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山本篤

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山本篤 受賞遍歴!

メディアを通じて派手に報道されることはなかったが、山本篤の受賞歴は華々しい。
登山活動を公に評価された最初の機会は、「文部省スポーツ功労賞」。これは、1992年当時の未踏峰であったナムチャバルワ峰に日中合同で初登頂した際のものだ。同賞は、同年に行われたバルセロナオリンピックで見事金メダルを獲得した、岩崎恭子女史や吉田秀彦氏らも受賞している。他、母校の明治大学から「功労賞」を2度、読売新聞社からは「日本スポーツ賞」を4度も受賞している。
まさに無名の有力者である。


山本篤(やまもとあつし)
文部科学省登山研修所主任講師


明治大学体育会山岳部ヘッドコーチ
社団法人 日本山岳ガイド協会公認ガイド(上級登攀ガイド)


ひとことでいうと、静かなる闘将

決して派手なパフォーマンスもなく、ただただ黙々とチームを引っ張っていくその姿に、底知れぬ力と徹底的に自分を信じる信念のようなものを強く感じることができる。

彼の生き方として、その実績はこれまで世に伝えられることはなかったが、是非講演会を通じて山本篤という男の生き様を知っていただきたい。

人はいかにして人生を生き抜くべきか、組織はいかにして作られるべきか、実体験をもとにした山本の話は皆さんの心に必ずや”何か”を残して行くことであろう。

(講演依頼ドットコム 渡邊陽一)


登山写真
朝日新聞に紹介されています。(1993年)




■経歴

1981年3月 國學院大學久我山高等学校卒業
1978年10月〜1981年3月までワンダーフォーゲル部に所属し、本格的登山を始める
1986年3月 明治大学政治経済学部経済学科卒業
1982年4月〜1986年3月まで体育会山岳部所属 4年次主将
社団法人  日本山岳会学生部 4年次委員長
1986年4月 株式会社高島屋入社
1987年4月 株式会社高島屋退社
1990年1月 明治製菓株式会社入社
1995年1月 明治製菓株式会社退社

現在、自らの登山活動の他、 これから山に登ろうという夢を持つ者たちにも機会を与えるため、そしてたくさんの方にヒマラヤ登山等の実際の経験・「より高く、より困難を目指す」という登山の根幹となる精神・思想などを伝えるため、幅広く講演活動を展開する。また、明治大学体育会山岳部ヘッドコーチ として、未来の登山家を育てることに情熱を注ぐ。

【登頂歴一部抜粋】
−8000m峰7座−

1988年 シシャパンマ 8027m
1988年 チョーオユー 8201m
1989年 サガルマータ(=エベレスト) 8848m
1995年 マカルー 8463m
1996年 K2 8611m
1997年 マナスル 8163m
2003年 アンナプルナI 峰 8091m
 
−7000m峰3座−
ラカポシ 東峰 7010m 1987年
ナムチャバルワ (初登頂) 7782m 1992年
リャンカンカンリ (初登頂) 7535m 1999年



■講演テーマ例
「ヒマラヤ登山から学ぶリーダーシップと強い組織作り」
リーダーにとって必要なものとは、強い情熱、揺るぎない信念、メンバーに対し規律を求めること、大きく分けてこの3つなのではないかと思います。私はこのことをヒマラヤ登山を通じて、学ぶことができました。
講演ではこの3つが必要な理由を具体的にお話させていただきます。


「登山を通じて学んだ人生の指針」
全力を尽くすことが必ずよい結果を生む。私はこのことをある男から学び、山登りを通じて確信するに至りました。
「皆さんは本気で全力を尽くしていますか?」まだ余力があるのではないですか?

