■経歴
1958年 広島県生まれ
元サッカー全日本代表
中学生の頃よりサッカーを始める。広島県立工業高校時代は、全国選手権大会ベスト4。
中央大学2年生の時日本代表に選ばれる。
1980年、日産自動車サッカー部に入部。
以後11年間にわたり、Jリーグ誕生前の日本リーグで139試合に出場。
1982年 日本サッカーリーグ1部昇格
1988年〜1989年に国内タイトル7冠(2年連続3冠/天皇杯・JSL/JSLカップ)獲得。
1982年スペインワールドカップ大会予選出場(日本代表)
1980年モスクワ、1984年ロサンゼルス両オリンピック予選など、国際Aマッチ58試合に出場。
1991年現役引退。
1993年に、有限会社フチューマを設立。
■講演料金目安
要相談
■主な講演テーマ
「サッカーに懸ける夢は果てしなく」
<90分講演の展開例>
第一展開 Jリーグ開幕1年前に引退を決意した思い。
第二展開 引退後、初めての体験となる、
終日勤務のサラリーマン生活で学んだこと(日産自動車 人事部)。
電話もまともに取れない自分自身が情けなくなった体験などをまじえ、
単なるスポーツ選手ではいけないのだと、強く思う。
第三展開 Jリーグ開幕後、解説者の誘いが来る。
上司に相談し、しばらくの間、サラリーマンとの二束のわらじを履くことに。
しかし、サッカープロ化の波は大きく、だんだんと二束のわらじが困難となってくる。
そして、決断!!独立してサッカー解説者の道を歩むことに。
第四展開 個人事務所を設立。
もう守ってくれるものはない・・・、の決意で精力的に仕事をこなす。
この時期が特に金田喜稔が哲学をしたころである。
仕事とは、人生とは、自分にとってサッカーとは・・・。
第五展開 第四展開の時期の思考をベースに、あらゆる事象に興味を抱くようになる。
何故日本サッカー選手のフォワードは決定力に欠けるのか?
何故日本の子供達は人前に出るとリフティングが上手くできないのか?
(練習ではいくらでもできるのに・・・)。
かたや欧米の子供達は人前に出るとやたらと上手くリフティングをやる。
この経験から日本人の子供達にいつのまにか植えついてしまった、
「失敗してはいけない」という教育に問題があるのではないかと気付く。
そして、最後に「失敗してもいい、チャレンジするという精神を持ちつづけて欲しい」、
「子供は大人を見ている、大人が子供たちのいいお手本となるよう、
言葉ではなく行動で示そう」などの言葉で締めくくる。
■専門・実績
● 日本リーグ試合出場 139試合
● 得点 19点
● アシスト 24
● 日本代表試合出場数 国際Aマッチ 58試合(歴代12位)
● B&Dアドバイザー
● 新聞・雑誌寄稿:『朝日学生新聞』連載 他
● テレビ出演
東京放送『Jリーグ解説/スーパーサッカー』
テレビ東京『スポーツTODAY/サッカーTV』
WOWOW『スーパーサッカー・セリエA』解説
CS放送『セリエA』解説など多数
■主な著書
『金田喜稔のサッカーテクニック―Jリーガーの技を盗め!!』 (新星出版)
『サッカー
わくわくチャレンジブックス』 (フレーベル館)
『キンタのサッカーで遊ぼう―日本サッカーの夜明け』 (朝日ソノラマ
)
■備考
1994年4月から、朝日新聞主催の「朝日少年・少女サッカー教室」を関東圏中心に開催。
また、テレビ・ラジオなどで解説者として活躍。広くサッカーの普及に務める。
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