■経歴
<職業>
(株)学生援護会最高顧問・北陸会長
日本アメリカンフットボール協会理事
石川県および能登半島観光親善大使
キューバ国アマチュア相撲チーム監督
| 1948年 |
石川県七尾市に生まれる。 |
| 1970年 |
大相撲花籠部屋入門/日本大学文理学部卒業 |
| 1971年 |
新入幕 |
| 1972年 |
5月西関脇で初優勝 11月大関昇進 |
| 1973年 |
横綱昇進(第54代横綱) |
| 1981年 |
引退 |
| 1986年 |
プロレスラーに転向 |
| 1989年 |
(株)学生援護会 スポーツイベントアドバイザー就任 |
| 1991年 |
同社アメリカンフットボールチーム「ロックブル」創部とともに総監督に就任 |
| 2001年 |
(株)学生援護会最高顧問・北陸会長に就任/キューバ国相撲チーム監督に就任 |
| 2004年 |
能登半島観光親善大使に就任 |
| 2005年 |
石川県観光親善大使に就任 |
■講演テーマ
『はだか人生星取表――二人分の人生をいきる』
学生横綱から花籠部屋に入門、一気に第54代横綱に駆け上り大相撲の黄金時代を築いた天才力士の華やかな舞台から一転、借金問題で相撲界を廃業してプロレスに転身。その後はタレント業やアメフトのチーム作りに関わるなど、有為転変の人生経験を踏まえた「男の生き方」を語る。
『夢ある国技――日本人横綱はなぜ出ない?』
日本の伝統ある国技・大相撲人気の回復にむけてなすべきことは何か。「スモウ」の国際化の潮流は否定するものではないが、やはり日本人横綱の誕生が望まれる。青少年の体育・教育のあり方もふくめて自身の体験に即した問題を提起。相撲界の現状と将来を展望する。
『思い出の名勝負ベスト10』
宿敵・北の湖をはじめ親友・貴ノ花、高校時代以来のライバル・豊山、大の苦手だった高見山など、絶頂期の大相撲人気を彩った名力士たちとの数々の死闘の中でも忘れ得ぬ大一番を回想し、土俵にまつわる逸話を開陳する。
『ここ一番に勝つ――相撲に学んだ勝利の法則』
厳しい相撲の稽古を通じて身に染付いた基本の大切さ、苦手の克服、得手の活用(「黄金の左」の秘密)、ゲンのかつぎ方など勝負の世界で学んだ教訓がピンチを救う。栄光から苦難をへて復活まで人生の転機を切り抜けた秘訣を公開。
『団塊の世代を応援する』
そろそろ停年を迎える団塊世代に向けて、「いつでも夢を」「55歳は第2の成人式」と呼びかける。仕事、家庭、健康、生きがい等についてもう一度青春に戻って夢を追いかけたい。
『人生は出会いから』
土俵やリングの愉快な仲間たちをはじめ、スポーツ、芸能、文化人、政治家、経済人などとの幅広い交遊を通じて痛感した人との出会いの大切さを説く。
『教えることは学ぶこと』
10年以上に及ぶアメリカンフットボール「ロックブル」のチームづくりやキューバ国の相撲指導などを通じて学んだ人材育成や後進指導の難しさと喜びについて。
■講演料金目安
要相談
■専門
相撲 プロレス アメリカンフットボール
■実績
大相撲幕内在位62場所 620勝213敗97休み 勝率0.744
幕内優勝14回(歴代5位) 殊勲賞3回 敢闘賞3回
<テレビ>
「サンデーモーニング」(TBS)「生でダラダラいかせて」「波瀾万丈」(NTV)「新・赤かぶ検事」(テレ朝))ほか
<CM>
ピップエレキバン・デューダ・アウスレーゼ・ウェービーボーイ
<講演>
日の出町成人式・山梨中央銀行・徳真会一燈塾・石田エンジニアリング(株)ほか、各地ロータリークラブ卓話
など多数。
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