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読む講演会Vol.02

2015年09月01日

No.02 中野信子/“読む講演会”クローズアップパートナー

中野信子

中野信子

脳科学者

人はなぜ心を開くのか。日本人はなぜ心配性なのか。脳科学から紐解くことができます。No.2 脳科学者 医学博士 認知科学者 中野信子

人はどんな人に心を開くのか。信頼するのか

私は大学院で脳神経医学を専攻し、フランスの国立研究所で2年間博士研究員を務めていました。現在は科学者、医学博士、認知科学者として大学で教えるほか、テレビの情報番組でコメンテーターを務めたりしています。今回の講演の題名は「ビジネスに活かす脳科学」。この経歴ですから、「あれ?」と思われた方もおられるかもしれません。一度もビジネスをやったことがないのに、ビジネスを語らなければいけないという緊張感を、講演にお聞きにおいでくださった、みなさんにも共有していただければと思います(笑)。ここに来る前に、どんな話をしたら、みなさんに喜んでもらえるか、考えました。今日は、営業の方など、人を説得するということがとても大事になる方々が多いのではないか、と想像しながら、きっとこういう話だと興味深く聞いてもらえるだろうというテーマをまずは設定しました。まずは「人はなぜ、心を開くのか」です。お取引先は、どういう人には心を開いてくれるのか。どういう人なら、信頼してもらえるのか。きっと、そういうことを、みなさんは日々考えていらっしゃるのかな、と想像します。このテーマに関して、興味深い治験がありますので、ご紹介したいと思います。

アメリカのオハイオ州にあるケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究者が行った研究です。実は人間の脳の中には、分析的思考をつかさどる部分と、共感に使われる神経ネットワークがあります。この二つが協調して動いていればいいんですが、実は、片方を動かすと片方がマヒしてしまうということがわかりました。これだけ聞いただけでピンと来る人もいるかもしれません。共感してもらった場合、人は数字の判断が甘くなりますよね。逆に、数字のお話をすると、今まで友だちのように振る舞っていたのに、何だかよそよそしくなってしまう。そんなことが起こらないでしょうか。脳がResting stateといわれる休息状態にある時には、共感のネットワークと分析のネットワークは、常に行ったり来たりして、両方が使われるような状態になります。実際、被験者を集めて実験が行われました。まずは社会的、道徳的、感情的な領域を働かせないと解けないタスクをやってもらう。そのあと、物理的な、ちょっと分析的な思考を利用しないとできない課題をやってもらったんです。

面白いことがわかりました。共感的な思考を必要とする問題をやっている最中には、分析的な思考をつかさどる部分の機能が落ちていることがMRIで測ると見られました。逆に、数学や物理の問題をやっていてもらう間には、共感的な思考をつかさどる部分の活動が低くなっているということもわかったんです。ビジネスにおいて相手を説得するという時には、この共感的な領域を活性化させたいですよね。共感的な思考をつかさどる部分は脳のどこにあるのか。眼窩前頭皮質です。眼下前頭前皮質とも言います。眼窩前頭皮質は、眼窩のちょっと上のあたりにある大脳皮質です。ここが共感性をつかさどる部分だといわれています。例えば、人を傷つけてしまったとき、何となくいやな気持ちになったりしませんか。辛い思いをしている人を見たとき、自分も何だか暗い気持ちになったり、逆に、明るい顔をしている人を見たときには、自分も知らず知らずのうちに笑みがこぼれたり。それは、ここが働いているんです。

