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第十六回 「古賀稔彦という男」
ある縁がきっかけで私は彼と仕事をすることになったのですが、明瞭で含蓄のあるその講話は、流石に頂点を極めた男、と何度聴いても頷かされます。
世の中には天才といわれる人たちがいます。サッカー界でいうと現在ヨーロッパで大活躍中の中田英寿選手、野球界でいうとこれまた海外のメジャーリーグで活躍するイチロー選手、また私のいる柔道界を見てみますとYAWARAちゃんこと田村亮子選手。
ただ私はこの天才という言葉を”天が与えた才能”と理解しています。
これは彼が講演の中でよく話すことなのですが、簡単にいうと、天才といわれる人たちは何も特別な人たちなのではなく、ごくごく普通の人たちなんだということを伝えたいようなのです。天才という言葉を辞書で引いて見ますと、こう書かれています。
「うまれつき人なみよりすぐれた才能。また、その才能をもつ人」
しかし彼の解釈はこうです。
”天が与えた才能”
才能という言葉を辞書で引いてみますと、「才知と能力。知恵の働き」。
更に、この才知と能力、知恵、という言葉を辞書で引いてみますと、
才知とは「心の働き。才能と知恵」
能力とは「学問・仕事などをなしうる力や働き」
知恵とは「物事を考え処理する心の働き」
とこのように記されています。
つまり彼のいう天才とは、言葉を変えると、天が与えた、知恵、仕事などをしうる力、物事を考え処理する心の働き、またそれらを使いこなすことのできる人々、とこういうことになります。何も人なみはずれた人々を称そうするものなのではなく、当たり前のことをしっかりとこなすことのできる人々を称していう言葉なのだ、といいたいのようなのです。
ただし、世の中にはその処理しうる力の身につけ方が分からない人たちもいるので、その知らない人たちのために彼は、こんなメッセージも合わせて送っています。
ただし天が与えた才能も、何もしなければ掴むことはできません。
具体的にその掴み方をいうと、何かに真剣に取り組むこと。そしてその何かは何でもいい。何かを始めれば必ず何かが起こるからなのです。
その繰り返しと継続、そして少しの工夫がやがて大きな華となり、それが”才”となる。
かくいう私も決して体の強い人間ではなかった、そんな私でも金メダルを獲得することができた。獲得できた理由はまさにこういうことの結果だったのです。
講演時間中以外の彼は冗談ばかりを言っている。しかも、その多くがかなりつまらない(笑)。困ったものだが、私はそんな彼が大好きである。まだ出合ってそれほど月日がたったわけではないが、ちゃめっけのある平凡な男だからかもしれない。しかし、平凡だが目標を作ること、そしてその目標のために何かを始めること、始めたら継続すること、こういった行動に関してはめっぽう、俗にいう”天才”ぶりを発揮する。
古賀稔彦という男は、柔道の天才ではなく、”天が与えた才能を掴む行動をすることのできる天才”のように感じてならない。
同い年ではあるが、この数ヶ月のうちに私はたくさんのことを彼から学ばされた。
これからもずっと、学ばされる存在であり続けて欲しい。
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