もしまだ余力がありながら、諦めているようでしたら、精根尽きるまでやり抜いてみて下さい。結果の良し悪しはどうであれ、必ず”何か”を見つけることができるはずです。私が山登りを通じて学ぶことができた、たくさんの宝物を、余すことなく皆さんにお伝えします。

■山本氏の発言集
〜全力を尽くすことが必ずよい結果を生む〜
後に世界最高峰エベレストに一緒に登頂することになる明大山岳部同期の大西宏との出会いは、まさに邂逅とも言うべきものでした。
僕自身高校まではごく普通の、特にこれといった才能があって山登りを始めたわけではありませんが、当時の未踏の最高峰ナムチャバルワで亡くなった大西の生き方というのは、常に全力を出し切って全力を尽くすことが良い結果を必ず生むんだという生き方でした。
僕はダメなものはダメだというようなところがあって、諦めが早い高校生でした。それが大西と出会ったことによって、全力を尽くすことが良い結果を必ず生むということを、山登りを通じて信じることができるようになったんです。このことは僕自身の非常に大きな財産だと今思っています。
(平成8年國學院久我山高校三年生向け講演会「高みを目指して」、『久我山春秋』13号P.120掲載)

〜一冊の本が大げさでなく私の人生を変え、それからは全身全霊を傾けてヒマラヤを目指そうと決心した〜
皆さんはアルピニズムという言葉を聞いたことがありますか?「より高く、より困難を目指す」という登山の根幹となる精神・思想を表す言葉です。当時高校生は原則として冬山に行くことは禁止されていましたが、OBの方々にその冬山に連れて行ってもらう機会があり、厳しい自然に触れ、私はそのアルピニズムという精神を何となく理解することができたんですね。そして、その頃出会った「処女峰アンナプルナ」というこの本が、大げさではなく私の人生を変えました。
これは、人類が初めて8000mを超える山の頂きに立った時のフランス隊の記録で、山の本としては珍しく世界中でベストセラーになっています。これを読んでヒマラヤに向った人は日本人だけではなく沢山いるんですが、私も例に漏れず本当に感動して「これしかない」すなわち、これから全身全霊を傾けてヒマラヤを目指そうと決心しました。
(2003年伊東市講演)

〜高レベルの登山では、研ぎ澄まされた感性が危険から身を守り、体力に裏打ちされた精神力が緊張感の維持を助ける〜
高いレベルの登山になればなるほど、危険から身を守る一番大きな要素というのは、人間の持つ感性だと思うんです。つまらないことで精神的に疲弊していたりなどということは絶対避けなければなりません。第六感といわれるような、自分が持つ感性の全てを研ぎ澄ました状態で行動していなかったら、自然に内在する危険を察知することはできませんし、ちょっとしたミスが命を奪うことになります。そう言った意味では、緊張感の持続がまず大前提で、それを僕は大学の山岳部で教えられました。技術や体力も山登りにおいてもちろん大切ですが、精神面で常に山の中で気を抜かないで緊張していられるか、その緊張感を持続する裏付けは体力なんですけど、それを徹底的に叩き込まれたのが明大山岳部での四年間だったような気がします。
(2001年雑誌『明治』「この人に聞く」の取材で、『明治』第10号P.17掲載)

〜より困難な登山を目指しながらも、人命の尊重と仲間への配慮を決して忘れてはならない〜
近年様々なスポーツに於いて従来では考えられ得もしなかった目覚しい成果が挙がっている。登山の世界でもそれは同様である。このことは確かに登山の進歩を示しているが、ただそこで留意すべき点は、およそ高度なスポーツは、人間能力の極限を追求しながらも、あくまでそれは人間のためのスポーツであり、決してスポーツのための人間であってはならないということだと思う。それを登山に即して考えた場合、具体的には昔から「ザイル仲間」という言葉で表現されてきた精神、すなわち、より困難な登山を目指しながらも、人命の尊重と仲間への配慮を決して忘れてはならないということである。このことは現在でも私の山登りにおける精神的根幹となっている。
(『体育会誌』'85 P.94)