自分が相手に共感していると、相手も自分に共感してくれる

では、どうしたら共感の領域を動かすことができるか。その王道があります。自分が相手に共感すること、なんです。心理学では返報性の原理といいます。自分が共感していると、相手が共感してくれる。相手が共感してくれていると、自分も共感しなおさないと悪いかな、という気持ちが生じるんです。例えば、かつて首相をつとめた田中角栄という人がいます。人心掌握術の天才だと言われていました。彼はどうしていたのかというと、とても細かいことを知っておいて、「そういえば、君のところのお嬢さん、中学校に入学したらしいね」といったことを、久しぶりに会ったり、まったく会ったことのない人にも言ったりするんです。そうすると、言われたほうは「こんな自分のことでも知っていてくれるのか」と心を鷲づかみにされてしまう。最近の例でいえば、AKB48を卒業した大島優子ちゃん。AKBで行われる握手会には、たくさんの人が来るわけですが、彼女は前回来た人の話をちょっと覚えていて、「ニューヨーク、どうだった?」と聞いたりしたのだそうです。握手会のとき、その人がニューヨークに行くと言っていたのを覚えていて、次に会ったときに話しかけた。そんなふうにされたら、言われたほうは大喜びですよね。それこそ、この人のCDを何枚でも買ってしまおうという気になると思います。

この両者に会った人は、自分のことをこんなに共感して認めてくれているんだ、と実感します。そういう人に接したときには、自分もこの人に共感を返さなければ、という気持ちがオートマティックに惹起されてしまうわけです。こういう心理効果を狙って行動することを、「人たらし」と言うのかもしれません。おそらく、良い成績を収めていらっしゃる営業の方というのは、私が申し上げる以前にこういうことを丁寧にやってらっしゃるんだろうと思います。お取引先のお誕生日を覚えていたり、奥さんが今具合が悪いなとか、そういうことを細かく知っておられて、丁寧に相対されているのだと思います。そういう細やかさが、人を動かしたりするのには必要である。ビジネスの現場では、よくそういわれると思うんですが、脳科学でも証明されてしまっているんです。つまり、優秀な人たらしの人というのは、共感に関する脳のネットワークを活性化するのが上手な人ということになるわけです。

他人に尽くそうとする人と、そうでない人の違い

では、共感する、しないという点で、環境が社内になったときには、どういうことになるのか、お話したいと思います。まず人には、他人に尽くそうとする人と、そうでない人がいますね。必ずいます。どちらがいいのか、悪いのかは、なかなか難しいことで申し上げられませんが、一般には、他人に尽くそうとする人のことを、いい人であると言うのではないかと思います。ただ、この「いい人」というのは、たしかにいい人ではありますが、その前にひと言つくことがあります。都合のいい人という「都合の」がつく。いい人と思われることと、都合のいい人として扱われることは表裏一体です。会社の中でどう振る舞えばいいのか。企業体、共同体の中でどう振る舞えば、一番自分の価値を高められるのか。これもまたビジネスだと思います。ビジネスマンとしての、ビジネスパーソンとしてのスキルとしてカウントされてもいい能力でしょう。他人を思いやって、自分を犠牲にする「利他的なタイプ」か。あるいは、他人よりも自分を優勢にする「利己的なタイプ」なのか。両者は、脳の活動が違うということが、見出されています。

では、どこが違うか。人間の脳は、側頭葉、前頭葉、後頭葉、頭頂葉と大まかに四つに分かれます。側頭葉は横の部分です。頭頂葉は、文字どおり頭のてっぺん。その接合部がポイントです。脳の画像を見たことがある人は少なくないと思いますが、側頭葉と前頭葉、頭頂葉の間に切れ目があります。この切れ目の末端あたり、つながっている部分。ここを接合部といいます。この部分の活動が、利他的な判断をよくしがちな人で活動が高いといわれているんです。他人を優先しようという気持ちの強い人です。ここは何をしているかというと、自分と他人を区別していることがわかっています。また、心の理論という言葉を聞いたことがある方もおられるかもしれません。心の理論とは、相手の立場に立ってものごとを見る能力に関する理論です。これが発達しているか、していないかで、その人の振る舞いが変わってくる。この接合部が発達しているか、未発達であるか見ることによって、その人の大まかな振る舞いの傾向が明らかになります。もしかしたら、何十年後かには、入社試験にMRIが導入されるかもしれません。ちょっと怖い話ですけど。

