨークで癌が発見され、帰国を余儀なくされた。
現在は、癌と向き合いアクティブに生きることを提唱している。
■講演料金目安
20万円
■専門分野
調理師、製菓衛生士、精神障害者ヘルパー資格、NYガイド免許、グリーン・カードの拾得の方法、アメリカ滞在方法
■主な講演実績
2006年2月 SALOP&CO:「私の生き方、いかに元気に老いるか」(SALOPの会員異業種交流会)
2005年10月 八戸インテリジェンスプラザ:「アメリカの環境と転職事情」(参加者は八戸市長を含めてITなどの経営者)
2005年7月 石川県山代温泉協会:「リサーチ後感じたこと」(参加者は山代温泉の経営者)
2004年 全国ラジオテレビ大会:「銀座で店を持って」と後半「大前の生い立ち」など、ほか多数
■主な著書
『学校に行かなかった研一』 (ぜんにち出版社)
『学校に行かなかったケンイチ』 (マネージメント社)
『ニューヨークいまどき情報がいっぱい』(ビジネス社)監修
|