〜リーダーの資質は「強い情熱、揺るぎない信念、メンバーに対し規律を求められること」〜
リーダーにとって必要な資質は何かと言う話ですが普通、統率力、責任感などという言葉が頭に浮かぶと思います。もちろんそれもあると思いますが、わたしは1つには強い情熱があること、2つ目には揺るぎない信念を持っていること、そして3つ目は反発を恐れずに言えば、規律を求めることができることではないかと思います。
規律と言うと大自然の中で自由に行う山登りのイメージからは相反するように聞こえ、またその言葉自体にアレルギーを覚えるひとも居るかもしれません。しかし、登山の特殊性は、細かくルールが決められている他のスポーツと違い、ルールは自分で決めなければならないところです。この自分で決めるルールというのは、何時に出発するとか、どのようなルートにどのような方法で登るかといったことです。それが守れなくなった時、計画と実際の間にずれが生じてしまいます。そしてその状態こそが登山において事故の起りやすい状況なのです。
自由と規律、この相反するように聞こえる言葉がありますが、私は規律のある世界でこそ自由なパフォーマンスが尊重されるのだと思っています。
(2003年千葉県医師会講演)

〜人間の弱さが垣間見られる長期の登山においては、各個人が課された役割を十分に果たすこと、規律の必要性を理解していることがその基礎となる〜
私はチームワークという言葉を安易に使うことを好まないが、私が隊長として率いた明治大学アンナプルナI峰登山隊2003は、各個人が役割を充分に認識した上でそれを確実にこなすことができ、チームとして本当によく機能したと思う。さらにチームとして何かを行う場合必ず必要な規律という面でも各自その必要性を理解しており、細かいことでうるさく言うことも余りなかった。一般に難度の高いルートを登る場合、とかく技術レベルがどうかとか、誰が強いかといった点に留意しがちだが、特に今回のような人間の弱さが垣間見られる長期の登山において、それは上記のような基礎的な部分を確立してからのことであると今回再認識するに至った。この登山最大の危機であったキャンプ2の埋没にもめげず我々ががんばれたのは、あの気の遠くなるような現役時代の合宿のおかげであったと、今心からそう思っている。
(2003年文部科学省登山研修所発行誌『登山研修』寄稿「ドリームプロジェクト完結アンナプルナI峰明大隊」)


■講演料金目安
25万円

■実績

【講演実績一例】

1994年 (財)産業研究所
(財)余暇開発センター(通商産業省-現経済産業省外郭団体)
「でっかく生きよう社会人!
〜右足に紳士靴、左足には登山靴〜」

1996年

國學院久我山高校 「高みを目指して〜登山を通して学んだもの〜」
1997年 日本登山医学会シンポジウム 「いわゆるドクターレス登山について」
2003年 日本登山医学会シンポジウム 「クライマーからみた登山と栄養」
2001年2/14 香川インテリジェントパーク交流推進協議会、
株式会社 香川産業頭脳化センター
「登山を通じて学んだこと〜超高所の世界に触れて〜」
2003年10/4 國學院久我山高校(文化祭記念) 「ヒマラヤ登山とリーダーシップ」
2003年11/16 伊東西ロータリークラブ 「ヒマラヤ登山とリーダーシップ」
2003年11/29 社団法人印旛市郡医師会 「ヒマラヤ登山とリーダーシップ」

【TV番組出演、サポート歴など】

1995年 NHK 『20歳の趣味講座 チャレンジ冬山』シリーズ 出演、講師、コーディネート、コーチング
2001年 日本テレビ 『ウリナリ』マッターホルン登頂部シリーズ コーディネート、コーチング、サポート
2001年1/1 日本テレビ 『ズームイン朝』 富士山頂からの元日初日の出中継 コーチング、サポート
2002年1/1 日本テレビ 『ズームイン朝』 富士山頂からの元日初日の出中継 コーディネート、コーチング、サポート
2002年8/16 日本テレビ 『24時間テレビ』 友情の富士登山 コーディネート、コーチング、サポート

【受賞歴】

1992年11月19日 文部省(現文部科学省)スポーツ功労賞受賞
1992年 読売新聞社日本スポーツ賞(登山部門)
1993年4月8日 明治大学特別功労賞 受賞
1993年6月21日 明治大学駿河台体育会特別功労賞 受賞
1995年 読売新聞社日本スポーツ賞(登山部門)
1996年 読売新聞社日本スポーツ賞(登山部門)
2003年 読売新聞社日本スポーツ賞(登山部門)

【その他】
その他
新聞、雑誌掲載 多数



■出演ビデオ
『20歳の趣味講座』(NHK出版)


(2005年1月1日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)

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