生まれつき持っている性質と教育の関係

他人を思いやるタイプ、自分を優先するタイプ。この脳の活動の違いは生まれつき決まっているのかどうか。生まれつき決まっているのであれば、そういう人を集めて会社をつくったほうが、いい会社になりそうな気がするかもしれません。しかしながら、生物学的な原因はゼロではありませんが、環境要因も無視できない。おそらくこういうことだろうという話をします。今、ここにコップがあります。コップの中の水は空です。コップの大ささは、持って生まれたその人の器です。コップの大きさは変えられません。他人を思いやる気持ちを水としてこの中に入れられるとしましょう。今、他人を思いやる気持ちがゼロだとする。せっかくコップを持っていても、その人の接合部は育ってない。しかし、教育によって、この中に水を入れることはできます。この水は誰が入れるのか。それは、まわりにいる人たちです。水を入れられる期間というのも決まっています。脳が育つ、発達段階に入れないと、ほとんどお水は入れることはできなくなります。大人になってからだと、なかなか水が入らないんです。お口が閉っちゃうと思ってください。

その人の持って生まれた接合部は、どれぐらい育つか。それを示すのが、このコップの大きさなんです。大きいコップを持っている人もいます。もともと、小さいコップの人もいます。しかし、もともと大きいコップを持っていても、育った環境が厳しかったりして、まったくお水が入ってない人もいます。一方、小さいコップでも、あふれるほど入っている人もいます。実際に行動として見えてくるのは、この実質的に入っている水の量です。これが生まれつき持っている性質と教育の関係です。なので、教育はとても大事だということが、おわかりいただけたと思います。もともと持っている素質も、もちろん大事ですが、それだけでは、すべてが決まりません。知能も同じです。遺伝率は五〇%といわれています。持っている大きさ、入れる水の量。この二つで決まります。大人になってから、なかなか増やせないと申し上げましたが、大人になってからも増やしたいという人もいると思います。では、どうしたらいいか。このときに、共感の領域が役に立ちます。共感するのに使う領域。さきほど眼下前頭前皮質と申し上げましたが、共感の入り口になる場所が別にあります。これは神経細胞、ミラーニューロンと呼ばれますが、ここが、誰かほかの人の活動や行動を検知したとき、自分もそういうことをあたかも感じているかのような脳の活動として再構築してくれるんです。

たとえば、私が水を飲みます。みなさんは水を飲んでいない。でも、何となく喉を通る水の感じや、唇に触れた水の冷たさ、気持ち良い感触をイメージすることができるかもしれない。水を飲んだことがない人はいないと思いますが、人が水を飲んでいる時に、同じように感じることができる。これは、ミラーニューロンがそこに介在しているからです。たとえば、私がここで汗をかいてきたとしましょう。暑そうだなと思うのと同時に、共感性の高い人だと、本当に自分も暑さを感じたりします。共感性のあまりない人だと、何も思わないかもしれません。そのあたりは、人によってバリエーションがあると思います。どちらがいいともいえないんです。共感性の高い人は、たしかに相手の共感性を惹起することに長けているかもしれません。しかし、共感性のそんなに高くない人は、また、それもまた、別の能力です。こういう人は何に向いているのかというと、あまり営業には向いていません。共感性のそんなにない人というのは、支配者に向いています。なぜなら、人の気持ちを適度に無視することができるから。これ、とても大事なところです。支配するというのは、ちょっと言葉が強すぎますね。人を束ねる、でもいいかもしれません。

フランスでは起きない「いじめ」はなぜ日本で起きるか

人間はとても複雑にできている生き物です。昨今、いじめ問題がニュースを賑わせています。たまたま少し前に、ジャパンエキスポを見ようとフランスに行ってきたんです。現地で親しくしている男性に、こんな話をしました。日本ではいじめが問題になっている。社会現象のようになっていて、なくならない。ニュースも繰り返されている。こういう悲しい事件に対して、私はテレビでコメントしないといけないのは、すごく辛い……。そうすると、彼はとても驚いて、こう言いました。そんなことはフランスでは起きないよ、と。起きないというのは、どういうことだろうとすごく不思議に思っていたら、彼が話してくれました。例えば、弱い者を強い者が力で押さえつけることは起きる。でも、みんなが一人を無視したり、弱い者いじめが行なわれているのを、公然と学校ぐるみで無視したりすることはない、と。私が思ったのは、これは学校だから問題になるのであって、もしかしたら、企業でも同じことが起きるかもしれない、ということでした。その問題に、どう対処するのか。あるいは、人が死ぬほどひどくはないにしても、それに似たようなことが、もしかしたら企業で起きるかもしれない。実は、それが起きがちなのが日本という社会なんです。

