■プロフィール
近鉄バファローズでプロ野球選手としてキャリアをスタートさせ、近鉄で8年間、主に中継ぎ投手として活躍。
その後、中日ドラゴンズに移籍した後、渡米し米独立リーグでプレー。
帰国後はオリックスに移籍し、2003年に現役を引退。
明るいキャラクターと、決してあきらめない、前向きな性格の佐野選手の姿に勇気づけられたファンは数知れず。
現在は、関西圏のテレビ局を中心に野球解説者としての顔のほか、講演会や執筆など、精力的に活動している。
2009年より、東京工学院専門学校・ 東京エアトラベル専門学校の 特別講師&アドバイザーに就任。
| 1990年 |
ドラフト3位にて近鉄バファローズ入団 |
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| 2000年 |
中日ドラゴンズ入団 |
| 2001年 |
米独立リーグ エルマイラパイオニアーズ |
| 2002年 |
LAドジャースマイナー契約
メキシコシティタイガース
エルマイラパイオニアーズ |
| 2003年 |
オリックスブルーウェーブ
同年末 引退 |
| 【プロ通算成績】 353試合 41勝31敗21セーブ 防御率3.80 |
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■講演テーマ
| ●企業・青年会議所・学校など・・・モチベーションUPをお望みの方! |
「日米野球を通じて学んだこと 〜すべては自分次第!〜」
いいときも悪いときも、自分次第!そのことを日本球界と米野球界から、学びました。
どんな人間でも、うまくいかない時は自分以外の何かに原因を求めてしまいがちです。
しかしそれで果たして成長できるでしょうか?
自分自身の弱さを認め、自分と向かい合うことの意味をお話しさせていただきます。
| ●企業・青年会議所など・・・リーダーシップの講演をお望みの方! |
「リーダーの条件 〜一流選手から学んだこと〜」
オリックス元監督の仰木彬氏を含め、現役13年間で9人の監督の下で野球をしました。
また、監督のみならず野茂英雄選手など他の選手を引っ張る力のある一流選手との出逢いにより、
いかに組織はリーダーの存在に左右されるかを学びました。リーダーはどんな状況でも、
前向きに明るくメンバーを引っ張っていかなくてはなりません。また、フェアでなくてはなりません。
一流になるのは偶然ではなく、必然です。
何故一流の野球人は一流たりうるのか、その秘密を講演会ではお話させていただきます。
| ●学校など・・・子どもたちに、夢や挑戦することの大切さを伝えたい方! |
「自分自身を信じるために」
子どもたちには、とにかく自分自身に対してあきらめないで欲しい。
最近の子どもたちは、野球教室で接していても、下を向いていて元気がありません。
失敗をして恥をかくことを、極端に恐れているように思います。
でも、どんなにすごい選手も、沢山の失敗を経験して今があるのです。
失敗は、成功への過程にあるもので、恥ずかしいことでもなんでもありません。
失敗を恐れず、挑戦や努力を続けることで、自信がつき、自分自身に対してあきらめないようになります。
あきらめればそれで終わり。でもあきらめなければ、何度も何度もチャンスは来るのです。
必ず、そのチャンスをものにできる時がきます。
| ●企業・青年会議所・学校など・・・成功者の心構えを学びたい方! |
「基本の大切さ」
プロ野球の第一線で数十年活躍を続ける人たちは、物凄く基本を大切にします。
現役時代の私とは、この点が大きく違います。今になってようやく分かったことは、「基本」 の大切さです。
これは野球界だけではなく、すべての業界に通ずることなのではないでしょうか?
講演会ではこの「基本」の大切さに関して、お話をさせていただきます。
「苦しい時こそ顔を上げよう 〜ピッカリ投法誕生秘話〜」
下を向いていたって何も始まらない!考え方次第でマイナスはプラスになるのです。
そんなメッセージとともに、「プロ野球珍プレー好プレー」で一世を風靡した必殺技
「ピッカリ投法」の誕生秘話を実演付で披露します。
※ フラッシュ撮影はご遠慮下さい。
■講演料金目安
25万円
野球教室とのセットの場合 別料金 (詳しくはスタッフにご相談下さい)
■専門
野球、モチベーション、ビジネス
■講演実績一例
富士ゼロックス大阪、石田エンジニアリング、レオパレス21、NBCコンサルタンツ、東洋ゴム工業、東急リバブル、
NTT-ATテクノコミュニケーションズ、日本住宅株式会社、日本住宅ツーバイ株式会社、株式会社JSP、
日本ビクター労働組合、電設工労連、オムロンアミューズメント労働組合、日本船主協会、
愛媛県高圧ガス保安協会、大阪市立大学体育会本部、広島県高陽東高校、名古屋鼎友会、
和歌山青年会議所、舞鶴青年会議所、鈴鹿青年会議所、枚方青年会議所、吹田青年会議所、ほか多数。
■備考
【佐野慈紀さんの転機】
全盛期には、最高で1億円の年収を稼ぎ出していた佐野さん。
しかし新天地として移った米独立リーグでは、
数十万円まで年収が落ち込む。
この頃の佐野さんは、全ての原因を自分以外のことに求めていたという。
あらゆる結果を人のせいにしていた。
そんな中、同じ年収でもニコニコしながら野球を続け、
かつ年収の約半分を仕送りしている同僚たちを見て、はっとさせられた。
「俺は野球を楽しんでいない。あらゆることを人のせいにしている」
これが佐野さんにとっては大きな転機となる。
その後、オリックスブルーウェーブに移籍をするも、
そこにはかつての強豪の姿は全くなかった。リーダーが不在だったのだ。
やはりチームには強力なリーダーが必要である。 |

<野球解説中の佐野さん> |
1年後、佐野さんは引退。
引退をするも独立リーグでの体験と、日本球界に復活した時の経験が活き、テレビ解説者として活躍をしている。
引退後は誰でも活躍をできるわけではないという。
活躍できている理由は、独立リーグでの体験と、日本球界に復活した経験が大きな理由だ、と本人はいう。
「全ては自分次第なんです。もし、もっと早い時期に、このことに気がついていたら、
選手としてもっと活躍できただろうし、 今でも現役として活躍できていただろうと、思う」 |
未来ある人達に向け 挑戦する喜び、夢の可能性を伝えてくれます!
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