■経歴
| 1953年8月4日 |
島根県浜田市に生まれる。 |
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浜田高校3年のとき、キャプテンとして春夏の甲子園に出場。強肩捕手として注目される。 |
| 1972年 |
ドラフト2位で近鉄バファローズ(当時)に入団。 |
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自ら編み出した「コンニャク打法」で近鉄の黄金期を支えた。 |
| 1988年 |
現役引退。 |
| 1989年 |
NHK野球解説者、日刊スポーツ野球評論家 |
| 1992〜1993年 |
近鉄バファローズ 作戦バッテリーコーチ |
| 1994年 |
近鉄バファローズバッテリーコーチ |
| 1995〜1999年 |
近鉄バファローズ二軍監督 |
| 2000〜2004年 |
近鉄バファローズ監督。2001年にはチームを12年ぶりのリーグ優勝に導く。 |
| 2005年 |
NHK野球解説、日刊スポーツ野球評論家 |
| 2008年より |
北海道日本ハムファイターズ監督に就任し、指揮を執る。 |
<現役時代の成績>
・実働年数17 年
・通算成績 1323 試合
・3444打数 874安打 113本塁打 打率.254
・ リーグ優勝 2 回 (1979、1980年)
・ベストナイン 3 回(1979、1980、1981年)
・ゴールデングラブ賞 4 回(1979、1980、1981、1983年)
・オールスター出場 7回(1979〜1983年、1985、1986年)
・1000 試合出場(1984年6月14日 対ロッテ 15 回戦/金沢)
・100 本塁打(1985年7月11日 対日本ハム 13 回戦/後楽園) |
■講演テーマ
「信頼しよう、任せよう」
バファローズ監督就任1年目。チームは2年連続最下位で終わった。
しかし2年目のシーズン、
2年連続最下位を経験したチームがリーグ優勝を果たすというプロ野球史上初の快挙を成し遂げる。
そして平成20年からは北海道日本ハムファイターズ監督へ就任。
どのようなチームにおいても梨田が先ず大切にすることは人とのふれあい。
個々の可能性を最大に引き出す梨田流コミュニケーション術。
「長所を見抜いて個性を伸ばせ」
大阪近鉄バファローズ時代、梨田は監督として2年連続最下位を経験したチームが
リーグ優勝を果たすというプロ野球史上初の快挙を成し遂げた。
しかしチームは合併により消滅。
それから3年、バファローズの生え抜きだった梨田が、
2年連続リーグ優勝を果たした北海道日本ハムファイターズ監督就任へ。
個性豊かな選手一人一人の力量・性格を見抜き、チームを盛り上げ、統括する梨田流組織と個性の育成法。
「きらめき・発想・未来」
プロ野球人としての信用を得るため、自信につながるために梨田が目標としたことは、
“世界の盗塁王・福本豊氏”の盗塁を続けて阻止すること。
生まれ持った肩の強さに加えて、
いかにしてリーグ一の強肩捕手と評価されるようになったかという梨田特有の送球方法、
秘打「コンニャク打法」の誕生秘話など、発想・工夫を重ねてきた梨田のプロ野球人生を子供から大人まで聞きやすく、
わかりやすくお話をさせて頂きます。
※単独講演、トークショー(司会付)いずれも可能。
■講演料金目安
要相談
■メディア出演実績
<テレビ出演>
NHK 毎週金曜日 「かんさいニュース1番」、「梨田昌孝のウイークリープロ野球」
NHKサンデースポーツ 「サタデースポーツ」、「てれまさむねTODAY」 テレビ大阪 「ゴルフ魂の法則」など
<執筆関係>
日刊スポーツ、週刊ベースボールにて、毎週連載中 ! 「―超野球学―」
日本経済新聞 朝刊 「スポートピア」
<テレビCM>
林商事株式会社 グランシャトー(関西L)
アーククエスト コラントッテ(関西L)
その他、アニメ「プレーボール」のキャラクターに声優として出演
■主な著書
『梨田昌孝の超野球学』 (ベースボール・マガジン社)
『戦術眼』 (ベースボール・マガジン社)
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