いじめは、どうして起きてしまうのか。どうして人は人をいじめなければならないのか。どうしてなくならないのか。端的に言えば、いじめることが種として存続することに有利だったからです。ある一つの集団、共同体を仮定してみましょう。企業もそうです。企業の中にある部署もそうです。地域コミュニティもそう。学校のクラスもそう。仲良しグループでもいい。何か一つの共同体、集団を考えます。そのとき、集団を維持しようという何らかの環境圧力を想定します。集団を維持しなければならない種は、集団を維持することによって何らかのメリットがある状態です。例えば、日本のような国だったら、災害に対処するとか、農作物を一緒に育てるとか、そういうときに共同作業が必ず必要になります。逆にいえば、共同体をつくることで生き延びることができる。生き延びるために有利な環境をつくりだすことができる。それが人間という種の宿命かもしれません。

共同体にとって脅威になるものは、敵ではない

このとき、共同体にとって脅威になるものとは、何でしょうか。実は、共同体にとって脅威になるものは、敵ではないんです。敵というのは、実は共同体を強くしてくれる存在です。敵に向かってみんなが一致団結できるから。これは多くの心理実験が証明しています。みんなで共通に戦う。協力しあって戦う。そうすることで結束が強まる。そうではなくて、共同体を壊してしまう最も大きな原因は、内部の「フリーライダー」にあるんです。一人ズルする人間です。これが共同体を壊すんです。一人ズルする人間というのはどうやって共同体を壊すのか。ここで、ゲーム理論を導入して考えてみます。共同体を維持するためには、みんながちょっとずつ我慢して協力するというペナルティを払わなければいけません。犠牲を払わなければいけない。いい人が本当にいい人と思われるのは、この犠牲を払うのをいとわないからです。共同体からは非常に便利な人として扱われます。言葉を換えれば、必要な人として扱われる。この必要である、というのがいい人という評価になります。

では、どういう人が悪い人か。協力しない人間です。みんながちょっとずつ協力して犠牲を払っているのに、一人だけ犠牲を払っていない。これがフリーライダーです。ただ乗りする人間。このただ乗りする人間がいるとどうなるか。みんなちょっとずつ犠牲を払っているんです。ところが、犠牲を払わずに利益を手にする。そうすると、みんなが犠牲を払わなくなるんです。そのことによって消極的に集団が崩壊してしまう。このリスクを避けるために、必ずフリーライダーを排除しなければならないわけです。排除しなければならないというとき、その排除するシステムとして、人間では男性が選ばれました。女性では、いじめは起きないことはないけど、男性のほうが熾烈であると、多くの研究者が指摘をしています。排除するとき、暴力による排除ではリベンジが予測されますから、なるべく体の大きいほうというのが選択されるわけです。人間では、鳥などと違って男性のほうが体も大きく、筋力もあるという種ですから、男性が制裁を与える役割を果たしています。

国ごとに差がある「裏切者検出モジュール」の強さ

この制裁行動を、学術用語でサンクションと言います。サンクションが共同体内で起きるとき、いじめが起きやすいんです。サンクションで済めばいいですが、何の理由もなくいじめが起きることがある。でも、何の理由がないわけではないんですね。この理由がないわけではない、というのは、こいつは将来的にただ乗りする人間になるかもしれないということなんです。一つでもその印が見えたとき、標的になる。ただ乗りするかもしれない人間は、どう見分けられるのか。一人だけルールに従わないとか、何かあいつは生意気だねとか。そんなことで簡単に標的になるわけです。このとき、オーバーサンクションと呼ばれる行動が惹起されます。オーバーサンクションが起きるとき、いじめは激化します。終わりがないからです。理由がないので、その理由を取り除くことができない。そもそも、ない理由は取り除けない。その人がその場から去るか、本当に世の中から消えるか。そういうことでしか解決がつかない。

このオーバーサンクションが起こりやすい国と、そうでない国があるというのを示す一つの調査があります。オーバーサンクションは、どうやって起きているか。 こいつは逸脱した行動をとるかもしれない。一人だけ、こいつはただ乗りするかもしれない。そういう人物を検出する能力が必要です。この人はちょっと人と違うね。将来的にはみ出ちゃうかもねという人を検出する。「裏切者検出モジュール」と呼ばれます。この裏切者検出モジュールの強い、弱いは、国ごとに差があるんです。裏切者検出モジュールとは、言い換えれば、将来的な不安、将来的なリスクを感知する能力のことです。 これには、セロトニンという物質がかかわっています。セロトニンは、安心感の源になるという言い方がわかりやすいと思います。セロトニンが多く分泌されているとホッとする、リラックスする。あとは、満ち足りた気分になる、と言われている。このセロトニンが神経細胞から分泌され、次の神経細胞の受容体に結合してシグナルが伝わっていくわけですが、分泌されたセロトニンには無駄なセロトニン、余ってしまったセロトニンというのがあるんです。この余ってしまったセロトニンをもう一度使い回す、リサイクラーのようなたんぱく質が、神経細胞には入っています。セロトニントランスポーターといいます。このセロトニントランスポーターの量が人によって違うんです。遺伝的に決まってしまっています。

セロトニントランスポーターが多い人はどういう振る舞いになるか。セロトニンがあまりなくても、たくさん使い回すことができますから、ちょっとリスクがあっても、楽観的でそんなに気にしない大らかな振る舞いをする人になります。逆に、少ない人は、不安傾向が高い。こういうリスクがあるかもしれないから、これはやめておこう。面白いアイデアだけど、自分のグループはこうだからやめておこう。慎重の上にも慎重を重ねて、という結論を下しがちな意思決定をする傾向のある人になる。あるいは、貯蓄額が非常に多くなるかもしれません。とても貯金が好きだったり、勝負をしない。そういう性格傾向のあることが予想されます。このセロトニントランスポーターには、「多くつくりなさいよ」と命令する遺伝子L型、「少なくつくりなさいよ」と命令する遺伝子S型というのがあります。その組み合わせで、その人の持っているセロトニントランスポーターの量が決まる。遺伝子は2セットが人間にはありますから、LL型、SL型、SS型と3種類に分類されます。

調査した29カ国中、ダントツだった日本

簡単にするためにS型、L型という遺伝子の話だけにしますが、「少なくつくりなさいよ」と命令する遺伝子S型が、29カ国でどのくらいの割合分布になるのかを調べた人達がいます。日本は、どうなのか。私がここで話しているからには面白い結果だろうなと予測できると思いますが、調査した29カ国中、ダントツで日本はS型が多かったんです。つまり、心配性の人の国なんです。リスクをすごく高く評価して、それに対して準備する。先々のことを考えて、それに対して計画を立てる緻密な人たち。少しの傷も気になってしまう。どのくらいの割合かというと、S型遺伝子の割合が80%を超えます。80%を超えるのは日本だけでした。一方で、日本と比較しうる国としてアメリカを例に挙げてみますと、S型の割合は43%。残りの遺伝子はL型です。よく、二つの国の文化の違いを取り上げて、だから日本は駄目なんだ、という議論を聞くことがあります。アメリカ人のように大胆にやりましょう、と。しかし、そんなことはできません。こういう遺伝子プールの人たちには無理なんです。というか、合っていない。心配性の人の国ですから、心配性の人達に合ったやり方をしないといけない。イノベーションといったって、日本型のイノベーションでなければ根付かない。

このS型、L型はそれぞれずいぶん振る舞いが違いますし、国別に割合も違うわけですが、これがいじめとどうつながるか。「裏切者検出モジュール」の強度が、日本では非常に高くなるということです。こいつは将来的な不安の種になるかもしれない、ということを検出する能力が高くなる。検出されると、標的になってしまう。将来的に、本当はその人は全然フリーライダーにならないかもしれない、という人まで排除しようという気運も高まってしまう。村八分というものですね。ずっと、ずっと日本で行なわれてきたこと。今に限った話ではない。では、どうしてこういう遺伝子プールになってしまったのか。それをシミュレーションしてみました。日本では81%、アメリカ43%とずいぶん違いますが、これは一世代で一%変化すると仮定してみます。適応度が1%変わるという仮定です。どうして、81%と43%などという大きな差ができてしまったのか。こんなにS型遺伝子のたまり場みたいなところができてしまったのか、考えてみます。

日本が得意なところをもっと評価して伸ばしていく

適応度が1%違うとして、何世代あるとこの差ができてしまうのかを計算すると、一世代20年として20世代で達成できてしまえることになります。20世代って何年かすぐ計算できますよね。400年です。もっと長いような気がしますが、そのくらいで遺伝子の違いが現われてしまう。実際には、もっと長いかもしれませんが、最短で400年です。となると、400年前に何があったんだろう、ということが気になります。2015年の400年前といえば、1615年です。この年に何があったのかというと、大阪夏の陣です。1616年に徳川家康が亡くなっている、そういう年です。つまり、江戸時代の初期なんです。江戸時代は日本がとても安定して、あまり外敵のことも考えず、順応主義で、集団の協力行動がとても促進された時代でした。もう一つ、集団の協力行動を促進する要因がありました。激甚災害です。人間が一人では対処できないような甚大な災害があるとき、集団で協力しないと何とも対応できない。こういうとき、ただ乗りするヤツはどういう目に遭うか。私が説明するまでもないと思います。宝永大噴火、安政の地震など、激甚災害は江戸時代にたくさん起こりました。

激甚災害の起こりやすい場所、集団の協力行動はとても促進されやすい。また、重農主義で、お米で年貢を納めていました。江戸時代はお米が貨幣だったわけです。そういう所では、集団、ただ乗りは、とても悪いことなわけです。要するに、裏切者検出モジュールがどんどん強化される方向に、日本人は進化してしまった。そういう遺伝子がたまってしまった。みんなと協力してあまり目立たず、裏切者がいたら糾弾するという人のほうが、子どもを残しやすいという国だったんです。そう考えるのが、極めて自然です。実は江戸時代、幕末から、そんなに時代は経っていません。だいたい、五世代ぐらいでしょうか。そう考えると、そんなに簡単に遺伝子なんて変わりません。まだまだ、私たちも「裏切者検出モジュール」を強力に持っていて、みんなとうまくやっていくことを非常に重要視して、自分一人が目立つよりも、みんなのために何かしようという気持ちの人が強いということも頷けるわけです。

グローバル社会になぜ適応しようとしないんだ、とか、なぜ日本からスティーブ・ジョブズが出ないんだ、みたいなことを無責任にいう人がいるわけですが、アメリカだって、スティーブ・ジョブズは一人しか出なかった。日本で出るわけないじゃないですか、と私は思うんです。遺伝子がもともと違うんです。日本で出るのは日本に適した人です。日本に適した人が、その社会の中で頭角を現わしていく。ですから、日本型のビジネスマン、日本型の成功の仕方をつくっていかなければいけない。それをみんなして育てていかなければならない。集団で協力することはとても上手です。アメリカ人に比べて、ずっと共感性も高いはず。そういうところをもっともっと評価して伸ばしていく必要があるんだろうと思います。いじめが起きやすいというネガティブ要因に関しては、これもまた対処する方法を考えなければなりません。オーバーサンクションが起きることでいじめにつながる。となれば、オーバーサンクションが起きない環境をつくればいいわけです。それはどういうことかというと、仮想敵を設定するというのが一番いい方法です。オーバーサンクションなんてしている間がないぐらい強大な敵、競合しあう仮想の相手を設定する。それに向けて競争することでオーバーサンクションが起きにくい環境をつくることができるんです。

(文:上阪徹)

中野信子

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中野信子なかののぶこ

脳科学者

人間の行動パターンだけでは無く、国際問題から、流行やカルチャーの分野まで分かりやすく説明する人気脳科学者。コメンテータとしてのメディア出演実績も多数。講演では、ビジネスに活かせる行動、恋愛・ビジネスス…

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